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024話『その掌に光を、頭上に草の冠を』(22)


 ウェナンデル子爵領の一件を終えてから瞬く間に月日は流れた。


 双子の姉弟が十歳の誕生日を迎えたことを皮切りとして、エデルギウス家の者達は自領の館から城塞都市ヴィートボルグへと移り住む。

 その年には城館の地下部にダュアンジーヌ用の研究施設……通称『魔導研究所』が完成して稼働を始めたことも転居の理由の一つとなっていた。


 館の管理は家宰長に就任したヘルマンに一任され、一家は一部の使用人を引き連れてヴィートボルグと渡っていたったのである。

 その中には当然ながらエバンスやアンネリーゼといった者達も含まれており、子供達は新天地に素早く適応しながら成すべきことに向けて努力を怠らなかった。




 更に、一年半が経過した――


 学問や魔術、魔法などの研究は順調に進み、武芸の鍛錬も欠かさず行った。

 その成果は着実に子供達の心身の成長に善い影響を及ぼしており、成長期と相俟って見違えるような変貌を遂げつつあったのである。



 だが、この年には大陸北部のキーリメルベス連邦にて未曾有の災害が発生する。

 『ゼビル島事変』と称されし大陸史に残る惨事であり、キーリメルベス連邦そのものが消滅の危機に瀕したという……。


 大陸中央部よりやや南に位置するグレミィル半島では、災害の影響が及ぶことは無かったが、後年になってキーリメルベス大山脈などで暮らしていた一部の亜人種が棲み処を追われた末に、半島に移り住むといった事態へと繋がっていく。



 またラナリア皇国の皇王府や軍部でも大きな動きがあった。災害によって危機に瀕している隙を突いて大陸北部への再侵攻を仕掛けることを主張する一派が威勢を強めていたのである。

 幸いにも良識と誉を重んじる将官や、各属領の大領主達の懸命なる説得により、皇国陸軍が再侵攻を開始するには至らなかった。

 当然ながらベルナルドとダュアンジーヌも開戦には強く反対する立場を示し、そのために皇国内を奔走する羽目になる。



 肝心の『ゼビル島事変』に関しては、後に"北方の勇者"の二つ名を授かる若き冒険者レギ・ゼオと、その仲間達の活躍によって事態は収束へと向かった。

 キーリメルベス連邦の各国に伝播する混乱の数々も、レギ・ゼオ達の奮闘により(ことごと)くが沈静化していった。


 この奇跡的とも呼べる迅速なる対処と解決により皇国内の北部侵攻推進派は完全に勢いを削がれてしまい、再びラナリキリュート大陸は安定期に入ったのである。

 キーリメルベス連邦の危機を救い、ラナリア皇国の侵略の芽を挫いた英雄として"北方の勇者"レギ・ゼオの声望は大陸中に轟いたのであった。






 [ 城塞都市ヴィートボルグ ~ 第三練兵所 ]


 ヴィートボルグの城館に移り住んだノイシュリーベは、日課となる武芸の鍛錬に明け暮れていた。

 日に一度はベルナルドが練兵所を訪れて限られた時間の中で然るべき助言を与えてくれるようになり、彼女達の技量は既に並の常備兵であれば圧倒できるほどの位階に達しつつあったのだ。



「ていっ! ……でやぁぁ!!」


 速踏(クイックステップ)で回避機動を採りながら、ノイシュリーベが素早く距離を詰めて来て訓練用の槍を突き出す。

 鋭く伸びる穂先は、恰も猛禽類の(くちばし)を彷彿とさせる技の冴えを垣間見せた。



「ほいほい、なら……こうだ」


 対峙するエバンスは両手にそれぞれ片手剣を握り締めており、右斜め後方に短く跳躍しながら左掌の剣を袈裟懸けに振るい、突き出された槍の穂先に打ち重ねる。

 そうして刺突の軌道を逸らして難を避け、大地に着地すると同時に右掌の剣を突き出してノイシュリーベの喉首の直前で静止させた。



「これで決着、かな」



「くっ……やるじゃないの、今日はあんたの勝ちでいいわ」


 両掌で槍を握り締め、刺突を繰り出した直後の体勢にて自身の喉首に突き返されたがために対応できなかったノイシュリーベが素直に負けを認めた。


 三本先取の摸擬戦でノイシュリーベが先に二本取ったものの、その間に彼女の調子と技の仕上がり具合を把握したエバンスが一挙に三本捲り反したのである。

 悔しそうにしながらも対戦相手を務めてくれたエバンスを称え、構えを解いてから練兵所の中央に戻り一礼した。これにて、この日の摸擬戦は幕を閉じる。


 なおエバンス達はベルナルドの指導の下であらゆる武器種を扱えるように鍛錬を積んでいるが、この時期になると各々の得意武器がはっきりと定まり始めていた。

 ノイシュリーベは父と同じ槍を主軸にしている他、馬上でも扱い易い斧槍(ハルバード)と町中や城内で携行する機会の多い片手剣。エバンスは短剣や投擲武器、片手斧に棍棒、片手剣といった入手が容易な武器を好む傾向があった。


 更に言えば同じ片手剣なれどノイシュリーベはレイピアを好み、エバンスはセミスパタのような両刃で幅広い刀身の得物を好んでいる。




「ふぅ、見た目じゃ考えられないくらい鋭い動きするようになったわね」


 頭の後ろで髪を束ねていた紐を解き、その長い銀輝の髪がふわっと舞うようにして肩に流れ落ちた。


 約四年前に出会った当初は首筋辺りまでのショートヘアであった彼女も、年月の経過に伴って髪を伸ばすようになり、肘の辺りまで届く長さとなっていた。

 武芸を嗜むならば髪は短いほうが良いのだが、ノイシュリーベは貴族家の令嬢として社交の場にも足を運ばなければならなかったので、自身の容姿を洗練させることも求められていたのである。


 まだ少女の域を出ないながらも着実に成長していることを伺わせる恩人(ノイシュリーベ)の姿を傍で見続けているエバンスは、純粋な気持ちとして彼女を美しいと感じていた。



 一方でエバンスのほうは、僅かに伸びた背丈に対して手首や足首がアンバランスに感じるほど太くなり、腹周りも膨れ上がりつつあった。

 これは彼が肥満体型に陥ったからではなく、狸人(ラクート)特有の体型へと順当に成長してきている証左である。



「まあ、この見た目で相手が油断してくれるなら儲けものだけどね!

 それだけ生き延びられるチャンスが生まれるってことだし」


 とはいえ、やはり他の種族との体型の違いについて思うところはある。すらりと長い手足に高い身長、それでいてがっしりとした体格の純人種や鬼人(デモネア)狼人(ウェアウルフ)など羨ましい限りであった。



「前向きなのは良いことね。でも、良かったと思うわ。

 あんたを見付けた時は、まるで骸骨兵(スケルトン)みたいにガリガリだったもの」


 四年前のビュトーシュの裏路地での一幕を思い返して感慨深さが込み上がる。

 あの時のエバンスは痛ましいほどに痩せこけて、餓死する寸前だった。

 手足などはまるで枯れ木の如き有様で風が吹いただけで簡単に折れてしまいそうだったのだ。



「それが今じゃあ摸擬戦で私に勝っちゃうなんてね」



「いやぁ、実戦ならノイシュの圧勝でしょ。

 魔法有りだったら逆立ちしても君には勝てないよ」


 エバンス自身も魔法を修めたからこそ、ノイシュリーベの類稀な素養を昔よりも如実に実感するようになったのである。その上で武芸も窮めようというのだから尊敬を通り越して畏敬の念に近いものを懐いていた。



「ふん! これから騎士を目指して行くんだから

 武芸だけでも圧倒できるようにならないといけないわ!」


 

「そっか、今年の春からついに騎士になるための修行が始まるんだよね」



「ええ……ここまで来るのは本当に長かった。

 この四年間、お父様と会う度に諦めず説得し続けた甲斐があったわ」


 そう、遂にベルナルドは娘の度重なる懇願に屈して彼女が騎士への路を歩むことを認めたのである。

 ただし、その条件として"騎士の国"と謡われた旧イングレス王国式の騎士修行を満了することを提示され、今年の春から修行の地として南イングレス領の中枢である角都グリーヴァスロへ赴くことになったのであった。



 "騎士の国"で正式に叙勲を受けた者達は、通常の騎士よりも一目置かれる存在となる。それは彼の地での修練や制約が誠に厳しいことで知られているのだが、同時に男尊女卑の文化が根強く女性が騎士として認められた前例など無かった。


 

「お父様としては早々に私が音を上げて泣いて帰って来ることを

 期待しているんでしょうね……」



「大陸中央部で女性が騎士になるというのは、それだけ大変なことだ。

 このままグレミィル半島の中だけで修行して騎士を名乗ったとしても

 きっと南イングレス領の人達はノイシュを認めてくれないだろうね」


 それは将来的に爵位を継いで、大領主の座も継ぐことを考えている彼女にとって避けたいことであった。

 古い為政者達からすれば「女が自宅で騎士ごっこをしている」と映り、軽んじてくることだろう。そうなれば大領主になった時の統治や他領との交渉などを行う際に少なからず悪影響を及ぼすことは容易に想像することが出来た。



「逆に言えば、グリーヴァスロで正式に騎士として認めて貰えれば

 老人達を黙らせられる実績にもなるってことだね」



「その通りよ! だから何がなんでも耐え抜いてやるんだから。

 そして必ず、お父様のような"偉大なる騎士"と云われるまで昇り詰める!

 今話題の"北方の勇者"なんて私達と五歳くらいしか変わらないってのに

 キーリメルベス連邦を救ったっていうんだから負けてられないわ!」


 ぐっ と拳を握り締め、やる気に満ちた表情で熱く語った。

 そんな彼女を全肯定するかのようにエバンスは両掌を叩いて拍手を送る。そうしてこの日の武芸の稽古は一段落と相成った。



「ノイシュだったら、きっとやり遂げられるさ。

 君がグリーヴァスロで修行している間は、おいらは傍に居られないけど

 騎士として認められる日まで毎日ずっと応援してるよ!」



「……あんたは結局、あの旅芸人一座に入団するのよね?」



「エルカーダ一座だね。これから入団のための面接を受けるところさ。

 今年もグレミィル半島へ興行しにやって来てる筈だから

 ベルナルド様に紹介状を書いて貰ってから出向くつもりだよ」


 

「あっそう……あんたの人生だからね。好きにすればいいわ」


 少しばかり拗ねたような素振りで反応を返す。どうやら彼女は、心の内では未だにエバンスが騎士もしくは従者になってほしいと考えているようであった。



「あはは、上手いこと一座に入団できて各国を渡り歩けるようになったら

 その時は君やサダューインに大陸中で見聞きした土産話を持って帰るからさ」



「ふん、まあ楽しみにしてやらないでもないわよ!」



「うぃうぃ~、これから色々と大変になるだろうけど、お互いに頑張ろう」


 そのように話ながら、二人は摸擬戦で使用した武器や打ち込み用の木偶人形を片付けていった。



「そういえば、サダューインは春からメルテリア地方へ滞在するんだっけ」



「ええ、『森の民』の生活圏である五地方を順番に巡っていくそうよ。

 最初はお母様の生家で暮らして、次はヴェルムス地方のどこかの町ね。

 そうやってグレミィル半島の各地の生活を体験したいそうよ」



「はえー、じゃあ おいらが一座に入団したら

 春の半ばには三人同時にこの都市から離れていくことになるんだね」



「そうなるわね。三人一緒に顔を会わせられるのも、今年までかしら」



「きっと何年か経てば、この都市に戻って来れるさ。

 とはいえ暫く会えなくなるのは確かだろうし寂しくなるねぇ……あ、そうだ!」


 肩を竦めて空を見上げ、そして一つの妙案を思い付いた。



「離れ離れになる前に、三人でちょっとしたパーティでもしてみない?

 お互いに頑張ろうって励まし合う感じでさ」



「決起会みたいなものかしら……良いと思うわよ。

 折角ならエデルギウス家の館の近くの、あの川の畔でやりましょう。

 私も、グレミィル半島を離れる前に慣れ親しんだ部屋に一度戻っておきたいわ」



「決まりだね! 街道の雪が溶けて春に入ったら盛大に楽しんじゃおう。

 段取りは、おいらが整えておくよ。サダューインにも話を付けておく」



「ふふ、よろしく頼むわね」


 城塞都市ヴィートボルグからエデルギウス家の館へは、ノールエペ街道に雪が積もっていなければ凡そ二日ほど掛かる距離である。

 往復の日数や滞在時間など諸々のことを考慮すれば一週間は予定を空けておく必要があるだろう。


 とはいえ、特にノイシュリーベは下手をすれば十年以上はグレミィル半島に戻って来ることが出来ないため、多少の無茶を通してでも出立前に生まれ育った館を見納めておきたいと願うのは、至極真っ当な心境といえた。


・第24話の22節目をお読みくださり、ありがとうございました!

・本文中で少し触れていましたが"北方の勇者"レギ・ゼオというのはヴィルツ・ウォーラフの元相棒だった青年でございます。

 現在の年齢は27歳となっており、キーリメルベス連邦を離れてデルク同盟の主要国の一つであるロンデルバルク王国に身を寄せている……という設定があります。


・彼自身は、現時点で本作で登場させる予定はありませんが、その代わりヴィルツは後々に絡んでくる予定をしており、彼の口からレギについて言及することがありと思いますので、ご期待いただければ幸いです。

・次回更新は8/31(日)を予定しております。

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