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025話『何も知らなければ ただ憎むだけで良かったのに』(1)


「……と、いうのが おいら達の昔話」



 ~~~♪






「ご清聴、ありがとうございました」



「…………」



 昼下がりより紡ぎ始めたエバンスの弾き語りは、実に夕刻に至るまで続いた。

 木盃に注がれた果実水(ジュース)はすっかり温くなってしまっており、黄昏時の黄金の陽光がヴィートボルグの市街地の風景を様変わりさせ始めている。



 その日の労働を終えて帰路に着く人々の顔は疲労に満ちていながらも、どこかやりきったような清々しい雰囲気を醸し出している。


 雑貨屋や楽器店、食材屋に軽食を提供する店や屋台など市街地に軒を連ねる店舗は看板や暖簾を片付け始めており、反対に酒場などは本格的に客で賑わい始めている頃合いだ。


 英雄ベルナルドと"魔導師"ダュアンジーヌが治め、彼等が没した後はノイシュリーベとサダューインが守り続けている都市は、今日も無事に一日を乗り越えようとしている。



 人々が行き交う足音に紛れるように、徐々に曲調(テンポ)を落とした弦楽器(フィドル)の音色が霧散していく。弾き語りの最中に行使していた認識阻害の魔奏(スピリトーゾ)が効力を失い、エバンスの声がラキリエル以外の者にも聞こえるようになっていった。



「いや~、やっぱりこれだけの長時間を語り続けると喉が渇くねぇ。

 まあエルカーダ一座での出演に比べたら遥かに気楽に演れたけどさ」


 温くなった果実水(ジュース)を一気に飲み干して一息着いた。



「……最初の出会いから、丁寧に教えてくださってありがとうございました」


 暫く言葉を失っていたラキリエルであったが、眼前の狸人(ラクート)が語る一つの物語の世界より徐々に現実に引き戻されながら、辛うじてお礼の言葉を述べた。


 エバンスが故郷の村を追い出されて凄惨な生活を何年も送っていたことに大いに驚き、憤りを感じた。それだけにノイシュリーベとの出会いやエデルギウス家で働けるようになったこと、使用人として認められるようになっていく過程では思わず感涙しそうになってしまった。


 その後、姉弟達と切磋琢磨して己を磨き、エルカーダ一座に入団し、大陸を旅して回った展開には大いに胸が躍らされ、続くノイシュリーベの挫折やサダューインの敗戦には深く心を痛めた。



 語る内容や場面に応じてエバンスは弦楽器(フィドル)の曲調を細かく演じ分けて臨場感を高めており、聴き手のラキリエルの感情の起伏は激しく揺さ振られたのだ。

 それもこれも大道芸や楽奏だけでなく、歌劇にも深い造詣を持つエルカーダ一座でみっちりと仕込まれた一流の旅芸人であるからこその芸当である。



「エバンスさんとノイシュリーベ様、そして……サダューイン様が

 本当に信頼し合っておられることは、とてもよく伝わってきました!」



「へへっ、照れるね……まあ、そんな感じだから。

 おいらとしては何としてもあの姉弟の助けになって恩を返し尽くしたいのさ」



「…………」


 照れくさそうに はにかみながら己の想いを告げるエバンスに対してラキリエルは弾き語りの最中より懐いていた一つの疑問を発してみたくなった。



「エバンスさんは……その、ノイシュリーベ様にとても大きな恩義に加えて

 好意を持っていらっしゃるのですよね?」



「ん? そうだねぇ。何だかんだで昔から振り回され続けてはきたけど

 ノイシュと出会わなかったら今のおいらは居なかったわけだし

 少なくとも、この常世で一番大切な女性であることは確かだよ」



「で、では……それほどまでに大切な女性と結ばれたいとは思われないのですか?

 地上で暮らす人々は好き合っている者同士で家族になっていくものだと

 海底都市で暮らしていた時に近衛兵の皆さんから聞かされていましたので……」



「ああ、そういうこと」


 彼女が言わんとしていることを察したエバンスは、あっけらかんとした態度のまま特に気負うような素振りもなく言葉を選んで返していく。



「御話の中でも少し語っていたと思うけどさ、おいらとノイシュとじゃ

 身分が違い過ぎるからね。それにおいらはノイシュのことは確かに好きだけど

 それ以上に、彼女が目指す理想に眩しさを感じたのさ……」


 即ち、古い慣習のうち悪しき部分を払拭して『人の民』と『森の民』が真に手を取り合って平穏に暮らしていける領土を築くこと。

 それには二つの民の意識を変革させ、垣根を越えて交流の機会と制度を増やしていくことが大前提となる。


 更にグレミィル半島で蔓延し始めている呪詛の問題や、ボルトディクス提督への対処。そしてラナリア皇国の北部再侵攻に巻き込まれないようにするための政治的駆け引きや根回しも重要となってくるだろう。



「その理想を遂げるためにもノイシュが結ばれるべき相手は、

 グレミィル侯爵として相応しい者でなくちゃならない……。

 この間まで滞在なされていた皇太子様なんかが今のところ一番の有力候補だね」



「……エバンスさんは、それで本当によろしいのですか?」



「うん、よろしいのですよ」


 即答だった。その返答に躊躇や逡巡の様子は一切見られない。



「おいらはノイシュが相応しき相手と結ばれるように全力で支援していくし、

 産まれてくる子供の手助けも出来れば良いなって考えてるんだ」



「…………」



「大切に想うヒトへの接し方や、成りたい関係ってのは一つだけじゃないんだよ。

 おいらはもうノイシュの理想に爪先から耳の先まで全部預けることにしたんだ」


 一度目を瞑り、遠い昔の記憶を呼び起こす。


 エデルギウス家の館で使用人として暮らしていた頃、幼いノイシュリーベに連れ回されてよく足を運んでいた、あの川の畔の景色。


 冬から春に向けて季節が巡る、掛け替えのない一時(いっとき)


 風に吹かれて宙を舞う無数の草花。グラニアステラの花弁は素朴ながらも美しく、何の変哲もない景色を大切な記憶へと彩ってくれた。



 その景色と共に、ノイシュリーベが何度も語っていた理想はエバンスという人物の心と魂の奥底に深く刻み込まれている。だから己の全てを賭けられるのである。




「(…………そこまで強い想い、なのですね)」


 人生を賭して尽くすのだというのに、気負った様子は全くない。

 それが当然であり必然であるかのように、或いは長い問答と道程を経た末に辿り着いた彼なりの立ち振る舞いなのだろうか。

 ラキリエルは旅芸人エバンスの本性を垣間見た気がして、思わず息を呑んだ。


 同時に、ならばノイシュリーベのほうはどう思っているのだろうか? という新たな疑問を懐く。



「ま、おいら達の場合はそれなりに特殊な部類だろうからね。

 皆が皆、こんな風に割り切れていたりするわけじゃないと思うよ!

 立場や身分に縛られて、ままならない生き方をしているヒトも多いだろうしね」


 海底都市の中の更に限られた区画で過ごしてきたラキリエルにとって、地上で暮らすヒトの在り方は実に複雑に感じていることだろう。

 それを察したのか、エバンスは即座に補足を加えた上で、逆にラキリエルへ質問を返してみることにした。



「それで、君のほうはどうなのかな。

 今でもサダューインのことは……慕うことは出来そうかい?」



「……ッ!!」



「答え辛かったら言わなくても良いし、無理に訊こうとは思わないよ。

 お城の中でも言ったけど、落ち着いてじっくり考えるのも一つの手だしね」



「…………」



「ただ少しでも彼を許してくれる余地がまだ残っているのなら

 おいらとしては、ちょっと嬉しいかな?」




「よく……分からなくなっています……」


 数秒を要した末に、絞り出すようにして辛うじて声を発した。


 エバンスが語ってみせた御話の中には、現在のサダューインを形成する出来事や事由が断片的ながら含まれていた。

 理解と納得が出来る箇所もあった。だからこそ戸惑いも増していった。


 彼ほどの聡明な人物であれば、もっと他に上手くやれる手段など幾らでもあったのではないか? 勿論、それは結果論に過ぎないが、スターシャナや"樹腕"の件に関しては余りにも行動が飛躍し過ぎているように思えた。

 有体に言ってしまえば、サダューインは才気に溢れた素晴らしい人物に間違いはないのだが……何処か危うさが拭い切れない。



 そしてそれはスターシャナにも当て嵌まる。

 儀式(ゲネラル・プローベ)の後もラキリエルには変わらぬ態度で、賓客を遇する礼を尽くして接してくれている。魔鳥からの護衛も担ってくれた。


 サダューインと最も深い関係にあるのであろう彼女は、いったいどのような気持ちでラキリエルのお世話や護衛を務めているのだろうか?

 疑念は増していくばかりである。



 彼等の底がまるで見えない。芯が視えてこない。


 ラキリエルに何を期待して、何を利用しようとしたのかが判らない。



 故に、彼女は感情の傾け方や置き場所を見出せずに彷徨っているのである。


・第25話の1節目をお読みくださり、ありがとうございました!

 第24話がかなり長丁場でしたので今回は少し軽めに、2節くらいでまとめさせていただきます。

・次回更新は9/21を予定しております!

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