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024話『その掌に光を、頭上に草の冠を』(28)


 エバンスがグレミィル半島より旅立ってから三年の月日が流れた。


 エスキルの計画通り、エルカーダ一座はラナリア皇国の属領を順々に巡って皇都リズウェンシアまで辿り着き、そこから更に港湾都市コペリオンまで移動すると、船に乗って西アルダイン領へと渡る。


 西アルダイン領は非常に不毛な土地で見るべき場所は少なく、ラナリア兵が駐屯するために人工的に築かれた街が幾つか存在するのみであった。

 デルク同盟の勢力圏を目指すべくアルダイン大砂漠を越える旅路は過酷を極め、流石のエバンスもすっかり参ってしまった。


 果てしなく続く砂景と風紋。時折、サンドワームやドラゴンゾンビといった大型の魔物に襲われる日々。

 昼は灼熱、夜は極寒。生きとし生ける者の存在を否定する砂漠での野営は、緑豊かなグレミィル半島で生まれ育った者達にとっては相当に堪えることだろう。

 これまで己が生きてきた世界がが如何に恵まれた環境であるのかを骨の髄まで理解させられるのであった。



「よーっく目に焼き付けておけよ? そして感じ取れ、こんな世界もあるってな。

 (わび)しいからこそヒトの感性は研ぎ澄まされるもんだ。

 砂漠で暮らす部族の唄に聞き惚れろ、生命を解放する祈りの舞を垣間見ろ。

 狭い土地で閉じ籠っているだけじゃ知り得ないものが見えてくる筈だぜ!」


 砂漠で暮らす古の民の末裔達の前で芸を披露し、代わりに彼等が現代まで伝えてきた文化や技術、生き抜く(すべ)を学ばせてもらった。



 これがエスキルの方針。安全にデルク同盟の勢力圏に向かう路は他にも存在するが、敢えて砂漠越えを選択したのである。

 厳しい旅路の中で磨かれた感性は、必ず楽奏や大道芸、歌劇に活かせる部分が存在する。また過酷な環境下で道具を保持する(すべ)を学ばせる意図もあった。


 そうして大陸東部に沿って北進を続けてキーリメルベス連邦へと渡り、一年以上を費やして大陸北部の各国を巡っていく。

 再び大陸中央部に戻って来れたのは、上述の通り三年を要することになった。







 大陸北部を一巡してからキーリメルベス大山脈を南下していくと、小キーリメルベスと称される小規模な山岳地帯が密集する土地へと移っていく。更に南下すれば北イングレスの地へと降り立つのだ。

 南北に別けられた旧イングレス王国は、終戦から約十七年の間に明確な落差が生じていた。


 即ち、ラナリア皇国に併呑された南側は徐々に復興を遂げており、逆に王家を要する北側は衰退の一途を辿っていた。近年では北イングレスの東端に領地を持つ幾つかの貴族家が王家を見限って、東イングレスとして独立した程である。


 そんな北イングレスであるが、『チューリッツ街道』と呼ばれる大規模な公道と、それに隣接する街々や旅籠屋は未だに盛況であり、衰退する王都近辺とは対照的に活気に満ち溢れていた。


 修行中の騎士や、その従者。冒険者や傭兵、行商人、エバンス達と同じ旅芸人などなど。様々な者達が一夜の宿を求めて立ち寄るため、渡り鳥同士ならではの刹那的な宴席の場で、一座は大いに芸を披露して場を盛り上げてみせた。



 数々の出会いと発見を経て、一座は遂にラナリア皇国の勢力圏内である南イングレス領へと戻って来たのである。




 [ 南イングレス領 ~ 角都グリーヴァスロ ]


 "騎士の国"と称された旧イングレス王国は広い平原が連なる肥沃な大地であり、領土の端々には山地や森林地帯が天然の要害の如く存在していた。

 南イングレス領の中枢である角都グリーヴァスロもまた例に洩れず、四方を平原で囲まれており騎兵や前哨砦の重要性が尊ばれる地勢であった。


 一座が戻って来た時の季節は春の半ばであり、朗らかな陽気が誠に心地良い。

 平原に吹く風は優しく、雲の流れも穏やかで、世界は光に包まれていた――



 そしてグリーヴァスロの街並みは、古風ながらも大陸南部の様式を取り入れた新しめの建築物が僅かに建ち始めており、北イングレスの王都ヘルグレスに比べると幾らかは意欲的な試みと変容が見受けられた。


 エスキルは大領主であるイングバルト公爵とも面識があるようで、ヴィートボルグの時と同じく郊外の用地に滞在用の天幕を張ることを許可された。

 斯くしてエバンス達は半月から一ヶ月弱の間、このグリーヴァスロに留まることとなり、都市に住む住民達は名門エルカーダ一座を諸手を挙げて歓迎してくれた。



 この頃になるとエバンスはすっかりエルカーダ一座の一員として馴染んでおり、旅芸人としても、一人の男としても大きく成長を遂げていた。

 年齢も十五歳を目前に控え、成人として認められる間際まで来ていたのだ。


 過酷な旅路の中で培われた感性や、血の滲むような修練を経てエバンスの旅芸人としての技量は先輩達に匹敵し始めており、或いは既に何人かは追い抜いていた。

 一座での扱いも準主演にまで上り詰めており、主演の者が体調不良や定期休養に入っている間は代理で主演を張ることすらあったのだ。



 ある日、広場で午前中の公演を終えたエバンスは数日の休暇を与えられた。

 他の先輩達が定期的に羽休めをしている中で、彼だけは無理を押して連日の如く壇上に立ち続けていたために、見兼ねたエスキルが強引に休ませたのである。



「……熱心なのは良いことなんだがなぁ。休まなさ過ぎるのも大問題だぜ。

 来月にはグレミィル半島に帰るからな、ここいらで少し休んでおけよ」



「えぇ……午後から投擲芸と共同演奏があるんですよ!?」



「馬鹿野郎! んなもん俺が代わりにやっといてやらぁ!

 手前は今やうちの主力も同然なんだぜ? いい加減に休むことも覚えやがれ」


 仕事熱心で常に休むことなく働き続ける者に限って、ふとした切欠で張り詰めていた糸が断ち切られ、一気にやる気を消失する症状が存在する。

 故郷であるグレミィル半島に帰った時に、エバンスがそういった状態に陥るのではないかとエスキルは危惧したのである。



「いいか? 二~三日は帰って来るんじゃねぇぞ!

 宿泊代は出してやるから、町中で羽根でも伸ばしてやがれ」


 そう言い放ちながらグレナ銀貨が詰められた革袋を突き出してくる。

 エバンスは渋々ながらエスキルから贈られた言葉と小遣いを受け取り、一座の天幕を後にするのであった。




「う~ん、急に休めって言われてもなぁ……」


 この三年間、ほぼ毎日 一端(いっぱし)の旅芸人として大成することだけを考え続けて邁進し続けてきたのだ。

 例え移動で丸一日を費やすような日であっても、必ず時間を見付けて芸や楽奏の練習を行っていた。今更、羽休めをしろと言われても心底困ってしまった。


 手持無沙汰ながら、とりあえず町中を散策していると向かって前方の方角より豪奢な甲冑を纏った騎兵達が三列縦隊の編成で大通りを行進している姿を見咎めた。

 都市で暮らす住人達は皆、道を開けて手を振りながら騎兵達を見送っている。




「あれは……イングバルト公爵直属の『剛角騎士団(ディアモルン)』かな?」


 "騎士の国"と呼ばれているだけのことはあり、騎兵達は領民達にとって最上位の存在であり、慕われるべき自国の象徴。

 したがって為政者側は、定期的に煌びやかな騎兵達に都市内を巡回させることで領民達の心の安寧と、為政者に対する信頼を維持しているのであった。



「(そういえば、ノイシュは『剛角騎士団(ディアモルン)』の下で修行してるんだったっけ)」


 三年前、グレミィル半島を発つ直前にて川の畔で行った宴席の場で恩人(ノイシュリーベ)から教えてもらったことを思い返す。


 彼女の修行先こそ角都グリーヴァスロであり、南イングレス領で生き残った歴戦の騎士達より厳しい修行を受けるのだと自慢げに語っていたのである。

 そのことをエバンスは片時も忘れたことはなかったのだが、次に再開を果たすのは、それぞれの道で互いに一人前になった後だと漠然と考えていたのだ。


 しかし降って湧いた数日の休暇を持て余している時に、眼前より通り過ぎる騎兵達を見て、急激に彼女に会ってみたいと思ってしまった。

 その背景には三年間の間に旅芸人として着実に積み上げてきた自信があった。


 己がこれだけ成果を挙げてきているのだから、きっと彼女はもっと先に進んでいることだろう。その輝かしき姿を一目見てみたいと、欲してしまったのである。




 目的を得たエバンスは直ぐに駆け出した。


 先ずは先程 通り過ぎて行った騎兵達を追い掛けて、隊列にノイシュリーベが加わっていないかどうかを確かめようとした。結果は、不在。


 次に、都市内の詰所の近くや、郊外の演習場の近くをそれとなく通り掛かってみたが一向に彼女らしき者の姿は見当たらなかった。

 騎士団にもよるが、早い者なら三年で従騎士として取り立てられることもある。そうでなかったとしても、従者相当として騎馬の世話や雑務を熟すべく詰所で働いていたり、演習場で武芸の鍛錬に参加している筈なのだが……。



 結局、この日エバンスは陽が落ちて宵に至るまで練り歩いてみても彼女を見付けることは適わなかった。

 次の日も、その次の日も同じだった。


 万策尽きたとところでエスキルから言われた休暇の最終日である三日目に差し掛かり、他にやることもなく郊外の川辺を適当に歩いていると、急に耳元で"声"が(はしゃぎ)ぎ始めたのである。




 ヒサシブリ! ヒサシブリニ アノコガチカクニイルヨ!!



「……なんだって!?」


 "声"の主……エバンスに付いている精霊はノイシュリーベとも懇意にしていた。

 そもそもにして彼女がエバンスを見出した切欠がこの精霊なのだから当然の話であり、故にエバンスは"声"が言わんとしていることを瞬時に察して駆け出した。




「(この近くにノイシュが居る? でも変だな……)

 (ここは騎士団の詰所とも、演習場ともかなり離れた場所だよ)」


 現在、エバンスが走っている川辺は郊外の東側。演習場が存在するのは都市を挟んで正反対の西側なのだ。こんな場所に居るとしたら明らかにおかしい。


 従者や従騎士にも休養日というものは存在するだろう。しかし、それは大抵の場合は月末に一日あるかどうかであり、現在は月の半ば頃。

 この時期に正規の騎士ではないものが昼間から郊外を彷徨(うろつ)くなど以ての他の話なのである。




 コッチ! コッチ! スグチカク! アノコガ スワッテル!


 "声"は尚もエバンスに語り掛けてくる。精霊の知覚能力はヒトの常識の埒外に在り、これまで何度もエバンスに有益な助言をもたらしてくれた。

 今となっては大切な相棒のように信用しており、だからこそエバンスは不安に駆られて突き動かされたのである。




「どこだ……どこに居るんだ?」


 川辺を見渡すも、それらしき人影は無し。あのノイシュリーベの輝かしき容姿ならば、例え数年間 会っていなかったとしても容易に発見できる筈なのに。


 "声"の反応から方角を推察し、我武者羅に走り回った。

 そして川辺の端から端を(くま)なく探しているうちに、草むらに隠れるようにして(うずくま)る人影を発見したのである。

 ただし頭髪は非常に短く刈り込まれており、一般的な女性の髪形からは大きく掛け離れている。少年であったとして短いくらいだ。



「……いや、たぶん 間違いない!」


 見紛う筈もない。あの真珠の如き銀輝の髪は、エルフの王族特有の色!

 エバンスが知る限りではダュアンジーヌと、その血を継いだあの姉弟くらいのものであり、グラナーシュ大森林から遠く離れたこの地で、あのような髪を持つ者が他に存在するとは思えなかった。


 疾走していた両脚の動きを徐々に緩め、その人影にゆっくりと近付いていく。




「ノイシュ……?」



「……ッ!?」


 (うずくま)っていた人影の肩が、びくっと大きく震えた。



「なんで……どうして、あんたがこんな場所に……」


 困惑に満ちた声を震わせながら、恐る恐る背後を振り向こうとする。

 そこにはエバンスの知らない、変わり果てたノイシュリーベの面貌があった。


 着ている服は質素な修行衣。髪は僅か二トルメッテ程度の短さに刈り上げられており、泣き腫らした目元には涙の跡がくっきりと染み付いている。


 手足や顔には無数の傷や、幾度も手当を施したと思しき痕跡が散見された。

 総じて痩せ細っており、嘗てエデルギウス家の館やヴィートボルグの城館で共に過ごしていた頃の彼女の輝かしき姿は、どこにもなかった――


・第24話の28節目をお読みくださり、ありがとうございました!

・幾らかの国名を出しましたので、改めて大陸図を再掲載してみます。

 もし良ければ本文中のエバンスの旅路と照らし合わせて見て頂けると幸いでございます。

挿絵(By みてみん)


・ようやく……よやくここまで来ました。次なる29節目は、この第24の中で最も書きたかったシーンの一つでもありますので気合を入れていきたいと思います!

・次回更新は9/12を予定をしていますが、もしかしたら申し訳ございませんが少々ずれ込むかもしれません。

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