028話『汝の背後に黄昏在り』(1)
・なんと10/12の注目度ランキングで9位にランクインいたしました!
余りにも分不相応の結果に身震いしておりますが、
怖気付くことなく更なる精進を心掛けて執筆したいと思います。
魔物の群れを討伐したノイシュリーベ率いる一団は、翌日の昼にはグラニアム地方とウープ地方の境目に差し掛かり、更に二日を掛けて目的地であるウープ図書学院へと辿り着いた。つまるところ片道三日の道程である。
道中では二度 町に立ち寄り、二度 魔物の群れと遭遇して撃退していた。
流石にマドラスクラブやグールスヴァンスのような強力な種族ではなかったので軽く蹴散らす程度で済んだものの、魔物の分布が例年と比べて多少 変化している点が気掛かりであった。
[ ウープ地方 ~ ウープ図書学院 ]
ウープ地方は草原が広がる遊牧地を抱えており、東にグラニアム地方、北にヴェルムス地方、西にナーペリア海の海岸線に面している。
グレミィル半島で最も大きな湖であるヴェルミィス湖とも接しているなど、特に自然の恵み豊かな土地として知られていた。
上述の通り『森の民』である"獣人の氏族"が支配するヴェルムス地方と隣接しているのだが、遊牧地で育てた牛や豚などの畜産動物を供物として提供することで、強かに戦火を免れてきた歴史を持つ。
古来より細々と『森の民』との利害関係を成立させてきたためか、グラナーシュ大森林内で発展した魔法や魔具造りの知識と技術が流入し、いつしか学びの場として栄えるようになった。
そうして長い年月を経て学術書を中心とした書物を揃えていく間に大図書館が形成され、やがて学舎としての『ウープ図書学院』が成立した。
図書学院の面積は小規模な都市に匹敵し、この地方の丁度 中央に位置していることもあり時代を下るごとに行政を担う場所としても機能していった。
名目上の領主を務める貴族家は存在するが、実質的な統治は図書学院を運営する理事会が担っているのである。
「ここが図書学院と呼ばれている都市……なのですね」
装甲馬車の車窓から見える独特の街並みにラキリエルは目を奪われた。
市街地に佇立する木造の家屋は如何にも年季を感じさせ、何度も増改築を繰り返してきた痕跡が見受けられるものの、不思議と町の景観を損なうような家は一つとして見当たらないのである。
都市の入り口から中央区に向けて整備された大路が伸びており、約二千メッテ先に一際大きな建物群と、それを囲む壁が見え始めている。
「あの大きな建物……いわゆる主要な学究施設だね。
そこを中心として、どんどん居住者の家やお店なんかが建っていって、
現在のような都市になったそうだよ」
「歴史のある町なのですね」
「うん、グレミィル半島の中だと一番大きな学舎ってやつさ!
まあ北イングレスの王都グレスタンにある『イグニアロイス法術院』とか、
ラナリア皇国領の皇都リズウェンシアにある『オルスフラ学園』に比べれば
田舎の学校って言われちゃうこともあるけどね~」
ラナリキリュート大陸を管轄する"主"自身が、学問の発達や書物の保全を重要視しているため、この大陸には数多くの歴史ある学舎が存在している。
また製紙技術が各国の間で積極的に共有されていることも後押しとなっていた。
「だけど、この図書学院にしか納められてない書物が結構あるんだよねぇ。
『森の民』と『人の民』が両立する土地柄だからこそ書き記せた本ってやつさ。
御伽噺なんかの方向性も独特なものが多かったりするね」
「まあ……! それはとても楽しみです!」
「うんうん、今日はこのまま宿に泊まることになるけれど
明日から数日間ここで滞在する分には、君は特にやることはないと思うから
ゆっくり学院内を見て回ると良いよ。一般開放もされているしね~」
ヴィートボルグからの移動のために三日を費やし、図書学院に到着した後は都市内で一日 歩兵や従者達に休息を与えることになっている。
更に一日を費やして交代で兵を休ませつつ、その間にザンディナムへ連れて行く魔法使い達との顔合わせを済ませる。
そうしてまた三日を掛けてヴィートボルグへ戻る予定をしていた。
「そういえば……ですけど。その……えっと、あの……」
何かを思い出したかのように、遠慮がちにラキリエルが尋ねてくる。
言い出しにくいことなのか歯切れの悪さを感じさせた。
「んー、サダューインのことかな?
前に話したことがあったけど、彼も子供の頃はここに通っていたんだよ。
正式な学院生としてじゃなく臨時の講習生みたいな感じでね」
「……っ! そ、そうですか」
知りたかった答えを的確に言い当てられて、少しだけ気恥ずかしそうだった。
「昔のサダューインが此処で学んでいたのは、グラナーシュ大森林の歴史だね。
伝統文化だとか慣習、技術、特産品……各地方の町や集落について」
「御当家が治める領土のことですものね……」
「そうそう。サダューインもノイシュも、人一倍 責任感が強いからね。
で、音楽や絵画といった芸術方面の書物も図書学院から持ち帰っていたけど
これはまあ……おいらのために借りて来てくれてたんだろうね」
「ふふ、本当に仲良くされておられたのですね」
「おかけ様で かなり基礎的な下地を積むことが出来た。今でも感謝しているよ!
滅多にない機会だし、彼が通っていた場所や蔵書を見て回るのも良いかもね。
そうすれば、少しはサダューインの視点を理解することが出来るかもしれない」
「……はい」
ラキリエルはサダューインの本性を垣間見た上で、それでも彼のことを深く知ろうとし始めた。ならばエバンスとしては彼女の行動を阻む理由はない。
むしろ覚束ない足取りながら、己の友人に寄り添ってくれようとしている意思を尊重したかった。
「……おいらはおいらで、やることがあるから学院内では同行できないけど
この遠征中に君が良い発見を得られることを願っておくよ、頑張ってね!」
「ありがとうございます!」
都市内の宿へと向かう間、エバンスからウープ図書学院についての説明を受けながら、ラキリエルは山と積まれた素晴らしい書物を想像していた。
[ ウープ地方 ~ ウープ図書学院 本院 ]
翌朝、旅の疲れを感じながらも身支度を済ませたラキリエルはノイシュリーベ達と共に本院と呼ばれる施設へ案内された。なおエバンスの姿は見当たらない。
「今から学院長や魔法使い達に挨拶をしに行くから同行して頂戴。
それから先は自由行動とするから、良ければ院内を見て回ると良いわ」
「はい、楽しみです!」
ノイシュリーベと彼女専属の従騎士二名、会話内容を記録する紋章官が一名。
そしてラキリエルを加えた合計五名で赴く形となった。
ラキリエル達が宿泊した宿は、外部からやって来た団体が一時的に滞在するために建てられた場所であり、幼き日のサダューインもよく利用していたとのこと。
当時の彼は魔術の師であるジグモッドに連れられて訪れていたという。
魔術師であるにも関わらず魔法使い達の学舎でもあるウープ図書学院に軽く足を運べる辺り、ジグモッドという人物は相当に顔が広いのだろう。
本院は頑丈な木材……グラナーシュ大森林内に数多く自生するベルスグローンという針葉樹を加工した物が用いられていた。
増改築が繰り返されている割には洗練された外観を成しており、ただの施設としてだけではなく文化の象徴としての側面も誇示されているようであった。
「新しい技術と、古い歴史とが合わさっているようです」
「そうね、建物の外観は本国の建築様式の良い部分を取り入れつつあるけど
内部は昔からの趣を尊重しているわ。まあ蔵書を蓄えていく都合上、
あまり室内構造を変えることが出来ないだけとも言えるけど」
「窓がほとんど見当たりませんし、在ったとしても高い位置です。
確かにこの構造ですと無暗に変化を加えることは出来そうにないですね」
天井近くまで伸びる本棚を見上げるラキリエル。
彼女の視線の先には、学院性と思しき若者達が浮遊魔法を用いて目当ての書物を探している様子が見て取れた。
「(あの辺りが……グラナーシュ大森林の歴史を綴った書物が納めてる本棚)
(子供の頃のサダューイン様が読んでいらっしゃった本なのですね……)」
頁数の少ない本から、分厚い本まで。中には紙ではなく羊皮紙を束ねた代物や、木版に文字を掘った物まで納められている。
古い文献ほど入念に魔法による補強が施されているようで、物質としての劣化を可能な限り抑える工夫が見受けられた。
「後でじっくりと読んでみると良いわ。
さあ、奥の院長室まで行きましょう。先方を待たせてしまっては申し訳ないわ」
「はい!」
元気よく返事を返してから、ノイシュリーベを筆頭とする集団の末席に預かる者として彼女達に付いていくのであった。
【Result】
・第28話の1節目をお読みくださり、ありがとうございました!
・今回より実験的に、本分末に【Result】として主人公達の足跡を記録していきたいと思います。
以前のグレミィル半島の画像の上に描き込む形となりますが、もし良ければご感想などをいただければ幸いでございます。
・折を見て、第27話以前の画像も作っていきたいと考えています。
・そして前書きでも綴らせていただきましたが、この度 注目度ランキング9位の栄誉を賜りました!
全てはいつも読んでくださっている皆様達でおかげでございます。
この幸福を噛み締めつつ、より良いものを書いていきますので、これからもよろしくお願いいたします!
・次回更新は10/15を予定しています