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024話『その掌に光を、頭上に草の冠を』(20)


 ベルナルドが館を発って城塞都市ヴィートボルグで勤務している間も、子供達は守衛の騎士達の監督の下で時折、領内に跋扈する魔物の討伐に参加した。

 グラニアム地方やエルディア地方では魔物や野盗が(もたら)す被害を抑えるために定期的に警邏隊を巡回させている。その彼等に同行させてもらう形を採っていた。



「いやぁ、お見事でございます!

 その歳でここまで堂々と剣を振るわれるとは、流石はベルナルド様の御子だ」


(まこと)に、(まこと)に……これはグレミィル半島の将来も安泰ですな」


「それにしても今年は苔狼ムスガルを大量に見掛けますな。

 年々、ライ麦を始めとした農作物のの収穫量が増えている影響でしょうか」



 などと口々に賞賛の言葉を送られた。無論、中には御世辞や胡麻摺(ごます)りの類も見受けられたが概ねは子供達への感嘆の声を露わとしたものであった。

 なお討伐した魔物は、主に徘徊蜘蛛(バルバリア)黄角鳥(リューギル)、そして警邏隊の一人も言っていた苔狼ムスガルといった小柄な魔物が大半である。


 着実に討伐を成功させ続け、騎士や警邏隊からの称賛を受ける度に子供達は大いに自信を着けた。

 日々の鍛錬にも益々熱心に取り組むようになり、良い循環が生まれていく。



 そうして秋から冬に差し掛かり順当に武芸を磨いていた最中、子供達は館に戻って来たベルナルドに連れられて隣領の晩餐会に招かれる機会を迎え……そこで事件が起こった。

 






 [ グラニアム地方 ウェナンデル子爵領 ~ ハダルの町 ]


 この日、ウェナンデル子爵家の館にて一人娘の婚約が成立したことに端を発する晩餐会が催され、近隣の領主達が数多く招待された。

 子爵家に婿入りするという男性貴族の顔見せや紹介も兼ねているのだろう。


 隣領であるエデルギウス家の当主であるベルナルドも当然ながら招待を受け、顔繫ぎも兼ねてノイシュリーベとサダューインも同席することになった。

 彼等の他にはジグモッドなどの魔術師や護衛の騎士、従者などが数名同行しており、その中にはエバンスの姿も在った。


 なお妻であるダュアンジーヌは『大戦期』より以前から滅多に他領で催される社交の場には出向かないようにしていることで知られている。



 晩餐会は(つつが)なく進行し、すっかり夜も更けた時分にてお開きとなる。

 雪がちらつき始めていたために、この日はウェナンデル子爵家の館で一泊して翌日の昼過ぎに自領へと帰ることになった。


 次の日、少し遅めの朝食をいただいた後にノイシュリーベ達はハダルの町を見て回ることにした。

 ウェナンデル子爵領は隣領なれどシルガット銅鉱山を要するシルガム山地を挟んでいるため気軽に足を運ぶことは難しく、見学するには誂え向きの機会だった。


 エデルギウス子爵領に比べればノールエペ街道にも幾分か近いため、冒険者や行商人が立ち寄ることも多く中心街は相応に賑わっている。

 決して裕福な領地ではないが、それでも『大戦期』から十数年の月日が経過していく間に少しずつ町が発展していっているようである。



「いい感じの町ね。市場も活気付いていたし、冬場なのに品揃えも悪くないわ」



「まあ、道行く者達の顔触れの大半が冒険者や傭兵というのが気掛かりですがね」



「あはは、街道が近くにあるから仕方ないよ。

 そういう町ってどうしても旅する人達が宿屋や市場に寄っていくから

 町で暮らしている人は自宅に籠っちゃうんだろうねぇ」


 ベルナルド達はこの機会にウェナンデル子爵と領地運営の段取りを整えており、ノイシュリーベ、サダューイン、エバンスの三人だけで町中を練り歩いていた。


 領主が暮らす町ということもあり、特定の職務に就いている者以外は町中で武器を携行することは禁じられているのだがノイシュリーベとサダューインは貴族家の嫡子ということもあり、護身用として帯剣することを特別に許されている。

 またエバンスも密かに短剣を忍ばせているのだが、これくらいの刃渡りであれば仕事道具として釈明することが適うので問題にはならない。



 三人は中心街から東へ伸びる路を進み、町で暮らす者達の家が立ち並ぶ区画へと差し掛かる。年季の入った木造の平屋ばかりであった。



「んー、少し空き家が目立つねぇ」



「どうして空き家だって分かるのよ?」


 木造の家屋を一瞥したエバンスがふと零し、即座にノイシュリーベが疑問を呈してきた。確かに、一見しただけでは住人の有無を見分けることは難しい。



「簡単だよ、あっちの建物は窓を開閉した跡が見当たらない。

 傍に置いてある衝立棒(ついたてぼう)も埃を被っちゃってるしね。

 いくら冬場だからといっても、たまに換気くらいはするもんだよ」



「……本当だわ、言われてみればそうね」



「ハダルの町は、窓税などを導入していなかった筈。

 なら庶民が窓の開閉を渋る理由は何もありませんね」



「あんた、いつもそんなこと考えてるの?」



「当然です。各領地の税収や財政には目を光らせておくべきだ。

 貴族家の中には虚偽の報告をして父上達を謀ろうとする輩も多いですからね」


 グレミィル半島に於ける徴税制度は、各領地を治める貴族の裁量で地域ごとに異なる税制が敷かれており、大領主は各貴族が集めた税の一部を受け取ることで全体の統治を行うための資金を賄っている。

 更に、グレミィル半島を含めた属領の大領主達からラナリア皇国の皇王府へと上納されていく仕組みとなっていた。



「まあまあ、せっかく町を見て回っているんだし

 難しい話はそれくらいにしておこうよ」



「確かにエバンスの言う通りだな。

 税の話など館で暇を持て余している時に好きなだけやれば良い、か」



「まったく、あんたはもうちょっと空気読んで言葉と話題を選びなさいよね!

 まあ、ともかく空き家が多いってのは気になるわ。

 もう少し奥の方も見て回りましょう」


 相変わらず率先して先頭を突き進むノイシュリーベは、何一つ遠慮する素振りを見せずにぐんぐんと歩いて行き、他の二人が彼女の後に続く。

 そうして三人は東端の区画、やや荒んだ雰囲気が目に付く場所へと辿り着いた。




「んー……あんまり良い感じはしないね。ビュトーシュの裏路地を思い出すよ」


 尻尾の毛先が逆立つような、例の感覚に見舞われたエバンスが警告を発した。



「そうだな、真っ当な者達が暮らしているようには見えない。

 しかし先程の木造家屋が立ち並ぶ区画よりは人の気配を感じるな」


 ヒトが行き交った証拠である足跡の多さ、佇立する荒屋(あばらや)の数など、ここで暮らす者達がそれなり以上の人数であることを物語っている。


 更に足を踏み入れてみると、路上で屯する人影が少しずつ増え始めていた。

 貧民街というほど酷くはないが、何れも職に炙れた者や他にすることのない冬場の農民達が隠れるようにして身を寄せ合っているようだ。



「冬季で畑に出られず、酒場などに立ち寄る金も無い連中といったところか」



「じゃあ自分の家の中で過ごせば良いんじゃないの?」



「或いは生活に困って家を手放したのかもしれないな。

 まあ最低限の衣服を着ているようだから、似たような境遇の者達で

 共同で生活できる借家や荒屋あばらやなどを利用しているのだろうか」


 家を売れば多少のお金を得られる他、住人税が幾分か軽減される。



「中心街で屯していた冒険者や傭兵達は羽振りが良さそうだったわ。

 ああいう者達が立ち寄る町なら、それなりに潤っている筈じゃないの?」



「この町は、武器の取り締まりこそ徹底しているようでしたが

 それ以外の部分では外部の者に対してかなり甘いようですね。

 行商人が支払う市場税なども最低限度といったところでした」


 

「むしろ積極的に招き入れようとしている感じだよねぇ」



「冒険者達が過ごし易い町にするために手を尽くしている……ってこと?

 そんなことを続けていたらウェナンデル子爵のお財布がすぐ空っぽになるわ」



「ええ、ですから恐らくは町人からの徴税額を増やして賄っているのでしょう。

 窓税こそ導入してませんが他の部分で搾り取っている、とかね。

 そう仮定していけば、この区画の荒みようにも合点が行きます」



「そんなの駄目に決まっているわ! たとえ外からの来訪者で賑わっていても

 町で暮らしている人達の生活が苦しくなって、ヒトが居なくなってしまったら

 どうにもならないじゃない!」


 サダューインの仮説を聞いたノイシュリーベは思わず感情を露わにした。

 生活苦から家を手放さざるを得なかった町人達の姿を想像して、純粋なる正義感と庇護の意思を発露させたのだ。その言葉と視線は、余りにも真っ直ぐであった。

 対してサダューインは「やれやれ」といった表情を浮かべながら溜息を吐く。



「……そうせざるを得ないのでしょう。

 エデルギウス領は父上が獲得した銅鉱山の運用で順当に富を得ていますが、

 ウェナンデル領はこれといった産業がありませんからね」


 『大戦期』が終結し、新たな時代を迎えるに当たって各領地の運営は大幅に様変わりを果たした。中にはエーデルダリアのように戦前や戦中から価値が変動しない都市も存在するが、ささやかな末端の領地などではそうはいかない。

 したがって、現状ではとにかく冒険者や傭兵、行商人といった者達を大勢滞在させて無理やりにでも市場を活性化させなければならないのである。



「だからって……」


 それでも尚、食い下がって不満を唱えようとするノイシュリーベ。エバンスは口論に発展しそうな姉弟を止めに入るべきか思案していた……と、その時だった。




五月蠅うるせぇな……朝っぱらからガキが騒いでんじゃねえぞ!」


「この辺じゃ見掛けない面だな? どっから来やがった」


「おいおい、このガキども剣を持ってやがるぜ! 着てる服もやたら上等だ。

 ってことはあのクソ領主の息子か何かかぁ?」


 一帯で暮らしている者達が、三人の見掛けぬ子供達に気付いて群がり始めたのである。中には朝から酒を飲んで酔いが回っている者もいるようだ。




「……申し訳ない。道に迷ってここまで来てしまい、つい口論になってしまった。

 直ぐに立ち去るので、どうか僕達には構わないでくれ」


 近寄って来た町人達に対してサダューインが堂々と言い放つ。

 十歳にも満たない子供ながら大人達を相手に一歩も退かない姿は、明らかに只者ではないことを周囲に示す。

 しかし彼の言動は、日々の不満を抱える町人達にとって火に油を注ぐようなものであった……。



「けっ、ガキのくせに生意気な!」


「鬱憤が溜まってたんだ。タダで返すわけねーだろ!」


「どうせ俺達には失うものなんて何もないんだ。

 だったらコイツらの身包みを剥いで売り飛ばして一儲けしてやるぜ」


「そいつはいいな! あのクソ領主へ一矢報いることにもなる」


 口々に荒んだ言葉を吐きながら子供達を取り囲もうとした。

 中には廃材と思しき木の棒や、短剣。どこからか拾ってきたのであろう錆びた剣を手にする者まで現れた。正に一触即発といった雰囲気である。




「聞く耳を持たず、か……参ったな」



「あんた、余計なこと言って煽らないでよ!」



「これは、かなり拙いねぇ」


 ざっと数えただけで十人は居た。幾ら鍛錬を積んでいるとはいえ子供だけで耐え凌ぐのは難しいだろう。

 仮に武器を振るって切り抜けたとしても他の貴族の領地で、その住人を傷付けるようなことでもあれば一大事である。




「……仕方がない」


 腰に佩いた剣を抜き放ち、溜息とともにサダューインは周囲へ鋭い視線を送る。後々の批判や叱責を覚悟した上で、武力で切り抜ける意思を固めたのだろう。



「ちょ、ちょっと……本気なの!?」



「うわわ、駄目だよサダューイン! 町の人を傷付けちゃったら……」



「心苦しい限りだが、諸々を天秤に懸ければこれが最も無難な選択だ」


 仮に流血沙汰を避けるために大人しく捕まったところで五体満足でいられる保証はないばかりか、公になれば客人を危地に晒したウェナンデル子爵の名誉は大いに失墜してしまうことだろう。

 エデルギウス家との関係も劣悪なものとなっていくことは火を見るよりも明らかであり、また嫡子が捕まったとあれば英雄ベルナルドの名声にも関わってくる。



 それならば多少の犠牲を覚悟してでも強行突破を図るほうがマシであると、サダューインは判断したのである。そんな彼の意図にエバンスとノイシュリーベは即座に気付き、複雑そうな表情を浮かべた。


 元はといえば、ノイシュリーベが先導して足を踏み入れてしまったから起きた事態であり、それを止めようとしなかったエバンスにも責はある。

 故に、聡い二人はそれ以上の反論を試みることは出来なかった。



「くっ……」



「こうなったら一点突破で切り抜けるのが一番かな。

 少し前に退治した苔狼(ムスガル)に取り囲まれた時みたいにさ」


 苦渋の顔でノイシュリーベも抜剣し、エバンスもまた覚悟を決めたのか隠し持っていた短剣を構えた。

 子供達が抵抗の意思を示したことにより、周囲を取り囲む町人達も益々怒気を強めていき、どうあっても争いは避けられない状況へと陥るのであった。




「やる気だぜ、こいつ等……」



「かまうものかよ、一斉に取り掛かって武器を奪っちまえば……がぁっ!?」


 町人の一人が音頭を取りながら得物を叩き付けようとした瞬間、身を沈めて相手の攻撃を躱したサダューインが、そのまま距離を詰めて鋭い前蹴りを放つ。


 この時のサダューインの背丈は一メッテと五十トルメッテほど。体重は四十グラントであろうか。対して相手は頭一つ分近くの上背があったが、鳩尾付近に蹴り足が直撃したことにより、その場で悶絶して(ひざまず)かせることに成功した。



「こ、このガキ……!」



「囲め、囲めぇぇ!」


 廃材や錆びた剣を手にした者達がサダューインに群がり、出鱈目に得物を振り回しながら取り囲み始めた。一点突破を狙っていたものの素人特有の統制の無い動きが、かえって子供達が突破口を見出す障害となっていたのである。



「……形振り構わない大人というのは、実に厄介なものだ」


 錆びた剣を打ち払い、上半身を捻ってどうにか廃材を躱す。しかしながら、やはり子供と大人の体格差は埋め難く次第に数で押され始めてしまった。



「サダューイン!」


「余所見してんじゃねぇぞ、亜人のガキ!」


 助けに入ろうとしたエバンスの前に、別の町人が襲い掛かった。折れた柱のような廃材が力任せに振り回され、あわやというところで頭頂部の狸耳を掠めた。



「うわわ……」


 寸前で廃材を躱すと同時に、厳しい鍛錬で身に付けた反撃に転じる技を繰り出そうとした。いわゆる交差法の一種であり、回避行動と刺突が連動した動きである。



「……だ、駄目だ」


 右掌で握る短剣の穂先が町人の脇腹に届こうとした刹那、エバンスは全力で踏み留まって刃を停めた。というより無意識化でヒトを傷付ける行為を躊躇ったのだ。


 人々の生活を脅かす野盗や、収穫物を荒らす魔物が相手ならばどうにか戦えた。しかし町で暮らす普通のヒト……それも嘗てのエバンスと同じように露頭に迷った弱い立場の者達を前にして、彼の動きは急激に精細さを欠いてしまった。



「……? く、くぉらあああ!!」


 短剣で突き刺されることを覚悟した町人は、何故かその刃が自身に届いていなかったことを見咎めるや否や大いに逆上した。そして再びエバンスに襲い掛かる。





 …… ガ ッ !!


 鈍い音が響いた。


 視界が激しく揺れ動き、遅れて焼けるような痛みが頭部に襲い掛かる。一瞬で呼吸が出来なくなり、いつの間にか大地が直角に傾いて床が迫っていた。




「エバンス……!!」


 直ぐ傍に居たノイシュリーベの悲痛な叫び声が耳朶に響くものの、聞き慣れた筈のその声は遥か遠くのように感じ……そしてエバンスの意識はそこで途切れた。


・第24話の20節目をお読みくださり、ありがとうございました!

・文章量の都合で描写を省かせていただきましたが、エルフ種の特徴を強く宿すノイシュリーベと狸人(ラクート)のエバンスは『人の民』の領地であるウェナンデル子爵領ではあまり受け入れられていません。

 それでもベルナルドが二人を同行させたのは将来的に『森の民』への偏見をなくしていくための布石という意味合いもありました。少しずつ、『人の民』の貴族や住人達に慣れさせるということですね。


 その甲斐があってか、本編の時代では普通に来訪できるようになっています。ティグメアの町で問題なく一泊できていたのがその証拠ですね!

・次回更新は8/27(水)を予定しております。

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