027話『勇進-晴れ渡る大地』(7)
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魔物の群れとの交戦地点より約五百メッテ後方。
装甲馬車を中心に築かれた陣地にてラキリエルは離れた場所より鳴り響く振動音を耳にして思わず身を竦めた。
「凄いです……大地に魔力が密集したと思ったら……」
「第三部隊の人達が協力して大魔法を放ったんだと思うよ。
"大樹の氏族"出身者が多いから、こういうのはお手の物なんだろうね!
ヴィートボルグの市街地だと難しいけど、ここならやりたい放題さ」
「『翠聖騎士団』の皆様は、正に選ばれた騎士様なのですね」
「このグレミィル半島の最精鋭戦力っていう評判は伊達じゃないからねぇ。
ラナリア皇国陸軍全体を見渡しても、指折りの実力だと云われているよ!
それも全てノイシュの代になって『森の民』を大量に登用したからなのさ」
御者台より得意気に語るエバンス。大領主として振舞うノイシュリーベを間近で見続け、時には粉骨砕身の如く支えてきた彼だからこそ彼女が成しつつある偉業の一端を誰よりも誇らしく思っているのだろう。
そんなエバンスの表情は、ふとした瞬間に著しく曇り始めることとなる。
「……ッ!!」
「どうしたのですか、エバンスさん?」
「……ん、ちょっと拙い感じがしてね」
見れば、尻尾の毛先が微妙に逆立っていたのだ。
その僅かな変化にラキリエルが気付いた頃には、彼は御者台から立ち上がり周囲の歩兵達に向かって大声で叫んでいた。
「南西の方角を警戒して下さい! たぶん、地中から何か来る!」
「……はぁ??」
「なんだ、なんだ……?」
「何言ってんだ、アイツ」
突然の叫び声に歩兵達は唖然とするばかり。
しかしエゼキエルの下で鍛え上げられた多面騎士達だけは彼の只ならぬ雰囲気を逸早く察して言われた方角へ向けて盾を傾けていた。
ズズズズ…… ズォォン!!
陣地の近くの大地が歪に盛り上がり、何か巨大なものが地中より湧き上がる。
「キシャァァァァ……!!」
「……シャォォ!!」
大地の噴出と共に現れたのは二頭の巨大な蛇型の魔物……グールスヴァンスだ。
それまで脅威と感じていた騎兵達がマドラスクラブ討伐のために離れた場所へ駆け出して行ったために、残された一団を容易に捕食できると判断したこの魔物達は地中より接近して襲い掛かったというわけである。
「防げぇ! 盾を構えよ!」
「歩兵達は散開しつつ奴等を取り囲め、陣地を崩すな!」
盾持ちの多面騎士が前に出てグールスヴァンスの強襲を受け停めようとした。
しかし相手は全長八メッテもの巨体。そう簡単に防ぎ切れる筈もなく、容易く盾を弾かれた上で多面騎士の身体も軽々と吹き飛ばされてしまった。
それでも素早く防ぎに入ったことが奏功し、他の多くの歩兵達が即死するという事態だけは免れた。僅かに稼いだ時間を活用して体勢を立て直す猶予を得たのだ。
「……く、くそ! コイツ等がこっちに来るなんて!」
「泣き言は後にしろ!」
「騎士様達が盾になって下さったのに俺達が動かないでどうする!」
装甲馬車を中心とした陣地を維持しつつ、言われた通りに魔物を囲み始めた歩兵が長槍を突き出して魔物を牽制していく。
「キュルルシァァ!!」
「シャオオォォ……」
一頭のグールスヴァンスがその長い尾を振るって歩兵達を弾き飛ばすと、もう一頭が大きな顎門を目一杯開き、その場に居る者達を手辺り次第に丸呑みにしようとし始めた。
「エアドラゴンに比べれば脅威の程では遥かに劣るが……」
「主戦力の方々が出払った今の状態ではな」
暴れ回る巨体を相手に、攻めあぐねた多面騎士が大戦鎚を構えたまま口惜しそうに言葉を吐いた。
幾ら一打必倒の武器であれ、これだけの体格差があっては急所に的確に打ち込まねば効果を成さない。
と、その時……何処からともなく場違いな楽器の音色が響き渡り始めた。
~~~♪
「……ッ!?」
「シュア、キシュフルルル……」
先程まで、あれだけ縦横無尽に暴れていた二頭の巨体が急激に動きを鈍らせ始めたかと思うと、やがて総身を麻痺させたかの如く完全に停止する。
「これは……そうか、魔奏の調べか!」
多面騎士の一人が装甲馬車の御車台に視線を移すと、そこには弦楽器を奏でる狸人の旅芸人の姿が在った。
「『縛曲・茨呪園』……おいらの演奏、黙って聴きなよ」
まるで見えない茨の鎖によって捕らわれたかの如く、二頭のグールスヴァンスはその場で首を垂れるかのように倒れ伏してしまった。
「さあさあ、騎士に歩兵の皆様方。首級を挙げるなら今ですよ」
「かたじけない! 貴殿の援護に感謝する」
「立っている者達は一斉に得物を叩き込めぇぇ!」
健在な歩兵達が長槍で四方八方より突き入れ、多面騎士達がそれぞれ手にした斧槍や槍などを振るい、最後に大戦鎚を構えていた者が跳躍しながら魔物の頭部、眉間の辺りを目掛けて渾身の力で打ち据えた。
ド ォォン!!
轟音を響かせながら強烈な一撃を叩き込み、確実に息の根を止める。
もう一頭のグールスヴァンスも同様の手順で仕留めていった。
「ふぃ~~。ちょっと驚いたけど、どうにか防げて良かった。
……今回は敵対したけども、次に魂が巡り会った時は友達になれることを願う」
無事に奇襲を凌いだことを確認したエバンスが演奏の手を停めて、死した魔物の骸に向けて短い祈りを捧げた。
周囲の多面騎士や歩兵、そして馬車内のラキリエルも同じような祈りの言葉を口にしていた。
「もう出て来ても大丈夫だよ。後は多面騎士のヒトが何とかするでしょ」
「はい、大惨事に至らなくて何よりでした。
ですが大きな怪我を負ったヒトも何人かいらっしゃいますね!
直ぐに手当てをさせてください」
馬車の扉を開けて飛び出し、早速ながら負傷した歩兵達の元に駆け寄って治癒魔法を施して回るのであった。
「……これはいったい?」
「先程、通り過ぎて行った魔物でしょうか……」
マドラスクラブの群れの討伐を成し遂げて陣地へと戻って来たノイシュリーベとボグルンド卿は、騒然とする一団とグールスヴァンスの骸を見咎めて瞠目する。
なおマドラスクラブやヨルドラーヴァの死骸は、そのまま放置しておくと深刻な土壌汚染を引き起こす恐れがあるために、再び第三部隊の魔法騎士達によって植物を産み出し、それを編んで生成した駕篭に封じ込めた上で地中深くに沈ませた。
後はゆっくりと植物達が死骸を分解し、諸共に土に還していく手筈である。
「あっ、ノイシュリーベ様!」
丁度、全ての怪我人の治療を終えたラキリエルが真っ先に気付き、ノイシュリーベが跨る白馬の元へと駆け寄った。
「おお、ノイシュリーベ様達がお戻りになられた!」
「ということは無事に魔境の魔物達を討たれたのだな、流石だ」
「これで当面の脅威は去ったということですな」
歩兵や多面騎士達も、次々に彼女達の生還を称えてくれた。
「ノイシュリーベ様、ボグルンド卿、お怪我はございませんでしたか?
もし負傷された御方がいらっしゃったら、直ぐに手当てさせていただきます」
「ええ、三名程 出血した者が居る。でも重傷者は居ないわ。
簡易的な治癒魔法で止血は済ませてあるけど、念のためにお願いできるかしら」
「勿論です!」
早速ながら兜や肩当てが欠損した騎士の元へ向かい、傷口を検めた上で最も得意とする古代魔法を施していった。
「話には聞いていましたが、見事な手際です」
ラキリエルの施術を目の当たりとしたボグルンド卿が感嘆の声を零した。
「支援部隊の魔法使い達と比べても遜色ないばかりか、行使する魔法が強力な分
バリエンダール女史の見立て通り、数人分の働きを平然とやってのける」
「ええ、それに傷付いたヒトを放っておけない博愛の精神や
率先して動ける行動力も素晴らしいわ」
「彼女の協力があれば、帰路も安心して進めそうです」
「……またマドラスクラブが南下して来ないことを祈るばかりだけれどね」
「侯爵様、ご報告いたします」
二人が話していると、事後処理を終えたエバンスが近付いてその場で跪いた。
「簡潔に話しなさい」
「ははっ! 侯爵様達が騎兵を連れて交戦している最中に
二頭のグールスヴァンスが地中に潜って襲撃を企てました。
寸前のところでそれに気付き、迎撃に成功した次第です」
「騎兵が離れた隙を突かれたのね……被害状況は?」
「歩兵が十二名、多面騎士の御方が四名、負傷されました。
その内の五名が重症! しかしラキリエル殿と支援部隊の御方による
迅速な治療により大事には至らず、行軍にも支障はございません」
「そう、一先ずは安心したわ。
では四半刻ほどこの場に留まって休憩を採りましょう。
その間に隊列を整え、破損した武具の状況を書面に記しておきなさい」
「かしこまりました! ただちに伝えて参ります!」
返事を返すと、歩兵頭や多面騎士達の元へと駆け出していく。
見た目に反して迅速で無駄のない立ち回りであった。
伝令のために発ったエバンスと入れ違いで、傷口の診断と治療を終えたラキリエルが戻って来る。
「ご苦労様、ラキリエル。貴方が居てくれると心強いわ」
「いえ、治癒術師として同行する以上は当然のお役目ですから!」
「そう言ってくれると助かるわ。……初日からこれだと先が思いやられるけど、
それでも一歩ずつ進んで行くしかないわよね」
馬上より、遥か虚空の彼方を見上げた。
季節は夏。分厚い雲が時折 流れるグレミィル半島の大空は、誠に青々と晴れ渡っていた。
各地で蔓延する呪詛や反乱分子、魔物の脅威といった数々の不穏な影が存在することなど、この美しき空模様からは到底想像できない。
然れど、足元で蠢く濁り水は着実に像を結び始めており、為政者であるエデルギウス家に向けられる牙は喉元に迫ろうとしているのである。
なればこそ、ノイシュリーベは英雄の子として前に進み続けるしかない。
何者にも臆さぬ勇ましき歩みを、如何なる苦境をも踏み越える傑物の路を、彼女に付き従う臣下や領民達に向けて示し続けなければならないのだ。
・第27話の7節目をお読みくださり、ありがとうございました。
・道中の描写はこのくらいとして、次話からはいよいよウープ図書学院へと到着いたします。
果たして、すんなりと魔法使い達を連れ帰ることが出来るのか、こうご期待くださいませ。
・次回更新は10/13を予定しております!