表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
131/132

027話『勇進-晴れ渡る大地』(5)


 城館内で行われた定例会議から二日が経過した日の早朝。

 ヴィンタ―ブロット丘陵の麓の、特別に開かれた用地にはウープ図書学院へ向かうための一団が集結していた。



 まず大領主であり、『翠聖騎士団(ジェダイドリッター)』の騎士団長を務めるノイシュリーベ。

 彼女を補佐する女性の従騎士が二名。伝令や交渉役の補佐を兼ねた密使を務めるエバンス。そして彼女の指揮下に入る魔法騎士が二名、通常の騎士が五名、多面騎士(レングボーゲ)が十名。各騎士達の従者達が続く。


 次に『翠聖騎士団(ジェダイドリッター)』第三部隊の面々。部隊長のボグルンド卿を筆頭に、魔法騎士十五名、通常の騎士十五名、歩兵三十五名、そして各騎士達が連れて来ている従者達が続いた。


 最後に支援部隊と兵站部隊より出向した少数の者達に、主要な交渉役となる紋章官が一名、そしてラキリエルが乗る装甲馬車が控えていた。



 純粋な戦闘要員の数は、ノイシュリーベを含めても九十名弱で、百に届かない。

 騎士が連れる従者達まで含めた総員数は、二百名ほどの一団となる。


 行きはともかく、ウープ地方から学徒を含める魔法使い(ドルイド)達を連れて戻る際の護衛のことを考慮するならば、これでもまだ心許ない人数だが致し方ない。


 なおヴィートボルグからザンディナムの宿場街までの移動ならば、街道が整備されている上に定期的に巡回する警邏隊も存在するので図書学院からヴィートボルグへの移動に比べれば、魔物や野盗からの襲撃は各段に減少するのである。






 [ グラニアム地方 ~ ヴィンターブロット丘陵の麓 ]


「全員揃ったか。それではこれより、ウープ図書学院へ向けて発つ!」



「総員、隊列を崩さず前進せよ」


 先頭にて白馬フロッティに跨るノイシュリーベが号令を発し、その隣に並ぶボグルンド卿が右腕を挙げて縦隊を組む一団へ合図を送った。


 彼女達の背後には、それぞれの側近を務める者達が控え、その後ろに各種戦闘要員達が続いていく。

 そして支援部隊や兵站部隊、従者達は後列に位置し、エゼキエルの配下より選抜された多面騎士(レングボーゲ)達が殿(しんがり)役を担っていた。


 なおラキリエルを乗せた装甲馬車の御者はエバンスが務めており、上記でいうところの側近達の列に含まれていた。緊急時にはこの装甲馬車が救護所となる。




「もし仮に、道中で魔物の群れなんかに遭遇しちゃったら

 この装甲馬車を中心にして陣地を構築してから迎え撃つなり、

 先制攻撃を仕掛けて被害が出ないようにすることになるだろうねぇ」



「成程……」



「その時に怪我人が出たら君の出番ってわけだね!

 まあ後列のほうにも治癒魔法が使える支援部隊のヒトが一人就いてるし

 そう緊張せずに、のんびりと外の景色を眺めていればいいと思うよ~」


 二百名近くの人数から成る一団と共に行動することになり、緊張しているであろうラキリエルを気遣うように、エバンスは定期的に話を振っていた。



「それから、この辺りの領主が滞在する街の傍を通過したり、

 日が暮れ始めて最寄りの村や町に立ち寄ることになった際には

 おいらが出向いて挨拶なり、交渉なりしに行くことになると思うんだ」


 大領主が率いる一団といえど各貴族家が治める領地を通過する際には、それなりの礼節を重んじる必要があるのだ。



「あとはまあ……臨時の偵察を命じられた時もかな?

 だから、その時はノイシュに付いてる従騎士のどちらかが

 おいらの代わりにこの装甲馬車の御者台に立つことになるだろうね~」



「分かりました、お二人とも面識がありますので安心です」


 あの女性の従騎士達について、ラキリエルは詳しいことまでは知らされてはいなかったものの、城館内で何度か顔を合わせたり、挨拶を交わした際には二言三言は話したこともあったので不安は感じなかった。


 その後、グラニアム地方の北西部を進むに連れて徐々に移り変わっていく景色を車窓より眺め続けていた。




 一団の先頭にて常足(なみあし)で騎馬を進めるノイシュリーベは、真夏の晴天の空の下にも関わらず全身甲冑に身を包んだまま前方を注意深く睨み据えていた。


 この陽射しの下を完全装備で行軍しているのは、(ひとえ)に厳格な大領主として振舞う姿勢を示すだけでなく、何者かの襲撃を懸念しているからであろう。



「侯爵様、何か気掛かりなことでも?」


 (くつわ)を並べて騎馬を駆るボグルンド卿が告げる。

 樹人(ドリュアス)である彼女は、騎士が身に纏うにしてはやや装甲の薄い甲冑を纏い、兜だけは馬の鞍に備えたまま素の頭部を晒していた。


 樹皮を彷彿とさせる皮膚はおよそ純人種のものとは掛け離れており、(うろ)の如く窪んだ瞳もまた『人の民』のものとはまるで異なる造詣であった。

 彼女が率いる第三部隊もまた樹人(ドリュアス)を中心とした"大樹の氏族"出身者ばかりで構成されているために、部隊長の容姿を忌避する者は居ない。



「ええ、少し前にペルガメント卿達と魔物討伐に出向いた時に

 この辺りには棲息しない筈のマドラスクラブと遭遇したのよ。

 まだ生き残っているようなら、早めに見付けておきたくてね」



「然様ですか。確かに……帰路で遭遇してしまうと厄介なことになります。

 学徒達を守りながらあの魔物を相手取るのは、それなり以上に骨が折れる」



「そういうことよ。

 ペルガメント卿は"黄昏の氏族"のアゴラス家が放った尖兵と言っていたけれど」



「アゴラス家……"黄昏の氏族"の中でも最古の豪族ですからね。

 ここ数年の間あまり良い評判を耳にしませんし、充分に有り得る線でしょう」



「まったく、この時期に困ったものね。

 『ベルガンクス』の件もあるのだから、大人しくしていてほしいわ!」


 ノイシュリーベはエペ街道でラキリエルを救出する際に、彼等の頭領でありギルド長でもある"海王斧"バランガロンと直接交戦している。

 完全装備状態の彼女の吶喊ですら仕留めきれなかった猛者が、万全の状態で攻め込んで来るというのだから、その心労の程は察して余りあるだろう。



「『ベルガンクス』といえばペルガメント卿が指揮を採ることになった防衛線戦を

 構築する者達は、明日以降にヴィートボルグを発つのでしたね」



「ええ、急拵えの混成部隊だから今日までは第一練兵所を使って

 最低限の連携手段や戦術を少しでも練り上げておくと言っていた。

 明日の正午過ぎにグラニアム地方の南端へ向けて出陣してくれる筈よ。

 ……彼は性格には難有りだけど裏表はないし、やるべきことはやってくれるわ」



「そうですね。彼は"獣人の氏族"の上級戦牙にしては知性がありますから」



 ペルガメント卿はあの見た目や言動、性格からは想像も出来ないほど戦の段取りや事前準備を重要視する、用意周到な将である。


 「どんなに強ぇ奴でも胡坐かいて油断してりゃ勝てるもんも勝てなくなる。無様に死に腐るだけだ」というのが口癖の一つであり、事実として彼は限られた時間や資源の中で己の手勢を最良の状態にまで仕上げてくることで知られていた。

 今回の対『ベルガンクス』との戦いに於いて指揮を任せた理由も、そういった側面を評価しての抜擢でもあったのだ。



「とはいえ相手はセオドラ子爵家の支援を受けた『ベルガンクス』です。

 敗れはしないでしょうが、あの戦力で撃退するのは不可能でしょう」



「そうね、申し訳ないけどペルガメント卿には時間稼ぎに専念してもらうわ。

 第二部隊の機動力を活かして上手く立ち回ってくれることを祈るしかない」



「仮に彼が敗れて無様な骸を晒すことになったとしたら

 同じ『森の民』の将の義理で、骨くらいは拾いに行ってさしあげますよ……」


 ボグルンド卿にしては珍しく、冗談めいた口調で(うそぶ)いた。

 性格的に反りが合うとは思えなかったが、同じ時期にノイシュリーベに仕えることになった部隊長同士、同期の絆のようなものを形成しているのだろうか。


 と、その時だった。会話を交わしている間も前方を見詰めていたノイシュリーベの視界に何かが(うごめ)く影が映ったのである。




「……あれはグールスヴァンスね」



「はい、ですが数は二頭ほどのようです。大した脅威ではありませんし、

 あの魔物はそれなりに知能が高いので この数の一団に牙を向けることもない」


 ボグルンド卿の解説通り、黄色い体表が特徴的な魔物……グールスヴァンスは平均して全長八メッテを超える巨大な大蛇なれど、勝ち目の無い相手には襲い掛からない習性があった。


 故に、完全武装の騎兵四十名に加えて、歩兵や多面騎士(レングボーゲ)まで揃っている一団に戦いを挑む可能性は極めて低い。

 たまたま前方を通り過ぎただけだと思われるが、ノイシュリーベの懸念は別のところにあった。



「グールスヴァンスは地中に潜って活動する魔物でもあるわ。

 私達が通り掛かったのなら、真っ先に身を隠すのではなくて?」



「言われてみれば確かに……侯爵様の仰る通り不自然ではあります」



「……エバンスを呼びなさい! そして魔物がやって来た方角を調べさせて」



「はっ! ただちに!」


 即決即断。背後に控える従騎士に指示を出し、最も信頼する己の懐刀を放つことにしたのである。






 エバンスを偵察に出してから十数分が経過した。


 一旦、行軍の脚を停めていた一団の元へ、狸人(ラクート)とは思えないほどの俊足を発揮したエバンスが慌てながら戻って来たのである。



「侯爵様、大変です! ここから北の方角へ六百メッテ離れた地点に

 マドラスクラブの群れが屯しておりました。数は、二十頭!

 その内の一頭は通常個体よりも巨体で、体色も異なっております」



「ご苦労様。いつもながら迅速な仕事ぶりに感謝する。

 ここから北に六百メッテ先というと……グスリムの沼地ね。

 確かグールスヴァンスの生息地だった筈」



「はい、恐らくは棲み処を占拠され、生き延びた個体が逃げていたのでしょう。

 そしてマドラスクラブの群れは南下を続け、こちら側に迫って来ています!

 放置しておくと後々の脅威になることは間違いないかと」



「……嫌な予感は的中するものね。

 だけど、出食わしたのが帰り道の時でなくて良かったわ」



「そうですね。今ならば時間的にも戦力的にも余裕があります。

 速やかに討伐して後顧の憂いを断っておくべきかと」


 エバンスの報告を隣で傾聴していたボグルンド卿が相槌を打ち、ノイシュリーベは無言で頷いて肯定した。



「エバンス、貴方は馬車に戻ってラキリエルと共に万一の事態に備えなさい」



「ははーっ!」


 やや大仰に返事を返した後に、速やかにエバンスは持ち場へと戻っていく。



「ボグルンド卿、私の手勢が先駆けを担うわ。

 第一撃目の騎馬突撃で浮いた奴を、貴方の部隊で確実に刈り取りなさい」



「御意! "貴き白夜"の疾走をなぞる栄誉を全うさせていただきます」



「勿論、魔物を討ち取った手柄は貴方の第三部隊のものとして良いから。

 歩兵と多面騎士(レングボーゲ)はこの場で待機させて陣を敷かせておくように」



 短いやり取りながら段取りを伝えると、二人の将は即座に行動を開始した。


 "黄昏の氏族"が治めるイェルズール地方に原生するマドラスクラブは、その強さの位階も然ることながら、生態系に与える影響力の高さも他の魔物とは比較にならない脅威である。一頭でも見掛けたならば、速やかに狩らねばならない。



 ノイシュリーベの指揮下にある七名の騎士に加えて、彼女自身と従騎士二名を加えた合計 十騎が一団より離れ、先陣を切って駆け出していくのであった。


・第27話の5節目をお読みくださり、ありがとうございました。

・まずは尖兵との戦いということで、ノイシュリーベとボグルンド卿の活躍をこうご期待いただければ幸いです。

・次回更新は10/11を予定しております!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ