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027話『勇進-晴れ渡る大地』(3)

・今回と次回はラキリエルの一人称視点で描いていきます。


 大会議室でウープ図書学院への同伴をお命じいただいた その日の午後。

 わたくし ラキリエルは市街地まで赴き、数日分の日用品などを購入することにいたしました。



 ノイシュリーベ様の臣下であるマイエル様、兵站部隊長を務めておられる御方が必要最低限のものは支給してくださるとのことでしたが、やはり細々としたものは各自で別途、用意しておいたほうが良い……と助言をいただいたのです。


 個人用の携行食料、町へ立ち寄った際に必要となる肌飾りや香りの雫(アロマ)儀礼水(トーナー)、その他 体質に合わせて必要となる身の回りを整える品々……などなど。


 いやしくもグレミィル侯爵にお供させていただく身でありますので、彼女に付き従う者として恥じぬ振舞いを心掛けなければなりません。

 城館内で普段 使用しているものとは別に、長旅に耐えられるように造られた品物を買い求めに様々なお店に足を運んだのです。




 [ 城塞都市ヴィートボルグ ~ 市街地 ]


 サダューイン様の黒馬、リジルさんをスターシャナさんよりお借りして、市街地まで降りて行きました。わたくしの脚で丘陵の路を登り下りするのはまだ難しく、ましてや荷物を抱えた状態では困難を極めると危惧してくださったのです。


 スターシャナさん曰く「この馬を連れて来たドニルセン姉妹と貴方の容姿はとてもよく似ています。ですので他の馬よりも懐き易いのかもしれません」とのこと。


 少々、複雑な思いではありますが今のわたくしでも乗り熟せる数少ない馬ということで、リジルさんと共に様々なお店を巡っていきました。



 乗り慣れた補助用の鞍(サイドサドル)に座り、夏の陽射しとグレミィル半島のからっとした風を浴びながら、ゆっくりと進んでいきます。

 手綱の扱い方は未だによく分かっていませんがリジルさんは主人に似てとても賢いため、わたくしの意図を察して進みたい方角へ向かってくださるのです。





 数日前よりエバンスさんに案内していただいていたこともあり、目当ての品物を取り扱っているお店の場所は頭に入っていました。


 北西の区画に位置する小さめの噴水広場より少し南へと進んだ場所に『ミトゥス商会』の支店が建っています。

 肌飾りなどに関しましては、やはりこのお店が最も品揃えが豊富なのです。

 また『ウォーラフ商会』という大きな組織の支店も新たに建設予定中だということで、ますますこの市街地が発展していくことは約束されているのでしょう。


 昼過ぎから東征の刻……つまり夕暮れ時よりも一刻近く前の時間帯には全ての買い物を(つつが)なく終えて、市街地を散策する余裕すら得られました。



 エフメラスさんのお店で軽食と、つい最近 試作し始めたという乾燥果実の携行食料を購入し、広場のベンチに腰掛けまして小腹を満たしていきます。

 この頃になるとエフメラス夫妻にも顔を覚えてもらっていただけたようで、最初に訪れた時よりも気さくに話し掛けてくださりました。



「あんたみたいな別嬪さんが、たまに来てくれるだけで

 他の客も釣られて買っていってくれるから大助かりさ!」


「今日はあの狸人(ラクート)の坊主は居ないのかい?

 たまに広場で演奏してるけど、あいつがいると町の雰囲気が明るくなるんだ」


 お二人とも それなりにご年配にも関わらず、若者 顔負けの元気さでパンを焼いたり、調理をしたり、販売したり、配達したりされておられるみたいでした。

 

 そうして軽食を平らげ、多めに購入しておいた乾燥果実の一部をリジルさんに召し上がっていただいてから更に市街地を散策していきます。

 広場から南東の区画へと向かい、『光篭通り』に差し掛かっていきます。



 現在の時刻はヒトの往来が少し控えめになるようで、思っていたよりもすんなりと進むことができました。

 あと一刻ほども経てば壁の外の農作地より戻って来た町の人達で溢れかえることでしょう。


 『光篭通り』を通り過ぎると、市街地の中央に位置するリーテンシーリア広場に辿り着きます。この広場を中心に様々なお店や路が広がっているだけでなく、街の景観を損なわないように監視塔が等間隔で建っています。


 最初にサダューイン様に連れて来られた時は、大いに緊張と感動を同時に覚えたものですが今では見慣れた光景として、わたくし自身もこの街の一部になりつつあることを実感しております。




 [ 城塞都市ヴィートボルグ ~ リーテンシーリア広場 ]


 市街地で最も大きな広場に着くと、わたくしは前々から気になっていた とある場所に立ち寄ってみることにしました。

 エバンスさんが仰っていた『グンボリ―婆さんの古本屋』というお店です。


 ウープ図書学院にも素晴らしい書物がたくさん収蔵されており、然るべき手続きを行えば貸し出してもくれるそうですが、それとは別に自由に鑑賞できる御伽噺(ユメ)が綴られた本が欲しくなったのです。




 カラン カラン……。


 年季の入った木製の扉を両手で開けると、同じくらい古そうな呼び鈴が慎ましい音色を鳴り響かせました。



「いらっしゃい……おやおや、随分と珍しいお嬢さんだこと」


 やや埃を被ったカウンターを挟んで椅子に腰掛けているのは、想像通りの……と言ってしまうと失礼に当たるかもしれませんが、お年を召された女性でした。


 ゆったりとした深緑の法衣に身を包んだ、如何にも魔法使い(ドルイド)といった井出立ち。

 数多刻まれた顔の皺は、彼女が過ごされて来た年月の長さを感じさせながらも、その表情は常に柔和でどこか気品を感じさせました。


 この御方が、店名にも記されているグンボリーさん……なのでしょうか?



「こ、こんにちは……その、御伽噺(ユメ)の本を扱っていらっしゃると聞いたもので」



「ははぁ、そういうものに興味を持たれるお年頃のお客さんでしたのね。

 それなら……あちらの棚にまとめて並べてありますとも」


 ゆっくりと右掌を動かして、店の隅の本棚を指差してくださいました。



「ありがとうございます! 拝見させていただきます」



「どうぞどうぞ、たっぷり見ていってくださいな」


 お辞儀をしてから紹介された本棚の前まで歩を進め、ずらりと並んだ書物を見渡しました。

 どうやらこういった本はあまり売れ行きは芳しくないらしく、カウンター席以上に埃を被ったままとなっています。


 ですが、色とりどりの表紙で装丁された本の数々は、外観を眺めているだけでもわくわくするものなのでした!



 少し古めの旧イングレス語の物語。供用語で綴られた比較的新しめな本。

 とても年季の入った、見たことも無い文字で記された手書きの書物……など。


 興味の赴くままに手に取って眺め、時には物語の一節を目で追うだけでも時間を忘れて無限に堪能できるような気がしたのです。

 記されている物語も実に多種多様、純人種の視点で描かれた普遍的な英雄譚から亜人種の視点で描かれた惨劇の歴史。大国を舞台とした騎士と王女の恋物語。



 剣の英雄と智の英雄の悲しき対決。


 漆黒の勇者の苛烈なる闘争の日々。


 白亜の魔王と呼ばれた英雄の偉業。


 一夜にして滅びた魔導帝国の歴史。


 コーデリオ教団の成り立ちを描いた聖典の写本。


 大山脈の竜退治。


 誓都の王が遺した機械仕掛けの(トライ・エ)三本の(クス・)剣の物語(マキナ)


 遥かなる湖底の陽鉱炉を巡る凄惨なる戦史もの。



 其れは書物の形を借りた、数々の幻創の残滓でした……。史実を基にしたものもあれば完全なる空想の産物も混ざってはいるのでしょう。

 ですが綴られた文字の一つ一つが、まるで常理の一部であるかのように感じ取れるのです。


 そして本棚の隅から隅まで見渡していくうちに……見付けてしまいました。

 わたくしが生まれ育った故郷で、何度も何度も繰り返し読み続けていた『群青の姫君と翳の英雄』という御伽噺(ユメ)の欠片も。



「…………」


 思わず手に取り、表紙に覆い被さっていた埃を振り払いました。

 いと深き群青色に染め上げられた表紙には、金色の塗料で描かれた美しき女性の横顔と、周囲を飾る様々な模様や象形文字が添えられています。


 懐かしさを感じると同時に、滅び逝く海底都市の光景が脳裏を()ぎり出します。


 以前、悪夢にうなされて泣きながら目を醒ました時には、傍にサダューイン様がいらっしゃって、彼の肉体より伝わる温もりにより芯より心が救われたことを思い出しました……。



 あの温もりは、本物でした。


 あの温もりを与えてくれる彼への想い自体は、今でも決して無くなってはいないのだと思います。



 この御伽噺(ユメ)に登場する"群青の姫君"のようには、もう成れないのかもしれないけれど……。

 次に彼と顔を会わせて、練兵所でのことをお詫びして、その上でお互いに新たな路へと進み出すことが出来たのなら、再びこの御伽噺(ユメ)を読み返してみたいと思ったのです。



「…………」


 わたくしは『群青の姫君と翳の英雄』の本を、丁寧に本棚へと戻しました。




「随分と熱心に眺めておられましたけど、よろしかったのです?」


 グンボリーさんが何気なく尋ねてこられました。



「はい……今のわたくしには、少々 縁遠い気がしまして。

 ですが、いつかこの本を購入させていただいてもよろしいでしょうか?」



「ふふ、勿論ですとも。長い間、その本棚で眠っておりましたからね。

 それでは取り置きしておきますから、いつでもお越しくださいな」



「はい!」


 グンボリーさんに影響されて、わたくしも自然と微笑んでしまいました。



 その後、置いてある書物の出処などについて幾らかお話していると、お店の扉が開いて呼び鈴が鳴りました。新たなお客さんがやって来られたのです。


・第27話の3節目をお読みくださり、ありがとうございました。

 補足となりますが、本編中にあった「東征の刻」とは午後3時くらいだと思っていただければ幸いです。


・ラキリエル視点の市街地の散策劇ですが少し長くなってしまいましたので3節目と4節目の2回に別けさせていただきました。

 最後の方で、いったい誰が入店してきたのか、是非とも予想してみたりして、お楽しみくださいませ。


・次回更新は10/8を予定しております!

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