026話『極夜を担いし翼と徒花』(4)
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サダューイン達を尾行していた軍人は、見えている限りでは三人。
前衛役二人に支援役と思しき魔術師が一人という編成であり、いずれも軽装だが身に纏う装束や防具の質は明らかに上質な代物であった。
中でも全員が装着している革手袋は相当な業物であり、何等かの術式が刻印されている魔具である可能性が高い。
「(皇国海洋軍が少人数で潜伏する際は、四人一組による活動が定石の筈)
(交代で休息しているのか、それとも離れた場所に潜んでいるのか……)」
サダューイン達がこの町に入った時から尾行していたのだとすれば、追跡対象一人につき軍人一人と割り振れば数の上では辻褄が合う。
然れど、グレミィル半島の暗部として活動するサダューインの経験則は「違う」と告げていた。
支援役の魔術師が行使していたのであろう『姿隠し』を無効化して姿を暴いたものの、四人目が物陰に潜んでいないとも限らない。
「一先ずは、見える輩を処理するとしよう」
両掌に短剣を構えたサダューインは長身の体躯を地に沈ませるようにして、敵の魔術師へと一挙に距離を詰めた。
「させるか!」
「あの珍妙な魔術を唱えた女から仕留めるべきだ!」
すかさず前衛役の軍人の一人が割って入り、手にした片手斧を叩き付けようと振り降ろす。対してサダューインは短剣による刺突を繰り出して斧の刀身を打ち、鮮やかに相手の太刀筋を逸らしてみせた。
そしてもう一人の前衛役は封魔結界を展開するラスフィシアに狙いを定めて駆け出そうとしたところで、宝剣を抜き放ったエシャルトロッテに阻まれる。
「私の妹には指一本 触れさせないわ」
重心を適度に沈めながら、半身で構えて宝剣の穂先を相手の喉首へと傾ける。
膂力ではなく技巧と瞬発力で立ち回る性質の剣技を修めていることを伺わせた。
「閉じよ空景、満ちよ冥霧、我が掌に緋堰の鍵を焼べ、焔紋の灼印を穿つべし。
炉にて拡がる惨禍の光路を以て、我等の航路に導き在れ!
『――爆燈禍』!!」
魔術師が素早く詠唱句を唱えて鍵語を言い放つ。凄まじく早く、手馴れていた。これだけの速度で術式を構築できる遣い手はそう滅多には存在しない。
彼等もまた血の滲むような鍛錬と実戦経験を経た精鋭なのであった。
しかし そんな熟練の魔術の手際は、今この場に於いては全くの無意味と化す。
「くそっ! 何故だ、何故 魔力が動かない……!」
「山道で交戦したラナリア兵といい、やたらと『爆燈禍』を好むものだな。
……つまるところ、外様の水兵上がりか」
呆れた面貌で溜息を吐きながらサダューインが嘯く。
『爆燈禍』とは、大陸南部で普及している中位の爆裂魔術であり、船上や密閉空間での戦いや、攻城戦などで非常に有効とされている。
しかし崖崩れを引き起こしかねないザントル山道や、建物の倒壊を招く恐れのある町中で、こんな攻撃魔術を放たれては、為政者側としては堪ったものではない。
ヒュン…… ドガァァ ン!
左掌で握っていた短剣を素早く投擲し、魔術師の頭部へと着弾させる。
すると短剣が突き刺さったとは思えないような衝撃音を響かせながら顔面の肉の実に半分ほどが弾け飛び、そのまま刀身が深々と食い込んでいた。当然、即死だ。
ただの投擲なれどサダューインの常軌を逸した膂力で投じたならば、最早それは弩にて放たれた矢弾か、或いはそれ以上の破砕力となるのである。
「ボジェーノ! ……くそっ、こんな化け物だとは聞いていないぞ!」
同僚のあっけない死に驚愕しつつも厳しい訓練を重ねた肉体は稼働し続ける。
長身のサダューインの懐に潜り込むべく身を沈めながら距離を詰め、最下段より掬い上げるようにして片手斧を振り上げた。狙いは喉元から顎に掛けての一文字。
対するサダューインは僅かに上半身のみを逸らして斬撃を避けると、膂力と体重を効率的に合算させた前蹴りを放って軍人の頭部に痛打を浴びせた。
…… バゴォン !!
「ぐぉ、げぇぇ……」
蹴り足が触れた瞬間、頭蓋骨が爆ぜて砕け、更に首の骨が直角に圧し折れる。
片手斧を握り締めたまま糸の切れた人形の如く、その場に頽れてしまった。
「手練れではあるが、ザントル山道で魔具像を運用していた連中よりは劣る。
まあ『姿隠し』を全員に施していたことから隠形特化といったところか」
「ひゅぅぅぅ……ひゅぅぅぅ……」
頭蓋骨が半壊し、首の骨を折られて虫の息状態となった軍人の右腕を踏み付けて、彼が握り締めていた片手斧を奪い獲った。
直ぐ傍では、もう一人の前衛役とエシャルトロッテが五分の剣戟を演じている。
「ちぃ……ッ!」
浅い踏み込みながら、宝剣による鋭い刺突を一挙に三回連続で繰り出す。
一撃での決着よりも相手の体勢を崩すことに重きを置いた立ち回りであった。
「そんな小雨のような技で!」
片手斧の刃を盾代わりに活用してエシャルトロッテの刺突の悉くを跳ね除け、逆に刀身同士を打ち重ねた際の衝撃力で彼女の体勢を崩そうと画策し始めていた。
身体のバネを活用した瞬発力と得物の質ではエシャルトロッテが上回り、体格と膂力では軍人が上回る。そして純粋な戦闘技巧は、ほぼ互角といったところか。
魔術が使えない状況下ではエシャルトロッテ側の決定打は乏しく、このまま剣戟を重ねていけば体格と膂力で圧されていくことになるだろう。……だが。
「精鋭相手によく粘ってくれた、流石は俺の騎士だ」
戦闘中にも関わらず、落ち着いた声色の主君よりお褒めの言葉が耳朶に響く。
その主君は、敵から奪った片手斧で足元の死に損ないの首を撥ねると同時に、エシャルトロッテが交戦していた軍人目掛けて得物を投擲したのである。
……ギュン ズバァン!
横投げの投法で放たれた片手斧が乱回転しながら敵対者の首を撥ね飛ばし、そのままブーメランの要領にてサダューインの手元へと戻っていった。
一拍遅れて首より先を失った骸より血飛沫が挙がるが、対峙していたエシャルトロッテには届かない。鮮血の範囲まで計算に入れた上での手管であった。
「主君に助けてもらっておいて称賛の言葉なんて受け取れないわよ。
……常理よ、戦士達の魂を導き給え」
無惨な姿と成り果てた敵対者の姿を見咎めた彼女は一瞬だけ目を逸らしつつも、至極 短い黙祷を捧げてから宝剣を鞘に納めた。
一方で主君であるサダューインは死者への祈りを行う素振りを一切見せない。
「君の真骨頂はベルガズゥを駆っての空戦と、魔術と剣技による複合戦法だ。
両方とも披露できない状況で、むしろ懸命に立ち回ってくれた。
……ラスフィシア、封魔結界を解いて即座に索敵してくれ」
「了解」
予め予期していたのか、サダューインより指示を出された直後には『回暦する惑星の息吹』を解除して、入れ違いで汎用の索敵魔術を実施する。
「古贄の星開よ、熾火に寄りて 依り示せ……『常闇を照らす月光帳》』」
ラスフィシアを中心として、円形の光波が周囲一帯に拡散していった。
「……発見した。交戦した軍人達と同種の波長を持つ者が一人。
距離六メッテ、高さ二十メッテ、南西の四階建ての建物と推測」
「よくやった。やはり もう一人居たようだな」
ダン ッ !
ラスフィシアが告げた方角を一瞥すると、その場より短い助走を付けた後に地面を蹴って跳躍した。
軽く十五メッテほどの高さまで跳び上がると、外套の裡に格納していた"樹腕"を一本解放して建物の壁を掴み、膂力を駆使して登攀して強引に屋上へと移動する。
「こんな場所に潜んでいたとは」
「な、何だと……!?」
彼女の申告通り、俯せの体勢で地上を見張る軍人が建物の屋上に居座っていた。
先刻まで封魔結界の影響下に在ったためか『姿隠し』は解かれており、その姿は丸見えだ。
手練れといえど瞬時に隠形を整え直すことは出来なかったらしい。
突如、跳躍と登攀を組み合わせて迫って来たサダューインに驚愕して咄嗟に対処出来なかったのも致し方ないことである。
「ボルトディクス公爵の手の者か? この町で何をしていた?」
軍人が起き上がるより先に左掌でその頭部を鷲掴みにして動きを封じ込め、右掌で握る片手斧を振り上げる。一瞬の早業であった。
「……土着の下民に話す道理など、無い!」
動揺しながらもサダューインを睨み据え、渾身の力で上下の歯を食い縛った。
「がっ! ごふっ……ぅぅ」
すると僅か数秒後には苦悶の表情を浮かべながら吐血し、絶命していた……。
「奥歯にでも仕込んでいた毒を呑んで自決したか。敵ながら大した忠義だ。
それとも飼い主の教育が余程 行き届いているのか……」
吐き捨てるように言い放ち、亡骸を抱えて屋上より飛び降りた。
「二人とも、よく動いてくれた。大いに助けられたよ」
潜んでいた軍人達の排除を終えて人通りの少なそうな路地へ四人の骸を運び込み、二人の部下達へ労いの言葉を掛けた。
「ほとんど貴方一人で倒したようなものじゃない。
だけど本当に良かったの? 本国との関係に響いたりしない?」
「ふっ、この時期に『姿隠し』を用いて潜んでいるほうが悪い。
これで向こうが追及でもしようものなら、自らやましいことをしていたと
自白するようなものだからな。まあ、余程のことがない限りは大丈夫だ」
「そう、なら良いのだけれど」
「練度や装備の質からして、かなりの実力者だった。
サダューインに言われるまで私は潜伏に気付けなかった」
『幻始迷宮』に挑むような冒険者や、隠者衆が暮らす町で今日まで潜伏し続けていた程の者達である。その事実だけでも実力の高さが伺えることだろう。
「……サダューイン、貴方はどう考えているの?」
「恐らくはボルトディクス公爵の放った工作員である可能性が高いと睨んでいる。
追い詰められた瞬間に迷わず自決したことから極秘裏の作戦中だったのだろう」
仮にヴィートボルグ内にボルトディクス陣営と内通する者達が居た場合、サダューインが隠者衆を送迎するためにカルス・ファルススの町を来訪するという情報が事前に洩れていた可能性は充分に考えられる。
であれば現地で潜伏している者にサダューインを尾行させ、隠者衆との交渉結果について調べさせようと画策することだろう。
しかし、それはあくまで副次的な任務に過ぎず、彼等は本来 別の重要な任務のためにこの町に潜伏していた筈なのだ。
「……或いは『灰礬呪』を拡散していた下手人であった可能性もある」
「え、それって!?」
「私も、同じ推測を立てていた。
彼等が嵌めている革手袋……これは強力な耐呪詛が刻印された魔具。
呪物を扱う者達がよく使う代物」
「その通りだ、思わぬところで尾を掴むことが出来たのかもしれない。
尤も、尾を踏まされたのかもしれないが……」
この推測が正しいとすれば、少々 上手く回り過ぎている気がしないでもない。
とはいえ怪しい行動をしていた潜伏者を排除することが出来たのは事実であり、彼等の装備や骸を解析すれば、何かしらの情報は得られる筈である。
「日が暮れる前に彼等の遺体を運んでしまおう。
ジグモッド師ならば協力してくれる筈だ」
カルス・ファルススの町は、昼間よりも夜中の方が圧倒的に町中に溢れるヒトの数が増すことで知られている。
これは昼の間は多くの者が『幻始迷宮』に挑み、夜になると休息を採るために地上に戻って来るからであった。
「エシャルトロッテ、一足先に師の家に赴いて事情を説明して来てほしい」
「あのジジイの顔を見るのはあまり気が乗らないけど……分かったわよ」
不満を零しつつも事の重要性を理解しているために即座に動き出してくれた。
「……ラスフィシア、残りの魔力は?」
「ん、まだ六割はある」
「よし、手間を掛けるが彼等の傷口を氷結させて血を停めておいてくれ。
そして俺が全員担ぐから、俺の身体ごと『姿隠し』を施術してほしい」
「貴方が纏っている『極夜の装束』の刻印を稼働すれば済むのでは?」
「ははっ、俺の魔力量では一瞬だけ姿を暈すのが精々さ……」
自嘲気味に嘯きながら外套の裡より四本の"樹腕"を解放して骸を掴み上げる。
それぞれ獅子人、半樹人、鎧人、鬼人より移植した腕部であり、全てドニルセン姉妹の先輩に当たる者達の成れ果ての姿であった。
「……そうだった、ごめんなさい。直ぐに実行する」
「気にしなくて良いさ。自分の不才さは理解し尽くしている。
その分、君達を遠慮なく頼らせてもらうのだからね」
優しく微笑みながら軍人達の亡骸を担ぐと、注文通りに魔術を行使するラスフィシアの手管を見守った。
そうして町で暮らす者達に気取られることなく、ジグモッドが住まう仮り家へと氷漬けにされた骸を運び込んで行く。
・第27話の4節目をお読みくださり、ありがとうございました!
・『ベルガンクス』の幹部達のような明確な強敵が相手でもない限り、フィジカル面で優れたサダューインと、支援魔術に特化しているラスフィシアが揃っていると、このような塩梅になります。
・今回交戦した軍人達も中々の手練れであり、登場人物一覧に添えさせていただいております「武力」の値でいえば23~27くらいはあるのですが……!
・次回更新予定は10/1を予定しています!




