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027話『勇進-晴れ渡る大地』(6)


 装甲馬車の座席に居ながらにして、ラキリエルは周囲の騎士や兵士達の纏う雰囲気が緊迫し始めている様子を肌で感じ取っていた。


 少し前よりエバンスが呼び出され、彼が不在の間はノイシュリーベの従騎士の一人が御者台に座して手綱を操ってくれていた。

 といっても一団はその場で待機を命じられていたので、装甲馬車が進むことはなかったのだが。



「ただいま戻りました! レンノ様、馬車を預かってくれて有難うございます。

 それから侯爵様がお呼びになられておられましたよ」



「分かりました、ただちに向かわせていただきます」


 ノイシュリーベの命令を受けて一団から離れていたエバンスが戻り、従騎士と入れ違いで御者台へと座った。



「おかえりなさいませ、エバンスさん。

 あの……何か起こったのでしょうか? 皆さん、ピリピリしておられますし」



「うん、結構 厄介な魔物の群れが近付いて来ていてね。

 ノイシュとボグルンド卿達が騎兵を用いて先制攻撃を仕掛けることになった。

 歩兵達はこの馬車を中心に簡易的な陣地を築くことになりそうかな?」



「そういうことだったのですね……皆様、ご無事だと良いのですが」


 万が一 魔物を仕留めきれずに敗走することになれば、後退して体勢を立て直さなければならない。その際に活用されるのが、この陣地となっていくのである。



 早速ながらノイシュリーベを含む十名の騎士が先行し、ボグルンド卿が率いる三十名の騎士が後に続く形で北の方角へと駆けて行く。


 残った歩兵、支援部隊、兵站部隊、多面騎士(レングボーゲ)、騎士の従者達は、エバンスの言った通り装甲馬車を中心に据えて陣地を形成し始めている。

 予め想定されていた状況の一つであるためか、その動きは迅速であった。


 なお多面騎士(レングボーゲ)の中には騎乗している者も居たが、彼等はあくまで守勢の要。支援部隊や兵站部隊の安全を確保するための人員なのである。



「ノイシュリーベ様、どうかご武運を……」


 両掌を重ね、若き大領主が無事に生還を果たすことを祈った。






 [ グラニアム地方 ~ グスリムの沼地より百メッテ手前 ]


 ノイシュリーベを筆頭に先駆けを試みた十騎は、前方より直進してくる魔物の群れを見咎めた。


 蟹もしくは蝲蛄(ザリガニ)のような甲殻類じみた外観なれど馬に匹敵する体躯。

 数日前に第二部隊と共に殲滅したマドラスクラブであるが、エバンスの報告通り一頭だけ異なる個体が混ざっていた。



「……あれはマドラスクラブの変異種、ヨルドラーヴァね」


 通常のマドラスクラブが苔生(こけむ)したような体色をしているのに対し、ヨルドラーヴァの体色はやや赤みが滲み出ている。


 通常種と比べて巨体で、外殻の硬度が増しているだけでなく体内で熱を産み出す器官を備えているらしく、口から吐き出す水鉄砲が熱湯と化しているのが特徴だ。


 数日前に殲滅した群れは全て通常個体であった上に、ペルガメント卿の手腕により事前に万全の準備を整えていたため容易に殲滅できた。

 しかし今回は完全なる遭遇戦の上に騎兵の数も充分とはいえない。更に変異種まで混ざっているのだから、一瞬の油断や失策が命取りに成り得るだろう。



「たとえ変異種(ヨルドラーヴァ)が混ざっていようとも、我々のやることは変わらない。

 総員、突撃体勢! 槍を掲げよ!!」


「はっ!」

「グレミィル侯爵に続け!」

「恐れるな、我らが誉は侯爵様と共にあり!」


 ノイシュリーベが号令を発し、右掌で握る斧槍(ハルバード)の穂先を前方に傾けながら騎馬の速度を上げて行くと、彼女に随伴する九騎もそれに倣った。

 この魔物達自体に罪はなかったが、放置しておけばグラニアム地方の土壌と生態系に深刻な影響を及ぼす以上は討ち倒すしかないのである。



「決して振り返るな、僅かでも速度を落とせば死が迫ると心得よ!

 ……各自、突撃!」


「おおおーーー!!」

「うおおお!!」

「……行きます!」


 先頭のノイシュリーベ以外は二列縦隊にて砂塵を巻き上げながら突き進む。



「……ッ!!」

「ジュァァァ!」


 騎兵の接近に気付いた魔物の群れは、両腕の巨大な鋏を振り上げたり、口部より圧縮された水鉄砲を条件反射で吐き出してきた。



 マドラスクラブの放つ水鉄砲には体内で生成される砂利のような微細な粒が含まれており、高圧で噴射することにより凄まじい切れ味を発揮する。

 云わば高圧水刃(ウォーターカッター)であり、直撃すれば騎士が纏う甲冑はおろか半端な城壁くらいならば容易に切断してしまうのである。


 そして変異種であるヨルドラーヴァは凄まじい熱湯を吐き出すことにより、直撃を受けなかったとしても飛び散る水滴に触れただけで火傷を被る可能性があった。



 対策としては騎兵の機動力を活かして一撃離脱で削っていくか、高圧水刃(ウォーターカッター)の射程外から魔法使いが集団で遠距離攻撃魔法を浴びせ続けることである。

 前者は死地に飛び込む覚悟が必要であり、後者は長い詠唱と祈祷を捧げねばならず、当然ながら魔物の目の前で隙だらけの恰好を晒す形となる。




 シュ ォォォオン……!!


 ノイシュリーベの左横、僅か五十メッテの位置に大槍の如き水塊が擦過する。

 直撃していれば『白夜(ナハト・)の甲冑(ダュアンジーヌ)』を纏っていても無傷では済まされないだろう。


 心胆が凍える境地。紛うこと無き死地に踏み込みながらも、甲冑を纏った彼女が恐怖で慄く素顔を晒すことは有り得ない。



「……おおおおお!!」




 ド ド ド ド ド ……!


 速度を上げて接近し、眼前の個体目掛けて斧槍を横薙ぎに振るった。

 バキィッ! と鈍い音が鳴り響き、外殻に罅が入るものの破砕するには至らない。


 構わず前進、更に馬足を速めて魔物の群れの渦中を突っ走り、一際巨体な赤い個体を見咎めると、疾走中ながら精霊に捧げる祈りの言葉を呟き始めた。



「『――来たれ、尖風(ディア・ヴィンタル)』」


 肩の草摺り(ガルドブレイス)噴射口(スラスターノズル)を後方へと傾けると共に風魔法を唱え、甲冑内にて産み出された風を一挙に噴射。

 随伴する騎士達と足並を揃えるために加減していた彼女の真骨頂を解放する。


 即ち……。




「研ぎ澄ませ、グリュングリント! 嵐を纏い蹂躙せよ。

 『――過剰(オーヴァード)吶喊槍(・グリーヴァ)』! 突撃(アングリフ)!!」



 豪風を斧槍の刀身に収斂させながら、一条の彗星と化してヨルドラーヴァ目掛けて突き進む。

 あの熱湯を吐き出されるより(はや)く、傑戦奥義を以て穿ち崩すのだ。




 ……ズ  ガ ァァァ ン !!


 斧槍の穂先がヨルドラーヴァの右腕部、巨大な鋏を捉えて貫く。

 騎馬突撃の衝撃力に加えて収斂せし豪風による破砕力によって右腕部を粉砕し、そのまま前進することで魔物の右半身の外殻や脚部を大きく抉り裂いたのである。



「ジュギュアアアア!!」


 これには流石の変異種といえど悲痛な叫びを挙げるしかなく、また右腕や複数の脚を砕かれたことにより体勢を崩してその場に倒れ込んだ。


 然れど、未だ絶命には至っていない。

 魔境と称されしイェルズール地方に棲息する魔物の生命力は常軌を逸している。


 痛痒により怒り狂って熱湯を吐き出す魔物を後目に、ノイシュリーベは背後を振り返らず疾走を続けた。僅かでも脚を停めれば高圧水刃(ウォーターカッター)の餌食となるからだ。

 



「(接敵しただけでこの熱量、か……)」


 ヨルドラーヴァに突き入れた直後、体内に蓄えられていた熱湯が爆散して高温の水蒸気に包まれていた。

 豪風を纏いながら吶喊するノイシュリーベと白馬フロッティだからこそ大した影響を受けなかったものの、並の騎士ならばそれだけで重症を負っていただろう。


 全身甲冑や騎馬甲冑を纏っていたとしても、装甲の表面に付着した水滴より熱が甲冑内部にまで伝播してしまうからである。



 疾走を続けること約百メッテ。沼地に踏み込む寸前にてノイシュリーベは右掌の斧槍を掲げてから、馬上にて左方向へと振り降ろす。左折するという合図である。


 すると彼女に随伴して吶喊し、それぞれ魔物に一太刀浴びせた騎士達が意図を汲んで左方向へ転進する準備に入った。

 甲冑越しなれど耳朶に響く馬蹄の音からして脱落者は居ない。どうやら全員が魔物が放つ高圧水刃(ウォーターカッター)や鋏による迎撃を潜り抜けて生還を果たしたようだ。



「旋回せよ!」


 至極 短い号令を発し、事前に出していた合図通りに左方向へと進路を違える。

 横目で見た限り随伴する騎士達は全員健在であったが、中には甲冑の肩当て(ポールドロン)や兜部分の装甲が大きく抉られて鮮血を流す者も見受けられた。

 直撃こそ受けなかったものの、僅かに掠めたといった具合である。



「損害は?」



「軽傷三名! 脱落者無し! 重症者及び死者も出ていません!」



「結構よ。このまま旋回機動で射線を外しつつ、魔物の注意を惹き付ける!」



「ははっ!」


「ボグルンド卿の手腕をしかと拝見いたしましょうぞ」






 ノイシュリーベ達が魔物の群れに吶喊した頃、その後方ではボグルンド卿が率いる『翠聖騎士団(ジェダイドリッター)』第三部隊の三十名の騎士達が二列横隊を組んで集結していた。


 前列には通常の騎士が十五名、後列には魔法騎士が十五名。部隊長であるボグルンド卿は、前列の更に前で待機していた。



「流石は侯爵様、相変わらず出鱈目な突破力ですね」


 呟きながら、左掌で握る魔具杖(アルス・マギア)を高らかに掲げた。

 彼女の所作に倣い、後列の魔法騎士達も一斉に馬上槍(ランス)を掲げる。



「詠唱開始!」


 号令を発すると後列の魔法騎士達に加えてボグルンド卿自身も魔法を放つための詠唱句を唄い始めるのであった。


 魔法騎士とはその名称の通り、魔法使い並みの魔法を修めた騎士のことを指す。

 正しく精鋭中の精鋭であり各部隊に所属する魔法騎士達こそが『翠聖騎士団(ジェダイドリッター)』の代名詞であり中核を成す存在なのだ。


 とはいえ、如何に最精鋭戦力といえど魔法の詠唱を行うためには完全に脚を停めて祈りを捧げなければならず、故にその隙を補うために通常の騎士も部隊内に配属されているのであった。


 吶喊しながら魔法を唱えることが出来る、ノイシュリーベが異常なのだ。




「グレミィルの地に根差す、大いなる原初の樹宮の精霊達に希う。

 (ひこばえ)なる(みの)りと秩序に(あだ)成す萎凋の業、我等は剪定(せんてい)の源流を以て打穀(だこく)を成す」



 大魔法(スペリオルエピック)の詠唱。ボグルンド卿を含めた十六名もの魔法騎士が、恰も合唱を披露するかの如く、朗々と詠唱句を紡ぎ進めていく。


 魔物達の意識は先駆けを担ったノイシュリーベ達へと傾けられており、響き渡る唄声と祈りの所作に気付く者は居なかった――




 「『――揺籃を護る(ストールトレッド・)樹鞭鼓慟(フェステルセ)』!」



 鍵語の完了と同時、魔物の群れが留まる大地に異変が生じ始めた。



 ゴ ゴ ゴ ゴ ……  ゴォォォン!  ゴォォォン! ゴォォォン!


 無数の巨大植物が地面から生え渡り、螺旋状に絡み合って塔の如き頑強なる樹鞭を形成していったのである。

 ざっと見える範囲でも樹鞭の数は、十本以上は存在していた。


 次の瞬間、まるで怒りの意思を持ったかのように巨大な樹鞭達が暴れ狂い、地を這うマドラスクラブ達を目掛けて痛烈なる打撃を浴びせ始めたのである。


 一打ごとに盛大に地面に減り込む魔物達。一方的に繰り広げられる磔刑。

 それでも強固な外殻は簡単には砕けず、何度も何度も打ち据えるに連れて徐々に罅が奔っていくのであった。




 バギィィ!  ドゴォォ!  ドドドォォ!!


 やがて大魔法の効力が消失し、巨大な樹鞭が大地に還っていく。

 後に残されたのは、散々に叩きのめされながらも辛うじて息をしているマドラスクラブの成れの果てであった。外殻こそ叩き割られているが、絶命には至らない。



「まだ息があるとは……やはり魔境の固有種は一筋縄ではいきませんね。

 総員、突撃! 確実に仕留めてみせよ!」


 魔具杖を下げて、代わりに馬上槍を構えたボグルンド卿が駆け出した。

 背後で整列している十五名の通常の騎士達が彼女に続き、一拍置いてから後列の魔法騎士達も波状を成す形で吶喊していった。




「見事な連携詠唱だったわ」



「……仕留め損なってしまっては、誇れることではありません。

 それに余裕を以て詠唱できたのは侯爵様達のお膳立てのお陰です」



「最終的に蹴散らしてしまえば同じことよ! さあ、行きましょう」


 大きく旋回しながら駆け回った末に、第三部隊に合流したノイシュリーベが声を掛けてきた。彼女が率いる九名の騎士達は全員健在であり、二列横隊を補強する形で隊列を整えつつ足並を揃え始めた。


 即ち、合計 四十二騎による吶喊を以て、魔物の群れを掃討する構えである。




「蹂躙せよ!」


「我等の土地に踏み込んだ、害獣共を討ち滅ぼすべし!」


 揃って先頭を駆けるノイシュリーベとボグルンド卿が一際よく徹る声で号令を発し、配下の騎士達は渾身を賭して呼応した。


 この状況に至っては魔物側に成す術は無し。凄まじい馬蹄の音を鳴り響かせる一団が通り過ぎた後には、無残な魔物の骸のみが転がっていた。


・第27話の6節目をお読みくださり、ありがとうございました。

・今回、割とあっさりと討伐したマドラスクラブとヨルドラーヴァですが、本来ならかなり上位に位置する魔物だったりします。

 ノイシュリーベが率いる騎兵の質が高かったことと、一撃離脱に専念した戦法が功を奏したので死者が出なかっただけで、正面からあの群れと戦えば勝ち目は薄かったと思います。

・通常の騎士や冒険者が普通に討伐するのならば、マドラスクラブ1頭を仕留めるのに10人掛かりくらいが推奨されているのではないかな……と考える次第でございます。


・次回更新は10/12を予定しております!

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