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024話『その掌に光を、頭上に草の冠を』(12)


「この付近にシルガット銅鉱山があるんだが、君は鉱山事業について

 何か知っていることはあるか? 断片的なことでも良い。

 もしくは鉱物資源について『下級戦牙』の生活の中では学ぶ機会はあったか?」


「グレスラント領のニザル村で採れるヨルドシュベルの収穫期と

 魔力抽出効率の相関についてだが――」


「グルエダ領の徴税制度について、どう考えている?

 "獣人の氏族"の支配が特に強い地域なので近代的な措置は期待していないが

 それでも今日(こんにち)まで生活圏を保てているからには、何か工夫があるのだろう」


「イースオーガの背骨を加工した投槍の研ぎ方についてだが――」


「君はヴェルムス地方に居たのだろう?

 だったらブラークトル付近の魔物は何を食べていたのか教えてくれ。

 僕の予測ではガルシュナーかヴィルソル草辺りだと考えているんだが――」


「ウープ地方のデルテミアンにはオルデラ牛の放牧地があるが

 グルエダ領にはどれくらいの数の牛が入って来ていたんだ?

 『人の民』の領域からだから、そこまで多くはないと考えているんだが――」


「グラィエル地方のバルテナ湖の名物にラバルパーチという湖魚が存在する。

 ヴェルムス地方のヴェルミィス湖にも似たような淡水魚が棲息している筈だが

 君が暮らしていた村や、首府ビュトーシュでは魚食は一般的だったのか?」


「君は精霊憑きみたいだが、"声"が聞こえるようになったのはいつ頃からだ?

 一説に拠れば、素質のある者が特定の場所で生命の危機に瀕した時や

 特定の魔力性毒物を口内摂取した際に発露する現象だと書物に書かれているが」


「魔術に於ける術式の構築には幾つかの流派や手法が存在する。

 一般的なのはギミドラーラ式の、発音と魔力付与を同時に行う詠唱法だが

 僕はむしろエギューテ式の敷設陣に興味を懐き始めているんだ――」


「無詠唱法について君はどう捉える? 詠唱を省いて魔術を発動すること自体は

 魔術師なら誰でも可能だが術式の精度が各段に落ちるために実戦では使えない。

 ……というより、魔術を受け停める側の対抗策や耐魔力装備が発達し過ぎた。

 暴発のリスクを割り切り、牽制用として敢えて鍛え上げるか、それとも――」



 サダューインから発せられる質問は実に多岐に渡る上に矢継ぎ早に繰り出されるために、エバンスは大いに困惑の極みへと陥ってしまった。

 知識の洪水を真向から容赦なく浴びせかけられたかのような怒涛の勢いである。


 最初はエバンスの生まれ故郷に関わることから始まり、グレミィル半島に棲息する魔物や、自生する植物などについて。果ては精霊や魔法、魔術といった高度な教養を要する内容へと変遷していく。

 加えて、サダューインは一方的に訊いてくるだけではなく自分の考えを時折交えて、それに対する意見も求めてくるのだ。



 いい加減にしてくれ! と思わず怒鳴りたくなってしまう。当然だろう?


 こっちはただの農民の生まれで両親は最下層の『下級戦牙』。朝から晩まで畑仕事をするしかなかったし、つい半年前までは浮浪者も同然の生活を送っていた。

 眼前の美少年のような生まれた時から恵まれた環境で勉学に励んでこれたわけではないのだ。全てに完璧に受け答えしろというほうが無理な話である。



 とはいえ一方的に質問されるがままな状況は良くないと思ったので、エバンスは己に出来得る限りの言葉と思考で一つずつ着実に捌いていった。

 分からないことは素直に分からないと認め、故の仮説を立ててサダューインへ真向から言葉を返していく。



「……術式の構築? どころか、魔術自体が全く分からないんですけど

 おいらなら打てる手立てはなるべく多く用意しておきたいので

 一つの手法を極めるよりも、いろいろ試して手数を揃えておきたいと思います」



「ほう、では無詠唱法については?」



「ええっと、これも先程の返答と同じで手札は一枚でも多く持っておきたいので

 たとえ実戦で使えなかったとしても、ある程度は出来るように練習したほうが

 良いんじゃないかなって思うよ」



「その練習に必要な時間を捻出できない場合は?

 例えば敵対者が目前まで迫って来ている時と仮定してみよう」



「……うっ、平時や準備段階での話のつもりだったんだけど!?

 そういった場合は他の手立てを考えるようにする。

 まあ、おいらならさっさと逃げるよ……平民だから失うものなんてないしね!」



「成程な、普通の魔術師ならば矜持が邪魔をして選択できないような考えだ」 


 淡々と頷きつつ、エバンスの返答内容を吟味している様子だった。

 途中より怒りと焦りからかエバンスの言葉遣いが本来の、年相応の砕けた口調になってしまっていたことに気付きつつも特に気にした素振りは見せなかった。




「……うん、うん。よく分かった。律儀に答えてくれてありがとう。

 不足を感じないわけではなかったけども、少なくとも周囲の愚鈍な大人達や

 姉上と話していた時よりは幾分か面白かったよ」


 少しだけ表情を緩めながら、満足そうに頷く。どうやら彼からの及第点を得ることは出来たらしい。



「それにしても……僕とある程度は話せるのだから君も"こちら側"のヒトの筈。

 これまで生きてきて周囲の愚鈍さに辟易したことはなかったのか?

 骨拾いなどに身を(やつ)して、無為に人生を無駄にして悔しくなかったのか?」


 この質問に対し、エバンスは流石に苛立ちを募らせ始めた。



「……そんなこと考える余裕なんてなかったよ。

 三歳の時には朝から晩まで畑に出て働いていたし、骨拾いをしていた時も

 今日を生きることに……食べ物を得ることだけで精いっぱいだった!


 確かに他のヒトと会話してると、テンポが悪いなと感じる時はあるけど

 おいらの父ちゃんや兄ちゃん達と話してる時は、そんなことはなかったね」



「ふむ……」



「もちろん苦しい生活をしていたのは、おいらの家族だけじゃない。

 村で暮らしていた人達や、ビュトーシュの裏路地に屯していた浮浪者もだ!

 中には自分から落ちぶれた人もいるかもしれないけど

 ほとんどは生れついての境遇の中で必死に藻掻いて生活していたんだ。


 そんな人達を、おいらは愚鈍だなんて思ったことはないね!

 むしろ生きる術を教えてくれる大切な先生達だと思っているよ」


 君のように恵まれた環境で、思うがままに知識を蓄えられる筈がない。

 ヒトより遥かに優れた頭脳の持ち主が、こんなに大量の蔵書に囲まれて好きなだけ勉学に励むことが出来たのなら、そりゃ周囲を愚鈍と蔑めるだろう。

 言葉にこそしなかったが、エバンスは視線で能う限り訴えていた。



「骨拾いをやるしかなくなった時は、そりゃ絶望もしたさ。

 だからこそ、ノイシュリーベ様に救い出されたことに心から感謝してる。


 もちろん、彼女だけじゃない。おいらに真っ当に接しようとしてくれるヒトは

 皆 恩人だし、尊敬できる人生の先生達だと思っているんだ!」


 それは嘘偽りのないエバンスの本心であり、これまでの短い人生の中で培ってきた教訓でもあった。この地上世界で生きる大半の者は皆、その日その日を必死に生きようとしている。故に、どんなヒトであったとしても必ず学ぶべき点がある。


 必死に生きている全ての人物を師とすることで、或いは人生の先達として接することで、己もまた少しでも多くの物事を学ばせてもらっているのだ。




「成程。境遇が君という人格を研磨し、周囲との距離の保ち方を掴んだわけか」


 エバンスの言葉と視線を正面から浴びたサダューインは、少し時間を掛けてその意味を吟味する。そして椅子から立ち上がると、その場で深々と頭を下げた。


 人の目が無い場とはいえ貴族家の嫡子が、平民の使用人に対して平然と(こうべ)を垂れるなど有り得ないことである。



「……すまない。以後は他の者を愚鈍と称することは控えると誓おう。

 それから不躾な質問を繰り返してしまったことも謝罪する」



「えぇ……っ?!」



「確かに、ヒトはそれぞれ異なる人生を歩み続けている。

 話していて理解が遅いと軽んじるよりも、相手の返答を待っている間に

 その者が歩んできた背景を考察しながら学ぶべき箇所を見出すほうが有意義だ」


 頭を上げて机の上に置いてあった一冊の紙束と筆記具を手に取り、今し方交わした会話の要点を、さらさらと記述していった。




「試すような真似をしてしまって悪かったな。しかし実に有意義な問答だった。

 母上以外で、これほど素早く言葉を返されたのも久しぶりだ」


 微笑みながら、記述を終えた紙束を再び机の上に置く。

 その笑顔の在り方は姉であるノイシュリーベと似ていると、エバンスは感じた。



「エバンス、もし君さえ良ければ今後もこの部屋に立ち寄ってはくれないか?

 君の価値観に倣い、君という人物から是非とも色々と学ばせてほしい。

 あとはまあ……魔法や魔術の研究を手伝ってもらいたくもあるかな」



「使用人の仕事が終わった後でなら、別に良いけど」



「ふっ、ではそのように。

 それから、この部屋内で僕と話す時は今みたいな口調で構わない。

 そうしたほうが色々と意思の疎通も捗るような気がするからね」



「えっ、あ……すみません!」


 言われてようやく、途中から敬語ではなく素の話し方になってしまっていたことに気が付いた。貴族家で働く使用人としては明らかな失態である。



「いいや、構わない。むしろ新鮮に感じているよ。

 それに君も素で話せる場所がなければ息苦しいんじゃないか?」


 エデルギウス家の使用人、或いはその見習いの中でエバンスより年下は皆無であり、そもそもエバンスは新参者である。

 同等の目線や口調で話せる者は居らず、必然的に全ての者に対して敬語で接し、敬うことが当たり前になっていた。



「……君が、それで良いっていうんなら」



「決まりだな。使用人の仕事に、姉上のお守りまでした上で

 僕の部屋に立ち寄るのは大変だとは思うが、無理しない範囲で頼むよ。

 その分、君の人生にとっても有意義な機会となるよう僕も取り計らう心算(つもり)だ」


 そうしてエバンスはこの日より、毎日の仕事終わりにサダューインと顔を会わすこととなり、より多岐に渡る分野の知識を獲得する機会へと繋がっていく。


・第24話の12節目をお読みくださり、ありがとうございました。

・頭の良い人達の会話というのは、筆者には縁遠いものでございまいますので、出来る限りの想像を膨らませながら綴らせていただきました。

 たぶん、きっと自分に非がある時はすぐにそれを認めて相手に謝ることができたり、なるべく相手の良い部分を探そうとするんじゃないかなぁと勝手に思わせていただいております。

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