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024話『その掌に光を、頭上に草の冠を』(13)


 サダューインの居座る大書斎に通ううちに、蔵書を幾つか読ませてもらった。

 主に旧イングレス語と古グラナ語で記されているものが大半で、たまに供用語で書かれた大陸南部の書物も混ざっている。


 古グラナ語に関しては直接読むことは出来なかったが、辞書を活用することで少しずつ読み進めたり、時にはサダューインに頼んで翻訳してもらうこともあった。


 その一方で、魔力に乏しいサダューインに代わり、彼の研究成果である術式構築や敷設式の独自理論を実践する役目を担った。

 勿論、その下地として基礎的な魔術理論や、魔法を扱うための祈りの所作を事前に彼から教わった。驚くべきことにサダューインはその全ての知識を一通り習熟していたのである。本当に、彼に足りていないのは魔力だけであったのだ。




「そう……そこで右掌と左掌を重ねて、精霊に捧げる祈りの言葉を唱えるんだ。

 そして体内を循環する魔力を言霊に乗せる……一種の付与式だな」



「分かった……やってみる」


 サダューインの助言を経て、制御できる限りの魔力を束ねながら、覚えたばかりの詠唱句を唄い挙げることにした。

 それまでに魔法については座学で学び、簡単な魔力操作の練習は行ってきたが、真っ当に魔法を行使していくのは、これが初めての試みとなる。




「すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……」


 大きく息を吸い込み、総身を巡らせてから丹田へと意識を集中させた。すると丹田の隣に蓄えられていた魔力が活性化し、総身を駆け巡っていく。


 生物の体内で魔力を蓄えられる器官……『魔蔵』は大別して三箇所存在する。

 丹田付近、心臓、そして喉の近くが一般的だ。エバンスの場合は丹田付近の魔蔵が最も貯蔵量に優れていた。




「至る箇所に漂っているという精霊に呼びかけて、祈りを捧げるのが一般的だが

 精霊憑きならば、君に付いている精霊が仲介役を担ってくれることだろう。

 だから普通の魔法使い(ドルイド)に比べて幾らか手順を省くことが出来る」




 バッチコーイ!


 心なしか、いつも聞こえてくる"声"も張り切っているような気がした。

 その"声"が聞こえてきた方角を意識しながら口を開き、体内の魔力とともに詠唱句を吐き出していく。



「グレミィルの空を巡る、大いなる原初の風の精霊たちに希う。

 光の雫の導きを得て、浄化の洗風を起こしたまえ」


 其れは、エバンスが生まれて初めて目にした魔法。あの冬の終わりの裏路地にて己を救い出してくれた恩人(ノイシュリーベ)が唄い挙げた詠唱句であった。

 最も強く、最も鮮明にエバンスの脳に灼き付いた、あの光景は生涯忘れることはないだろう。故に、最初に行使する魔法はこれに決めていたのだ。




「『―――『穢れなき風域(ザンクトゥエールデン)』」



 周囲に浮体しているという精霊に向けて祈りを捧げ、魔力を供物とする。

 さすらば身近な精霊から、空を舞う風の精霊へと詠唱句が響き渡り、祈りの言葉は現象を産み出す鍵語へと昇華されるのだ。




 一陣の風が巻き起こった。


 それはとても弱々しく。然れど、渦を巻いて大書斎の床を風が駆け抜けて行く。

床に体積した汚れや埃を巻き上げて、極一部の範囲ながら清掃されたのだ。



「……魔法効果の発動を確認した。おめでとう、成功だよ」


 単眼鏡(モノクル)型の魔具を装着していたサダューインが落ち着いた声で報告してきた。





「はぁ……はぁ……おいらでも、唱えることが……できた……」


 初めて魔法を行使した緊張と消耗が圧し掛かり、急激な疲労とともに身体が重くなるような感覚に陥った。

 言葉を発する口元からも、荒い息が止め処なく零れていく。



「やった……やったんだ……!」


 しかし、それ以上の達成感と喜びがエバンスの裡で駆け巡っていた。


 最下層の身分に生まれた上に、路傍の石のような惨めな生活を送ってきた己が、魔法(スペリオル)という新たな手管を得た。勿論、様々な幸運な巡り合わせを経た上で習得に至ったのだが、それでも新たな可能性を掴めたような気がしたのだ。



「ふっ、君の努力と誠実な生き様が実を結んだのだろうな。誇るといいさ」



「あ、その……ごめん。でも、ありがとう」



「僕のことなら気にするな。むしろ君が僕の理論を実践してくれたことにより

 こちらも幾らか自信を得ることが出来たよ。

 後は……後天的に魔力を蓄える手段を見付けていくだけさ」


 殆ど魔力を蓄えられず、魔法どころか魔術さえ扱えないサダューインの胸中を察して謝り掛けたものの、彼自身がそれを静止した。 

 その気遣いと向上心を目の当たりとしたエバンスは、ならば今は彼のおかげで魔法の習得に成功したことだけを感謝しようと心に誓ったのである。




 身体に圧し掛かった疲労感に慣れ始めてきたので、改めて己が起こした魔法効果について検めることにした。


「んー…ノイシュリーベ様が唱えていた時に比べると

 すごい狭い範囲というか、なんというか……うーん」


 巻き起こした風によって清掃された床は、思った以上に限定的だった。



「いや、『穢れなき風域(ザンクトゥエールデン)』という清掃魔法の効果はこんなものだよ。

 むしろ初めての魔法にしては充分過ぎる出来栄えだ」



「ノイシュリーベ様の時は、おいらの身体や着ていた服だけじゃなくて

 周辺一帯まで丸ごと綺麗になっていたよ!」



「……それは姉上が規格外過ぎるからだ、比較対象が間違っている。

 ついでに言えば姉上が外で魔法を使う際に使っておられる小瓶に入った液体は

 効果範囲と、添付する魔力量を制限するための霊薬だったりするぞ」



「つまり、自分の魔法をわざわざ弱めて唱えていたって……こと?」



「ああ。姉上が普通に魔法を唱えるとそれだけで大騒ぎになってしまうからな。

 そこで母上が特別にお造りになられた霊薬を併用しているというわけさ」



「うへぇ……」



「……僕がどんな思いで姉上と接しなければならないのか分かってくれたかな?

 ともあれ、君は鍛え方次第で柔軟に魔法を扱えるようになる素質を持っている。

 このまま得意属性や詠唱法を探していくのも良いかもしれない」



「あはは、おいらが魔法一本で食べて行こうと思っていたら

 きっとノイシュリーベ様に嫉妬した可能性はあったかもね。

 得意属性かぁ……まあ仮に苦手な属性であっても使えればいいやって感じかな」



「エバンスの場合は生きていく上での手数の足しにすることが目当てだったね。

 では口頭での詠唱ではなく、魔奏(スピリトーゾ)なども試してみるかい?」



魔奏(スピリトーゾ)……?」



「ああ、楽器などを演奏して、その音色に魔力を乗せるやり方だ。

 一部の高位の旅芸人などはこの魔奏(スピリトーゾ)を習得していることが多い。

 ……楽器の演奏の経験は?」



「……故郷の村を訪れた旅芸人から、竪琴を触らせてもらったことなら」


 数年前の記憶が一挙に蘇る。あの夕暮れ時の丘の上で、灰色の髪をした不思議な旅芸人と過ごしたささやかな一時……最早、遠い昔のように感じてしまった。



「竪琴、か……少し待っていてくれ」


 椅子から立ち上がったサダューインは、そのまま一人で大書斎から出て何処かへと行ってしまった。十数分ほどが経過した後、再び入り口の鋼鉄の扉が開くと竪琴を手にした彼が戻って来たのであった。




「え、それって……」



「ふっ、向かいの宝物庫から拝借してきた。

 数代前の当主が『森の民』の吟遊詩人から譲り受けたという代物だったかな」



「おいおいおい、勝手にそんなことして良いのぉ!?」



「後で戻しておけば問題にはならないさ。

 それよりも試してみようじゃないか……何事も経験が大事だ」


 上質な木材で造られたと思しき竪琴をエバンスへと手渡す。

 長年、宝物庫に安置されていたので調律など施されている筈もなく、音を鳴らせられれば御の字といったところであろうか。


 若干、遠慮がちに竪琴を受け取ったエバンスは、恐る恐る弦を爪弾き始めた。

 ポロン……ポロロン……と軽やかな音色が響き渡った。



「大まかな要領は先程の魔法の詠唱と同じ筈だ。

 口を指先へ、言霊を楽器の音色へ置き換えて魔力を乗せれば良い。

 今回は真っ当な魔法効果を発現させるところまで持っていかなくても充分だ」


 計測用の単眼鏡(モノクル)を右目に嵌めながら、エバンスを促した。




「んー……」


 折角の機会なのでやるだけやってみることにした。

 楽器に触れるなど久しぶりである筈なのに、脳裏に鮮明に蘇った記憶を頼りとすることで、あの日 奏でた旋律をなぞっていく。



 ポロロン……  ポロロロ……


 やや緩やかな旋律から始まり。耳にした者達をどこか郷愁に浸らせると同時に、果てしなき旅路へと(いざな)うような、永遠に聴いていられる雄大なる曲調。

 指先より発した魔力が竪琴の音色に溶け込み、やがてエバンスの傍に浮体する精霊へと届くことだろう。




 コノキョク シッテル  ナツカシイ…… ナツカシイナ……。


 "声"が沸き立ち、黄金色の光が発生すると瞬く間に部屋中を照らし始める。

 エバンスは引き続き竪琴を奏で続けた。心なしか、先程魔法を唱えた時よりもしっくりとくるような感覚に浸っていたのだ。



「……待て! 一旦、中断だ!」


 慌てた様子で言葉を発したサダューインの声が響き、演奏に没頭し掛けていたエバンスもまた、はっとした表情になった。即座に指を停める。




「いや、これは凄い……!

 魔具越しに視ていたけど、何らかの魔法効果が発現しようとしていた」



「ほ、本当に……?!」



「ああ……あのまま演奏を続けていたら、たぶんね。

 だが効果が分からない魔奏(スピリトーゾ)はというのは非常に危険なんだ。

 何せ魔法よりも格段に広範囲に作用するのだからね」


 魔法ならば精霊に捧げる祈り……即ち詠唱句の定型文により、ある程度は発現してもらう魔法効果を指定することが出来る。しかし魔奏(スピリトーゾ)は音色でその代替を成すために熟練の演奏技術がなければ狙った効果を引き出すのは難しい。



「とりあえず君に魔奏(スピリトーゾ)を習得できる素養があることは判った。

 しかし、ここから先は普通に楽器を演奏できるようになってからのほうが

 安全だと思うな」



「楽器の演奏かぁ……」


 手元の竪琴へ視線を落とす。見様見真似で覚えた旋律と弾き方であったが、意外なほどすんなりと指が動いてくれた。

 それに竪琴を奏でている瞬間は、全てを忘れて演奏に没頭しそうになっていた。



「幸い、音楽に関する蔵書もこの大書斎には納められている。

 明日にでも母上に頼んで、代わりの楽器を用意してもらうようにするから

 ここで練習していくと良いさ……興味があるんだろ? そんな顔をしていたぞ」



「…………」



「いい機会だ、僕も何か楽器に触れてみるとしようかな」


 朗らかに笑いながらサダューインは一人で今後の方針を定めていく。

 次の日から、二人の学びの場に楽器の演奏が加わった。

 

・第24話の13節目をお読みくださり、ありがとうございました。

・本作での魔法は、このような流れで発動しております。


・エバンスの場合は常に固有の精霊が纏わり付いていて、その精霊に祈ればOKなので、普通の魔法使い達が最初に祈りを捧げる対象(空中や水中に漂っている精霊)を探す工程を丸ごと省略できるという感じになります。


・ちなみにノイシュリーベの場合は、彼女が望めば必要な精霊のほうから勝手に寄ってくるので、ただ詠唱句を唱えるだけで魔法が成立します。更に、やろうと思えば斧槍を振るった時の風切り音や、甲冑を動かした時に発生する金属音に魔力を乗せることで、変則的な魔奏として成立させることも出来ます。

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