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024話『その掌に光を、頭上に草の冠を』(25)


 エスキル・エルカーダ。


 名門エルカーダ一座を率いる座長であり、元貴族の男性。

 中肉中背の純人種で、明るめの茶髪には幾らか白髪が混じり始めていた。


 やや気難しく偏屈な性格ではあるが、一度自分がやると決めたことに関しては、何が何でもやり抜く不断の努力を続ける人物である。

 ベルナルドと同じ世代で、年齢は五十歳(ごそじ)手前といったところであった。


 元々は辺鄙な場所に領地を持つだけの、貧乏な男爵家の三男坊として生まれ、家督や財産を継げる見込みがなかったために早くから芸事の世界に興味と活路を見出した経緯を持つ。


 幸いにも彼には才能があった。瞬く間に楽奏や大道芸、芝居、座談などの方面で頭角を現し、幾つかの一座を転々として腕と感性を磨き続けた。

 二十台半ばの頃には仲間を集めて自分の一座を開いたのだが、旧イングレス王国を巡る『大戦期』の戦火が本格的に燃え広がり出した時代であった。


 エスキル・エルカーダは、この時代に自分は何が出来るのかを考えた。

 そして『大戦期』が過ぎ去った後には何をするべきかを考え続けた。


 考えて導き出された答えは、己が持てる限りの(えにし)を賭して一人の英雄の力になること。即ち"偉大なる騎士"ベルナルドの介添え役を買って出たのである。

 英雄を活躍させて、凄惨な時代を終わらせようとしたのだ……。



 斯くして『大戦期』は終結し、エスキルはベルナルドと友誼を結んだ。

 英雄を傍で支えた者としての名声と実体験は、大陸各地を巡業する一座が大きく飛躍する原動力となり、英雄ベルナルドを元にした歌劇は大層な人気を博した。


 エルカーダ一座は、高い水準の芸事と過酷な『大戦期』を生き延びた経験を武器として、今や大陸屈指の名門にまで上り詰めたのである。




 [ 城塞都市ヴィートボルグ周辺 ~ エルカーダ一座の天幕 ]


 興行のためにヴィートボルグに立ち寄ったエルカーダ一座は、丘陵の麓の開けた場所にて自前の天幕を幾つか建てていた。

 本来は他領から派兵された軍隊などが滞在する際に開放される野営地なのだが、ベルナルドからの信頼厚いエスキルは特別にこの用地の利用を許可されている。



「ふぅ~ん、お前ぇがベルナルドのお墨付きの小僧かい。

 どんな可愛げのねぇクソガキが来るかと思ったら、拍子抜けしたぜ」


 座長の居住用として建てられた天幕の中にて、この日 エバンスはエスキル・エルカーダ本人より入団のための面接を受けることとなった。


 ベルナルドの紹介状に目を通しながら、椅子に座るエバンスの様子を足の爪先から頭頂部の狸耳に至るまで、じっくりと品定めしているようであった。




「……だいたいのことは分かった。

 俺はまどろっこしいことは苦手でな、本題から入らせてもらうぜ」



「はい、何でも訊いてください。おいらも自分のことを精一杯伝えますので」


 事前にベルナルドから教わっていた通りの人物だな、とエバンスは感じていた。

 旅芸人としての技量や一座を率いる統率力、先見の明は確かなものであるのだが素の態度や口はかなりガラが悪い。そして大半のことは己の直感で決めてしまう。


 よく言えば職人気質、悪く言えば偏屈な中年。

 それでいて、それなり以上に世渡りが上手いのだから、食えない人物であった。



「お前ぇは何のために旅芸人(ジョングルール)なんぞになりたいってんだ?

 生活するだけならベルナルドの城で奉公してりゃ一生安泰だぜ。

 つうか、なりたきゃ直ぐに始めりゃあ良いじゃねえかよ?

 このヴィートボルグの町中にでも立って、見様見真似でよう」


 火の付いた葉巻を加え、思い切りその風味と煙を吸い込みながら質問を投げる。


 


「ぷはぁ……。ああ、やっぱりナジア領のゼナンシェ産の葉巻は一番効くよなぁ」


 口を狭めて、細く長い吐息とともに葉巻の煙を吐き出した。

 そう広くはない座長用の天幕の中に、独特の臭いを伴った紫煙が充満していく。


 正直に言って至近距離で煙を吐かれるのは不快でしかなかったが、そんなことで腹を立てていては入団どころではないと弁えて、エバンスは面接に専念する。



「昔、お世話になった流れの旅芸人への憧れが一番の理由になります。

 彼のように、どこにでも歩いて行けるような存在になりたい。

 おいらと同じような境遇に居る人達に芸を見せて励ましてあげたいんです」

 


「なら直ぐにやりゃあ良いじゃねえか。

 わざわざ俺んとこに来なくたって自力で伸し上がって好きなとこに行きやがれ。

 それとも何だ? 名の通った一座に入らなきゃ怖くてやっていけないってか?


 だったら巫山戯(ふざけ)るんじゃねえぜ!

 今、俺んとこにいる連中だって、殆どの野郎は最初は独りで演ってたんだ。

 その上で縁が重なって入団した。ド素人様なんざ一人も居ねぇんだよ!」

 

 本気で自由気ままに旅して興行を行う旅芸人になりたいのなら、思い立った瞬間に行動していくべきだ。例え良い評価を得られなくても活動いしているべきだ。

 平和な町中で安全に暮らしながら夢だけを語るなどもっての外。『大戦期』の渦中を潜り抜けて大成したエスキルは、一際そういった考えを強く懐いていた。



「おっしゃることは、ご尤もです。

 これまでベルナルド様の下で奉公する傍らで御子息様達と勉学に励み、

 合間を縫って楽器の演奏などを練習していましたが公演の経験はありません」



「ほぉ? 噂に聞く天才坊や達ともか。随分と気に入られてるじゃねえか。

 だったら尚更、旅芸人なんて割に合わない生き方なんざする必要ねぇだろ。

 気ままに旅をして弱者を励まして回りたいのなら、そのまま普通に働いて、

 給金を貯めて、豪遊がてら大陸一周でもしてろ!」


 額面通りに受け取るならば、ただの罵倒と拒絶。


 しかしエバンスは、エスキルの言葉の裏に含まれている質問の意図に朧気ながら気付き始めていた。

 まどろっこしいことは苦手……と最初に言っておきながら、その裏では腹芸が得意な類の人物であると理解する。



「……いえ、おいらは旅芸人の立場だけが欲しいわけじゃないんです。

 エデルギウス家の人達に何らかの形で恩を返したいと考えているのは事実ですが

 それとは別に一人前の旅芸人として、彼等に頼ることなく生きていきたい」


 即ち、エデルギウス家の密使として働くために有名な旅芸人の一座に入り、その肩書だけを欲しているのではないか? というエスキルの言葉の裏に秘められた疑念を看破した上で必要な弁明の言葉を並べ立てた。


 更に、一拍置いてからエバンスは返答を続ける。



「勿論、ベルナルド様をはじめとするエデルギウス家の方々のために

 働き続けたいと考えてはいます。

 でも、それは一流の旅芸人として成立させた上でのことです」



「そいつは随分と、欲張りが過ぎるな?」



「幸運にも英雄ベルナルドと名門エルカーダ一座に関わることが出来たんです。

 使用人としても、旅芸人としても、行けるところまで行ってみたい」



「……嘘を言っているような目じゃあ、なさそうだな」



「ええ、彼等に救っていただいたこの命を、思いきり燃やして生きていきたい。

 おいらの場合、どうやったらそれが出来るのかと考えた時に、最高峰の技術と

 評判を維持するエルカーダ一座に入ることかなっていう答えに辿り着きました」



「ふん、まあ確かに隠れ蓑で旅芸人の振りをしたいだけなのなら

 わざわざ俺のとこに入りたいなんて考えないよな」


 エルカーダ一座は評判に比例して日々の訓練の質と量が桁違いである。

 名声や拍付け、或いは肩書のためだけに入団を試みた者は今までに何人も居たが、訓練の光景を目にしただけで裸足で逃げ出した者が大半であった。


 加えて一年中通して大陸中を巡業しているために、まともな休息は有り得ない。

公演を行わない日は只管に訓練か移動を続けているのである。



「エバンスとか言ったか? お前、多少は楽器も出来るんだろうな?

 うちは歌劇も演るからな、大道芸や漫談だけ出来ても話にならんのよ」


 少し考えを巡らせた後、改めてエスキルはエバンスを瞳を見据えながら呟いた。



「え、あ……はい! 竪琴と弦楽器(フィドル)、それから六弦琴(ギター)なら

 ベルナルド様のご子息達と一緒によく弾いていました」



「面白ぇ、じゃあ今から試しに弾いてみやがれ。

 それを聞いてから見込みがあるかどうかを判断してやるぜ」



「えぇ……」


 面接だけと聞いていたので少々驚いたものの、急な要望に対応できないようでは一座の一員としてやっていけるわけはない。

 そう弁えたエバンスは、エスキルが手渡してきた弦楽器(フィドル)……一目で年季の入った逸品であることが解る代物を受け取り、弦の張り方や音色の特徴を検めた上で、即興で幾らかの曲を演奏してみせた。


 最初は灰色の髪の旅芸人が奏でていた哀愁を感じさせる旋律の曲から始まり、姉弟達と興じた『森の民』の歌謡曲や風の調べを基にした伝統曲、そして近年『人の民』の間で流行している大陸南部の熱情を訴える曲へと繋げていく。



 兎に角、今 出来る有りっ丈のものを引き出そう。弾いてみせよう。

 それが出来なければ、或いは好機が訪れた時に即座に動けないようでは、大陸各地で巡業できる筈がない。あの姉弟の友人に値する人物になっていける筈がない。




 エバンスが一頻り弾き終えるまで、その挙措を睨み据えるようにしてエスキルは傾聴していった。そして何曲目かを奏で終える節目を見計らって口を開く。



「もういい、そこまでだ」


 余韻の音色を響かせた後に弦から弓を離し、エスキルに向けて一礼する。

 正直に言えば、演奏している最中はこの一癖有る人物と対面することによる緊張感が薄れていたので、それが再び襲い掛かり現実に引き戻されたような感覚だ。



「(音色の癖が ちぃっとばかり綺麗過ぎるな)

 (最初に影響を受けた旅芸人とやらか、それともベルナルドの倅共の影響か)

 (このガキの辿って来た人生を考えれば有り得んほどに優し過ぎる……)」


 数多くの人物と接し『大戦期』を含む塵世を踏破し尽くしたエスキルは、その人物が発する生命力という名の旋律を見咎めるだけで凡その素養を評価し得る眼力を備えていた。


 弦楽器(フィドル)を奏でるエバンスの在り方と、彼が発した旋律を検分する間に幾分かの興味と関心を懐いたようではあった。




「全く見込みがないってわけじゃないが、色々と足りてねぇな。

 稚拙なのはともかく客に向けて演るって気概が感じられない。

 ガキのお遊戯の域を出てねえのよ」



「す、すみません……」



「まあ、それはこれから手前の根性ごと叩き直して行けば済む話だけどな。

 どうあれ言われて直ぐに弾いてみせたところだけは評価してやる」


 弦楽器(フィドル)を返されて、僅かに微笑む。貫禄のある笑みだった。



「……良いだろう。ガキなりに真剣だってことは伝わった。

 一年くらいは様子見がてらに連れて行ってやる」



「……ッ!!」



「ただし、その一年で見込みが感じられなけりゃ異国の何処かで放っぽり出す。

 うちに温い奴は要らねぇ。常にギラついてる熱い奴しか付いて来れないぜ」



「一年……つまり次にこのグレミィル半島に戻って来る間までということですか」


 エルカーダ一座はグレミィル半島を中心に大陸全土を巡業している。

 しかし幾ら尋常ならざる活動量を誇る一座とはいえ、たった一年間で大陸の端から端まで巡ることは不可能であった。

 そこで一年の間に巡るのは半島から南端のラナリア領まで、または半島から北端のキーリメルベス連邦まで……といった具合に年毎に活動範囲を別けていたのだ。


 したがって一年後には必ずグレミィル半島か、その付近までには戻って来ている筈なのである。



「ああ、違ぇよ。ベルナルドの奴にはまだ言ってなかったんだけどな。

 エルカーダ一座はこれまで年に一回、冬場だけはグレミィル半島に戻っていた。

 だが今年からは一度の巡業で大陸全土を一気に巡ることにしたんだ」



「……ということは、一年後は遥か彼方の知らない国ということも?」



「そういうこった。もしかしたら、ラナンコード教皇領って線も有り得るかもな!

 次にこのヴィートボルグに戻って来れるのは何年後か分からないぜ?

 まったく、運が良いのか悪ぃのか分からんガキだぜ」


 つまり今年、エスキルへの面会が適わなければ次に一座への入団を試みる機会が訪れるのは数年先になってしまうところだったのだ。



「望むところ……です。

 おいらはこれまで、使用人としてどんな無茶な要望にも応えてきました。

 必ず一年以上、齧り付いてでも一座に居座り続けてみせますから!」



「迷いは無ぇようだな。精々 手前ぇの有用性を示してみせやがれ」




「ありがとうございます! 

 必ず一座の皆さんと、観客の人達に満足してもらえるような技を磨き上げます」



「ふん、じゃあ冬が明けてグレミィル半島を発つ頃にもう一度、

 俺達の天幕まで来やがれ。そこで今居る連中と顔合わせさせてやるよ」


 そうしてエバンスの眼前には、新たな路が開かれることとなった。


 より過酷にして妥協を許されぬ渡り鳥の果てなき旅路なれど、これが彼にとって大切な人生の一部にして第二の基盤となっていくのである。


・第24話の25節目をお読みくださり、ありがとうございました!

・エルカーダ一座の座長であり、現在のエバンスにも深く影響を与えたエスキルとの邂逅と入団シーンでございました。

 ベルナルドとダュアンジーヌの葬儀の際にも出席していた人物の一人でもあります。


・そして次回更新は9/6を予定しております。

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