027話『勇進-晴れ渡る大地』(1)
【第2章までのノイシュリーベ陣営のあらすじ】
城塞都市ヴィートボルグに来訪した皇太子バラクード一行を歓待する最中、魔鳥と"五本角"のエアドラゴンから襲撃を受けてしまい、辛うじて撃退に成功。
都市を守るため負傷した者達を抱えたまま、次はザンディナム銀鉱山で発生した『負界』に対処するために、ウープ図書学院に在籍する学徒を含めた魔法使い達を迎えに行く日が近付いているのでした。
[ 城塞都市ヴィートボルグ ~ 城館二階 大会議室 ]
その日、ラキリエルはスターシャナに連れられて丘上の城館二階に設けられている大部屋……複数人で重要な会議を行うための場へと案内された。
大会議室を挟んで東西に廊下が伸びており、この内の東側の廊下に沿って設けられている貴賓室の一つでラキリエルは寝泊まりしているのだが、この大部屋に足を踏み入れるのは初めてのことだった。
「失礼いたします。ラキリエル様をお連れいたしました」
観音開きの木製の扉を三回、ノックした後にスターシャナが開いてくれた。
先に入れ、ということらしい。
「……し、失礼します!」
緊張しながら大会議室に入り、深々と頭を下げる。
部屋内にはノイシュリーベの他に彼女専属の女性の従騎士が二名とエバンスが既に待機していた他、『翠聖騎士団』の各部隊長や多面騎士の長、常備兵の長等の役職に就いている者達が、それぞれ着席したまま新たに入室したラキリエルへと一斉に視線を傾けた。
順番に名を挙げていくならば、『翠聖騎士団』の副団長にして第一部隊長でもあるジェーモス・グレイスミルド・ベルダ卿。
第二部隊長のペルガメント卿、第三部隊長のボグルンド卿、第四部隊長のハンマルグレン卿、支援部隊長のバリエンダール女史、兵站部隊長のマイエル卿。
筆頭多面騎士のエゼキエル・ブレンケ卿。兵士長のルディラ……と続く。
「わざわざ申し訳ないわね。空いている席に座って頂戴。
スターシャナも『亡霊蜘蛛』の代表として会議に参加するように」
『亡霊蜘蛛』の纏め役はテジレアということになっているが、彼女は今 任務のために都市を離れている。
「はい!」
「かしこまりました」
ラキリエルの後から大会議室に足を踏み入れて参席者達に深々と頭を下げてから大領主であるノイシュリーベに言われた通り、東側の空席へと共に腰掛ける。
ダークエルフである彼女の参加に対して『森の民』出身であるペルガメント卿とボグルンド卿はあまり良い顔をしなかったが、不満を訴える程ではないようだ。
「これで必要な面子は全員 揃ったわね。
それでは現状の難題に対処していくための会議を始めましょう」
この場に参集した一同の顔触れを見渡しながら、ノイシュリーベが堂々と宣言を発した。
会議の内容は主に先日の魔鳥や、"五本角"のエアドラゴンの襲来で被った被害状況の確認から始まり、収穫期に向けて領地を巡回する警邏隊の編成仕様の相談。
都市の治安状況、領民の間で病などが流行っていないかどうか、冬季に向けての備え、常備兵の拡充の是非、棲息する魔物の分布状況の共有……などなど。
定例事項の話し合いは実に素早く、効率的に意見を交わし合っていく。
ノイシュリーベが大領主の座を継いでまだ二年しか経っていないことを鑑みれば中々の手際であり、臣下達から着実に信頼を得ている証左であった。
勿論、前大領主であるベルナルドの代から築いたエデルギウス家への信頼が地盤となっていることは間違いないのだが。
どうあれラキリエルは、歴戦の騎士達を相手に一歩も退かぬどころか率先して意見を告げたり、時には臣下の発言を真摯に汲み取って沙汰を下すノイシュリーベの姿を目にして、同じ女性として尊敬の眼差しを傾けていた。
「……細かい調整は各部隊で行って貰うとして、このくらいで切り上げましょう。
そして次の議題からが、今回の本題となるわ」
従騎士達に目配せをすると、予め容易しておいたと思しき資料を参席者達に配布していった。ラキリエルとスターシャナの分も用意してあったが、スターシャナは既に内容を知っているためか目を通そうとはしない。
「ほーう、こいつぁまた面白いことになってやがりますなァ!!」
「……ペルガメント卿、口を慎め。これの何処が面白い事態なのか?」
資料に綴られた文字の羅列を一瞥した狼人の若き部隊長が哄笑を零すと、隣の席に座る巌のような風貌のハンマルグレン卿が苦言と共に睨み据えた。
「あの『ベルガンクス』が本気で我々に牙を向け始めた……。
しかもセオドラ子爵の支援を受けているとなると、これは容易ならざる戦力だ」
「あの港湾都市の肥えたオッサンは前々から何かと臭かったっすからねぇ?
まあ何れこうなるんじゃないかって、皆 思ってたことでしょうや……呵々!」
「セオドラ卿は以前からベルナルド様達を目の仇にしておられましたからな。
しかし『ベルガンクス』か……厄介な連中を雇い入れたものです」
「ええ、この情報はそこのスターシャナが持って来てくれたものよ。
……詳しい説明をお願い出来るかしら?」
右掌を軽く突き出して参席者達へ口を閉じるよう促しつつ、一泊置いてからスターシャナを一瞥した。
「僭越ながら、ご説明させていただきます。
六日ほど前、エーデルダリアに停泊していた『ベルガンクス』の拠点、
ベルガロベリア号で明確な動きが確認されました」
その場で立ち上がり、周囲へ向けて一礼した後に淡々と事実を告げていく。
「『ベルガンクス』所属の冒険者の他に、現地で雇った無所属の冒険者や傭兵、
破落戸など総勢五百名以上の戦闘要員が揃っていたとのこと。
彼等を甲板に集めた上で、セオドラ卿に協力しているラナリア皇国海洋軍の者が
ヴィートボルグ侵攻の大まかな計画を話しておりました」
「その海洋軍の者について、分かっていることはあるかしら?」
「残念ながら、彼は自分の身元に関しては慎重に伏せていたようです。
ただ容姿は金髪に碧い眼をした純人種で、海洋軍の軍服を着用していました。
そしてセオドラ卿と懇意にしている軍人という点から考えていきますと、
ボルトディクス公爵より派遣された将校と推測するのが妥当かと……」
「その情報を持ち帰り、推論を立てた者は誰ですかな?
あの『ベルガンクス』の本拠地に忍び込むなど命知らずも良いところだ」
海を越え、大陸すら渡って活動する最上位の冒険者ギルド『ベルガンクス』の名は良くも悪くも様々な逸話と共に拡散されている。
事実として『ベルガンクス』は、冒険者統括機構に登録されているギルドの席順に於いても第九位に位置しており、これは純粋に全世界で九番目に優れた最強の冒険者集団ということを意味しているのである。
当然ながら拠点の守りや、警戒の強さも常軌を逸する位階であることだろう。
「我々『亡霊蜘蛛』のラスフィシアでございます。
サダューイン様の密命を受けた彼女が単身で乗り込み、生還を果たしました」
「ほう……」
「呵々々ッ! あの徒花ちゃんかよ。やるねぇ。
ご主人様に忠実で、頼めばなんでもやってくれる可愛い狗ってか?」
「……彼女の適正を最大限、発揮すれば決して無理難題ではございません」
嘲弄する狼人の部隊長に対して、スターシャナは僅かに眉を顰めたものの面貌を崩すまでには至らず、淡々と言葉を返すのみ。
「……"あいつ"から挙げられてきた情報だというのは素直には喜べないけど
ドニルセン姉妹の能力は私も評価しているし、情報の確度も信用できる。
だけど"あいつ"は今、隠者衆を迎えに行っているんじゃないの?」
「はい、既にカルス・ファルススに到着して交渉を済ませておられます。
四日以内には隠者衆のお歴々をザンディナムまで運び終えるとのこと。
エーデルダリアでの偵察は、その道中で……ついでに行ったそうです」
「ついでで『ベルガンクス』の本拠地に乗り込ませるなんて……何考えてんの?
だけど貴重な情報であることは確かよ。おかげで対策する時間を得られたわ」
伝えるべきことを伝え終えたと判断したスターシャナは、その場でノイシュリーベに一礼してから再び着席する。
『ベルガンクス』がヴィートボルグを攻めようとしているだけでも一大事であることに加えてセオドラ子爵家の財力と、皇国海洋軍の一部が背後に着いているとなれば、その勢力は最早 反乱軍と言って差支えないだろう。
無策で懐まで圧し寄られていたら、如何に堅牢な城塞都市と『翠聖騎士団』といえど容易く防げるものではない。
「ペルガメント卿、貴卿の第二部隊を中核として防衛戦力を編成します。
グラニアム地方とエルディア地方の境目の要所に陣を築いて時間を稼ぎなさい」
「はっ! 我が部隊に白羽の矢を立てるとはお目が高い!」
「第二部隊が最も機動力に優れているし、目立った怪我人も出ていない。
だけど『ベルガンクス』の主力と正面から交戦することは避けなさい。
適度に相手の戦力を測りながらを削りつつ、後退することを心掛けるように」
「……うちの連中が雑魚って言いたいんすか? それは少々、お言葉が過ぎる」
「そうじゃないわよ。
背後に控えているセオドラ卿の私兵や、皇国海洋軍がどれくらいの戦力なのか
判明していないうちから主力である貴卿の部隊を消耗させたくないだけ」
「ほぅ、それは確かに……」
「ザンディナムの『負界』除去や、"五本角"の再襲来にも備えないといけない。
今ここで、こちらの戦力を必要以上に消耗するわけにはいかないの。
そのために貴卿の実力を見込んで時間稼ぎをお願いしたい」
どれか一つだけでも大変だというのに、次から次へと問題が舞い込んで来る。
大領主の座を継いだばかりのノイシュリーベとしては荷が勝ち過ぎる事態であったが、だからといって臣下達の前で弱音を吐くわけにはいかない。
「はっ! 分かりましたよ。他に任せられる奴が居ないと仰るのなら
我が俊足の第二部隊がお役目を果たしてみせましょう」
「ええ、期待しているわ。
『ベルガンクス』の精鋭にも貴卿なら遅れを取らないと信じている」
続けて第二部隊の他に防衛に回す者の候補を纏めた資料を各自に配布し、他にはグラィエル地方の各貴族家宛てに援軍を要請していることを説明した。
ペルガメント卿達が時間を稼ぎつつヴィートボルグ付近まで敵軍を誘き寄せて、その背後を援軍でやって来た者達が突いていくという算段。
上手く喰い止めることが出来たならば、今度こそセオドラ子爵を失脚させる大義名分を得られることであろう。
「部隊の損耗が回復しきっていない第一部隊と第四部隊、そして支援部隊は
ヴィートボルグに留まって傷を癒しつつ"五本角"に備えなさい。
そして第三部隊は私と共にウープ図書学院に向かって貰うわ」
「……学徒を含む魔法使い達を連れて来るため、ですか」
「ええ、ボグルンド卿。『負界』の除去に必要となる環境魔法の遣い手達よ。
貴卿の部隊と私とでヴィートボルグまで案内していくわ。
そして市街地で数日ほど休息を採らせてからザンディナムへ向かわせる」
「成程、しかしザンディナムの宿場町に私が赴くのは……」
第三部隊長のボグルンド卿は、生粋の樹人の女性である。
樹皮のような肌と窪んだ瞳が特徴的であり、純人種とは大きく掛け離れている。
『人の民』の勢力圏であり、純人種の有力貴族家が管轄しているザンディナムに足を運ぶには聊か以上に忌避される存在であり、適任とは言えないのだ。
「……分かっているわ。
だからヴィートボルグからザンディナムまでの案内はベルダ卿に任せます。
つまり途中から第一部隊に引き継いで貰う形になるわね」
「そういうことなら、謹んで承ります」
「同じく、承りました。
引継ぎの段取りはこの会議の後にでも済ませておきましょうぞ」
ボグルンド卿が納得し、ベルダ卿も彼女に続いた。
彼の生家であるベルダ伯爵家はザンディナムを管轄している貴族家の筆頭であり、あらゆる面で彼が魔法使い達に連れ添うことは理に適っていた。
先月、エペ街道で『ベルガンクス』の幹部達と交戦した際に負傷者が出ていなければ、最初から最後まで第一部隊に案内を任せていた筈である。
「ベルダ卿と第一部隊はザンディナムに到着次第、『負界』除去の総指揮を。
"あいつ"の助言を取り入れても良いけれど、あくまで貴卿の主導よ」
「心得てございます」
「ブレンケ卿、ウープへ赴く際に私の指揮下として多面騎士を十騎連れて行く。
貴卿の判断で相応しいと思う者達を選抜しておいて頂戴。
ヴィートボルグの防衛を最優先に考慮した上での余剰戦力分だけで良いわ」
「はっ! 本日中にはご報告にあがります」
「ハンマルグレン卿、バリエンダール女史、ルディラ兵士長、留守をよろしく。
ブレンケ卿旗下の多面騎士達との連携は普段以上に綿密に行いなさい」
「我が誇りに懸けて、魔鳥如きは幾らでも撃ち落としてやりましょう」
「うちの子達は暫く絶対安静だけど、なんとかやってみますわ」
「ははっ! 大領主様の御期待に必ずやお応えいたします!!」
「マイエル卿、兼ねてより段取りを整えてくれているとは思うけど、
各部隊に必要な物資の手配は確実に済ませて頂戴。
それから私の留守中にウォーラフ商会の商会長殿がやって来たら、
アッペルバーリ筆頭紋章官に応対させなさい」
「例の支店建設の件ですな。そちらも、かしこまりました。
物資に関しては対『ベルガンクス』の防衛戦力の分を新たに計上いたします」
一つずつ、問題へ対処していくための手を打つべく臣下達へ指示を出していく。中にはノイシュリーベとは親子程にも年齢の離れた古参の騎士も参席しているというのに、一切 臆することなく振舞う彼女の姿にラキリエルは改めて瞠目した。
「それから……ラキリエル」
「は、はい?!」
ここで名前を呼ばれるとは思っていなかったのか少し上ずった声で返事をしてしまったが、そんな些末なことを気にする者はこの場には居なかった。
「非常に心苦しいのだけれど……ウープから魔法使い達を連れて来るまでの間、
治癒術師として私達に同行して貴方の力を貸してほしい」
周囲の目が、改めてラキリエルに集まる。
中には何故この会議に彼女が呼ばれたのか疑問に感じていた者は少なくなかったようで、ノイシュリーベの提言に得心がいったかのような面持ちであった。
「本来ならバリエンダール女史が管轄する支援部隊から出向させるのだけれど
今は負傷者も多い上に、健常な者達は対『ベルガンクス』や都市防衛のために
人員を割かなければならないから、こちらに配置する余裕がないのよ……」
ノイシュリーベやボグルンド卿も基礎的な治癒魔法は修めているが、本職に比べれば流石に見劣りする上に、彼女達は部隊の指揮を採らなければならない。
ウープの魔法使い達の中にも修得者はいるかもしれないが、それを充てにするのは軍事行動として余りにも無計画が過ぎるというものである。
「分かりました! 以前もお伝えしましたが、
わたくしの力が皆様のお役に立てるのなら、喜んでご協力いたします」
己がこの場に呼ばれた意味を理解して、ラキリエルは胸に掌を添えながら堂々と快諾の意志を示す言葉を紡いだ。
「既にわたくしは、ヴィートボルグで暮らす者の一員です。
その責務を果たすことに繋がるのなら、どうか遠慮なくお命じ下さいませ」
「そう、有難う。貴方が参画してくれるのなら百人力よ」
「ふふっ、ラキリエルさんなら普通の治癒術師五人分……いえ八人分くらいね。
うちからも何とか一人だけ出向させられるから、二人で協力して下さい」
「はい!」
バリエンダール女史の補足を加えて、こうしてラキリエルはノイシュリーベ達に同行する形でウープ図書学院行きが決定したのであった。
「主だった議題はこれで全てね。皆の快諾に感謝する。
他には幻創記章授与式の件があるけれど、これは後回しでも良いでしょう。
アッペルバーリ筆頭紋章官に任せておけば済む話でもあるし」
「おお……幻創記章!
ということは"春風"殿が近くに来られておられるのですかな?」
「ええ、カルテミラ領の村で狐人の冒険者を警邏隊が目撃したと報告があったわ。
そのままヴィートボルグに向かうと言っていたそうよ」
「ほほう、それは僥倖ですな。授与式の後にでも上手く交渉できれば
対『ベルガンクス』の戦いで役立つやもしれませぬ」
"春風"の二つ名を持つ冒険者、アルビトラもまた最上位の冒険者の一人である。
『ベルガンクス』という脅威に対抗する上で、これ以上ない援軍に成り得る可能性を秘めていた。
「……考慮はしておくけど、最初から充てにするのは危険よ。
冒険者は自由身分、依頼を断られる可能性だってある」
為政者にとって冒険者とは外様であり、動きの読めぬ危険な戦力でもあるのだ。
ラナリキリュート大陸の"主"が冒険者の自由主義を推奨しているために、各国の為政者達は彼等を縛り付けておくことが出来ない。
特に最上位の評価を得ている冒険者ギルドともなれば、小国の軍隊に匹敵する戦力を保有している場合もあり、為政者達は取り扱いに細心の注意を求められる。
一般庶民にとって冒険者とは御伽噺のような世界で生きる存在であり、閉塞的な環境から抜け出していくことが出来る数少ない選択肢の一つ。
しかし為政者からすれば、時には便利な駒であり、時には最悪の害獣にも成り果てる危険な存在なのだ。
ともあれ午前中から始まった会議は、昼前には無事に纏まり解散と相成った。
ラキリエルを含む各人は、それぞれに与えられた責務を果たすべく次なる行動へと移っていくのであった。
・第27話の1節目をお読み下さり、ありがとうございました!
・いよいよ各所で本格的に動き始める……といったところでございます。
各部隊長達の活躍なども、こうご期待いただければ幸いです。
・次回更新は10/5を予定しております!