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024話『その掌に光を、頭上に草の冠を』(19)


 更に季節は過ぎ去っていく。九歳になったエバンスはエデルギウス家の館で二度目となる年明けを迎えることとなった。

 雪解けの時期までを自領の館で過ごすことが恒例となっているベルナルドは、今年も早速ながら三人の子供達を裏庭に呼び出したのである。


 例によって二名の若い騎士が裏庭に多種多様な武器を運び込んでくれていた。

 なお館の守衛に就く者達は、季節ごとに顔触れが入れ換わっている。



「新年早々になるが時間は有限だ。鍛錬を始めて行こうか」



「はい、お父様!」


「……ご多忙な中で、いつもながら有難うございます」


「よろしくお願いします!」


 三人の返事をそれぞれ聞き遂げた後に、ベルナルドは表情を引き締めながら今後の方針を告げることにした。



「当初の予定では、あと一年は演舞の見学と基礎鍛錬をさせようと考えていたが

 昨今のお前達の仕上がり具合を見ていて、予定を前倒しにしようと思う」



「え、それって……もしかして?!」



「ああ! 今回からは武器を使った鍛錬も並行して取り入れる。

 ……正直に言って、お前達の成長の早さには舌を巻くばかりだよ」



「やった! やったわ!!」


「先程、仰っておられたようにヒトの時間は限られていますからね。

 父上のそのご決断を尊重しますよ」


「いよいよですねぇ、おいら緊張しちゃうなー」


 ベルナルドから見ても三人の子供達の鍛錬の成果は瞠目に値するものであった。

 体力的に最も劣るノイシュリーベですら走り込みを悠々と熟せるようになっており、足腰を主軸に体幹の強さや呼吸の深度が各段に向上していた。

 更に、闇雲に鍛錬を続けるのではなく、一つ一つの動作の意味合いを確りと理解して取り組んでいたがために動きのキレも見違えるほどに鋭かった。



「この一年の間に私の演舞を見てきて興味を持った武器は幾つかあるだろう?

 最初に一通り触れてもらうが、実際に振るってみて、これだ! と感じるものを

 探しなさい。見るのと扱うのとでは勝手が異なるだろうからな」



「選定を済ませたら、以降はその武器に特化した鍛錬をするのですか?」



「いいや、ここにある武器に関しては全て扱えるようになってほしい。

 少なくとも最低限の立ち回り方はみっちり叩き込んでいくので覚悟しなさい」



「成程……まだまだ火種は燻り続けるというわけですか」


 ベルナルドの考えを確かめたサダューインは、彼が打ち立てた方針の裏側にあるものを察した。ノイシュリーベとエバンスも朧気ながら気付き始める


 即ち、泰平の世はまだまだ遠いということ。グレミィル半島に燻る諸問題であったりラナリア皇国が北進を再開する可能性。或いは大陸中央東部のデルク同盟や、北部のキーリメルベス連邦といった勢力が動く可能性を示唆していた。

 不鮮明な未来に備える意味でも、あらゆる状況で戦い抜ける備えをしておくべきだと『大戦期』の英雄であった男は示唆しているのである。



「……英雄の武力など不要な世の中になってくれれば良いのだがね。

 まあ兎も角、始めて行こうじゃないか」


 それまで時間を掛けて身体に慣らしてきた基礎鍛錬の反復から入り、半刻ほど経ったところで片手剣から順番に素振り稽古を行っていく。

 正午近くに至るころには、三人は全ての武器に一通り触れていくこことなる。



 昼食と軽い休憩を挟み、午後より各自が選んだ武器を中心とした型稽古へと移っていく。最初は単独で型を演じ、徐々に慣れてくると二人一組となって対峙する者が居る想定で理想的な立ち回りを研鑽していく。

 既に子供達はベルナルドの披露してきた技の術理を研究し尽くしていたためか、教導するベルナルド本人をはじめ二名の若い騎士達も大いに驚嘆していた。




「これは凄いな……初めて本格的に武器を振るったとは思えない練度だ。

 細かい部分で動きが甘いところはあるが、それを差し引いても悪くない!」



「ふふん! 三人で協力してお父様の技を研究してきたもの!

 どう動けばいいのか、どういうところを意識すれば良いのかなんて

 完璧に理解し尽くしているわ! 鍛錬も毎日欠かさなかったしね」


「あくまで頭の中では、ですけどね。

 動きを理解し、実際に動けるだけの肉体の調整は行ってきましたが

 武器を構えた敵対者が居るという想定下では、すんなりとは行きません」


「複数人に囲まれるような状況ってのも、あんまり想像できませんからねー。

 でも『大戦期』ならこういうのが普通ということなんでしょうか?」


 子供達の所感を受けて気分を良くしたベルナルドは、更に高度な型と実戦を踏まえた立ち回りを伝授していく。

 ノイシュリーベが語ったように基礎的な動きは研究し尽くしていたので一刻ほども演じさせてみれば、あっさりとものにしてみせたのである。




「お前達ならば、次に私が館に戻って来る時には今日教えたことを十倍……いや

 二十倍にして実践出来るようになっているのだろうな」


 黄昏時にて、橙色の陽光を浴びながら朗らかな口調で語る。



「であれば、鍛錬の工程を一挙に進めてしまっても問題無さそうだ。

 ……ディードリッヒ、アンツェル、お前達も武器を持て」



「……ッ!」


「侯爵様、それは……」



「うむ、今から子供達を含めた五対一で演習を行う。

 私がどう動き、どう捌くのか、戦場に立つ者の視点で学ばせるとしよう」


 演習用の槍を掴み、構えた。



「……す、すごい」


「これが『太陽の(ゾンネンランツェ)』の圧力、か」


「構えられただけで、おいら身体の震えが止らないよ」


 ノイシュリーベは槍、サダューインは両手剣、エバンスは短剣をそれぞれ手にした状態でベルナルドと対峙し、その凄まじい威圧感に呑まれ掛けた。

 例えるなら火山の火口部に立たされたような境地。今にも噴出しそうなマグマが直ぐ隣で蠢いているかのような恐怖を懐いた。


 それは子供達だけでなく彼と対峙することになった若い騎士達も同様である。

 正式な騎士叙勲を受けた者ですら、奮起し続けなければ足が竦んでしまうのだ。

 むしろ十歳にも満たず、実戦を知るどころか初めて武器をまともに振るったばかりの子供達が失神せずに意識を保ち続けていられるというのは類稀なことである。


 そうして一日の締め括りとなる実戦形式の演習が幕を開け……エバンス達はそれまでに積み上げてきた子供ながらの微かな自信を完膚無きにまで叩き潰された。


 これ以降、ベルナルドが教導する鍛錬の機会では、必ず一日の最後に『大戦期』の英雄が敵役(アグレッサー)として立ちはだかるようになっていった。




「まるで太陽に何度も身を灼かれるかのような心地でした」


「槍を構えた侯爵様と向き合った瞬間、死の先が垣間見えた気がします」


「臆さずに立ち向かう御息女達にも、同じくらい空恐ろしいものを感じましたよ」


 季節毎に交代で館の守衛に就いた若い騎士達は、後にそう語っていた――






 更に時は流れていく。冬から春へと移り、続いて秋の入り口へ……。

 この頃になると子供達も着実に技を磨き始め、その成果を確信したベルナルドは数人の護衛を連れて領内で跋扈する魔物の討伐に同行させた。

 収穫期に差し掛かると一部の魔物達が活発に蠢き始めるのである。


 討伐するのは、他の動植物の生態圏を脅かす可能性を秘めた魔物に限られるが、それでも実戦は実戦である。サダューインなどはそれまでに魔具を用いて魔物を追い払う術を身に付けてはいたが、本格的に武器を手にして自ら戦うのは初となる。



 最初に対峙したのは、巨大な蜘蛛型の魔物……徘徊蜘蛛(バルバリア)

 暗灰色の体色と短い毛に赤く輝く複数の瞳が特徴的で、毒性こそ持たないものの脚が速く複雑な地形を悠々と走破する。

 村の近くに出没しては一部の収穫物や家畜を喰らうことで知られていた。



 英雄ベルナルドや同行した騎士達が見守る中、子供達は懸命に戦った。


 ノイシュリーベとエバンスは、最初の数戦は大いに怖気づいて鍛錬通りに武器を振るうことが出来なかったが、それでも何度か交戦する間に徐々に慣れていった。

 サダューインに関しては最初から肝が据わりきっており、若い騎士達も顔負けな立ち回りで両手剣を振り回し、魔物の頭蓋を叩き割っていったのである。



「蜘蛛は嫌いじゃないが、分別を弁えない生物に生きる資格は見出せない」


 徘徊蜘蛛(バルバリア)が跳び掛かるより早く、両手剣の分厚い刀身を叩き込む。

 十歳になったばかりの子供とは思えない膂力に加えて、その戦いぶりは既に一端いっぱしの冒険者や常備兵と同等か、それ以上。若い騎士達は大いに瞠目していた。



「ちょっと、サダューイン! ……一人で暴れ過ぎよ」


「あはは、おいら達の出る幕じゃない感じだねー」


 ノイシュリーベとエバンスが協力して魔物を一頭仕留めている間に、サダューインは独力で三頭の魔物をも屠っていたのだ。


 なおエバンスは短剣を投げて徘徊蜘蛛(バルバリア)の動きを停めた上で片手鎚(ショートメイス)を叩き込み、痛痒を与えたところをノイシュリーベが槍で貫くという立ち回り方である。

 彼等は攻撃魔法を唱えれば遥かに容易く魔物を撃退できるのだが、これは武芸の鍛錬の一環でもあるために通常の武器だけで戦っているのだ。



「三人ともよく頑張った。素晴らしい戦いぶりだったぞ。

 それでは死した者へ祈りを捧げるとしよう」


 奮戦した子供達に労いの言葉を掛けながら、ベルナルドは魔物の死骸の前に立って両手を重ねて相掌する。



「魔物とはいえ我が領土で生きた命に変わり無し、安らかに眠り給え。

 次に魂が巡った先では、我々の(ともがらとなり得ることを切に願う」


 同行していた騎士達と三人の子供達も彼に倣って祈りを捧げる。


 ラナリキリュート大陸に於いて死者の骸は大地に帰り、魂は"(トーラー)"の監修を受けて完全に漂白化した上で次なる肉体へ宿っていくと考えられている。


 死後の世界の概念などはなく、ただ『魂の巡る回廊』を潜り抜ける。

 故に、正しく巡っていくように、秩序という名の機構が正常に稼働していくように、生き残った者達は祈りを捧げるのである。




「(根拠のない滑稽な慣習だ……)

 (英雄と呼ばれた父上ですら、常理の枷に囚われるしかないということか)

 (まあ、それは今の僕も同じことだが)」


 皆に倣って形だけでも相掌している間、サダューインだけは常理の在り方を冷めた目で捉えていた。


・第24話の19節目をお読みくださり、ありがとうございました!

・当初は20節くらいで納まるかな、と考えていたのですがどうもそれ以上に伸びてしまいそうで申し訳ございません。

 文章量が嵩んでしまっただけのものに仕上がるよう全力を尽くす所存です!

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