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プロローグ『後戻りは適わぬ宿痾の清算』

※(2026.9.15) 微修正を行いました。


 其は地上世界に顕現した、地獄と見紛うばかりの愁嘆場(しゅうたんば)であった。


 覆せぬほどに成熟した悪意に侵され、相反する者達を削ぎ落すことでしか先へと進む(みち)を望めぬ、一つの物語の終着点。




「(こんなものを、こんな最後を誰も望んではいなかった……)」


 多種多様な種族が対立しながらも手を取り合い、共存してきたグレミィル半島の豊かな大地と歴史は今、正に()け剥がされようとしている。


 領民達は悍ましき呪詛により、濁った翡翠の如き結晶体へと姿を変えた。

 彼等が暮らした町々は業火の直中へと()べられて、無惨な灰へと置き換わる。





 [ 決戦の地 城塞都市ヴィートボルグ ]


 グレミィル半島と呼ばれる領土の、中央に位置する白亜の頂。


 嘗て『人の民』と『森の民』に大別される領民の架け橋となっていた都市であったが、既に見る影もない程に荒れ果てている。


 至る箇所より火の手が上がり、軍馬を駆る最精鋭の騎士達によって、結晶化した領民が容赦なく粉砕されていたのだ。



「…………」


 騎士達を率いているのは、白く輝く全身甲冑に身を包んだ女性騎士。

 激戦を潜り抜けた後なのか、流麗なる意匠が施された兜が大きく破損しており、その素顔が露わとなっていた。


 彼女の面貌は。その泣き腫らした双眸は。戦火の焦熱と、領民の悶坊たる叫びを直視する。



 彼女は純人種ではなかった。半島で暮らす亜人の一種であるエルフとの混血で、特徴的な鋭利で長い両耳と美貌、そして真珠の如き銀輝の髪を備えていた。

 甲冑に覆われた手足は騎士にあるまじき細さと、しなやかさを兼ね備えていることだろう。


 本来、エルフ種は金属製の武具を身に纏うことを禁忌としている筈だが、城塞都市に居る誰もが彼女の出で立ちに疑問を抱くことはない。

 左掌で手綱を操りながら右掌で握る斧槍を振るい、蹄鉄が打ち鳴らす走破音と共に一人、また一人と自らが守るべき領民達を砕いて回る。


 その代償として、心の内だけで慟哭を零すのだ。




「…………」


 無言だった。無貌で結晶を砕き続け、()の罪過を一身に引き受けていた。

 ヒトであった物体を壊す度に、腕に残る破砕の感触が伝わる度に、彼女の面貌からは生気が喪われていく。


 もし謝罪や赦しを求める言葉を発したならば、涙と共に嗚咽が止まらなくなってしまうだろう。故に、壊れた兜の代わりに、壊れかけた心の仮面を纏うしかない。






「(……やっと此処まで来れた)」


 やがて彼女は辿り着く。生き残った領民達が避難している丘上の城館……即ち、己の居城へと。

 しかし年季の入った鋼鉄製の門の前には、小山の如き異形体が待ち構えていた。



 大樹の如き六本の(あし)が支える、六つ首の竜の頭。


 歪な翼の如く生え渡る、異なる形状の十二本の"腕"。


 意のままに動く図太く長い尻尾。



 そして……異形体の中枢には、純人種と思しき成人男性の上半身が生えている。




 騎乗したまま城館へと近寄る女性騎士は、その悍ましき異形体の中枢を睨み据えてゆっくりと口を開いた。

 乾いた喉と感情の奥底より、それまで封じていた言葉を絞り出す。



「……そこを退()きなさい。

 間もなく『グラナグラム』が着弾する、それで全ては終わりよ」



「姉上こそ、これ以上 罪過を重ねることは止めてくれ。

 貴方がそんなものを背負う必要はなかった! 俺の役目の筈だった!」


 両者は双子の姉弟であった。

 だが……その姿は、その理想は、幻創は、何もかもが異なる(みち)を歩み進んでしまった。果ての終焉にて、両者は再会する。


 互いが背負ったもの、切り捨てたもの、喪ったものは余りにも大きい。

 連綿と続いた宿痾を一身に引き受けて、両者は対峙する。



 異形体が腕を広げ、何としてもこの門は通さないと誇示しながら尾を振るった。

 女性騎士が騎乗する白馬を目掛けて、周囲の地形ごと薙ぎ払おうとしたのだ。




「こんなもので、今更!」


 立ち塞がる弟に対する怒りと恐怖、そして刻限が迫る焦燥を吐き捨てるかの如く白馬を駆った。

 

 短い助走から大きく跳躍し、異形体の尾撃を見事に躱して着地。

 すると今度は十二本の"腕"のうちの二本が、左右から挟み込むようにして迫る。



 壁の如く分厚く巨大な掌。これには場数を踏んできた白馬とて成す(すべ)はなし。

 合計十本の、丸太のような指に絡め獲られてしまった。




「……姉上ぇぇ!」


 止まらぬ姉に対する弟の悲憤と絶望の叫びが谺する。

 間一髪のところで、女性騎士は馬上から飛翔して捕縛を逃れていたのだ。


 甲冑の各部位より豪風を噴射することで、空中にて巧みに姿勢制御まで済ませている。そうして彼女は眼下の白馬を心配しながらも、両脚より大地へと落着。


 諸手で斧槍を握り締め、涙交じりの(まなこ)で異形体を睨み据えた。




「……化け物め」



「今ならばまだ退()き返せる。

 母上が築いた理念と無辜の民達は、まだ生きているんだ」



「黙れ! ヒトではなくなった身体で、尊厳で、生きていると言えるものか!」



「……くっ」



「『人の民』と『森の民』、棲み分けながらも一時は手を取り合い

 互いを尊重し合える未来を……お父様が築いた理想を信じていた!」


 (あし)(はら)に力を込めて、大地を踏み締めながら斧槍を構える。

 (こと)()と共に、(こと)()を異形体へと傾けながら――



「でも一度(ひとたび)呪いが蔓延すればこの有様よ。

此処から『人の民』と『森の民』の境目が見えるかしら?

尊重すべき境界線(ヴィートボルグ)』は何の役に立ったというの?」


 斧槍の穂先を鋭く傾け、徒歩(かち)にて駆け出し突撃体制に移る。


 白馬を奪われても女性騎士の真髄である吶喊戦術の暴威が削がれることは無し。

 必殺の一撃を以て、眼前の異形体を討ち破る意向である。




「全てを()いて、やり直させる……そのための『グラナグラム』よ」



「だから自分自身を誘導針にして、この都市に墜とすというのですか。

 ()き尽くすことが救済になるとは思えない。俺は絶対に認めない!」




「黙れと言った!! これが私の、いえ……私達が導き出した答えだ」


 女性騎士が脳裏で想起するのは、肉体を悍ましき結晶へと変えた両親達。

 数多の同胞、部下、領民、そして……彼女にとって掛け替えのない大切なヒト。


 多くの者を奪ったこの呪詛は、グレミィル半島の外にまで広がろうとしている。

 故に、生き残った者達ごと全てを()き尽くすしかないと決意したのだ。



「……それだけは絶対に阻止してみせる。

 この身に代えてでも生き残った民を守る。そして貴方達の尊厳と理想も守る!」


 異形体の中枢を担う男性は、胸部に埋め込まれた宝玉の前で()を重ねて、祈りを捧げた。



「……頼む。今一度この不甲斐ない俺に、どうか力を貸してくれ。

 君と同じように、罪なき民を守る力を俺は欲する!」


 すると、その言葉に呼応するかのように宝玉が黄金色に輝き始め、夥しい量の魔力を伴う光粒が溢れ出す。


 然れど、黄金の光粒は即座に闇に染まり尽くし、極夜の帳の如く纏わり付く。

 異形体の悍ましさの位階が更に一段と深化していった……。




「…………」



「…………」


 両者の間に後戻りの適わぬ決別の兆しと、死闘の匂いが充溢していく。

 成すべき想いを遂げる為に。互いが互いを討つべき宿痾であると定めるために。





『――来たれ、尖風(ディア・ヴィンタル)!』



 ダ  ン  ッ  … !!


 女性騎士が大地を蹴り、圧縮された風を噴かせながら一挙に跳ぶ。

 狙いは一点、異形体の中枢。双子の弟の喉首へと穂先を突き立てるべく一条の彗星と化して吶喊したのだ。


 常軌を逸する速力は、騎馬突撃をも凌駕する彼女の真骨頂。


 矮躯の女性騎士が数多の害敵を打ち破ってきた、限りなく常勝に近しい世界を変える風の(いさお)



 これに対して極夜の帳を纏った異形体は、竜の頭に加えて白馬の捕縛に割り当てなかった残りの"腕"を稼働させて彼女を阻もうとした。

 背後に(そび)えるのは、僅かに生き残った領民達が身を寄せ合う最後の砦。

 グレミィル半島を存続させる為の、最後の希望なのかもしれない者達だ。



 高潔なる女性騎士 と 悍ましき異形体。


 白夜の如き甲冑 と 極夜の如き魔力の帳。


 滅ぼす者 と 守る者。


 同じ血を別けた双子の姉 と 弟。



 対極にして鏡合わせな両者の姿は、旧き御伽噺(ユメ)のようですらあったと、後に語られることとなる。




「…… うぅ あ あ ぁ ぁ ぁ !!」



「貴方は此処で俺が止めてみせる! 姉上の理想は、俺が遂げてみせる!」



 絶叫と共に激突する姉弟。二人の最後の闘いが、激しく幕を開ける。


 一方、城塞都市よりも北側に位置するグラナーシュ大森林では、一筋の翠礫が遥か虚空の彼方へと昇り始めていた。






 ()の翠礫の銘こそは―――




 幻 創 の グ ラ ナ グ ラ ム


~ 貴き白夜と堅き極夜 ~



挿絵(By みてみん)

・皆様、お初にお目にかかります。作者の黒垣という者でございます。

 この度は貴重なお時間を割いてプロローグを読んで下さり、誠にありがとうございました。


・この姉弟が如何にして擦れ違い、最後の闘いを演じるに至ったのかを

 これから描かせていただきます本編でお楽しみいただければ幸いです。


・もし良ければブックマーク登録や評価をしていただければ今後の励みとなりますので、是非よろしくお願いいたします!

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Xから来ました。 文章力と地の文の使い方??空白の入れ方などがえぐ……上手すぎて、言葉になりません。世界観も好みで先が気になりますね。 些細な応援ですがブクマ評価します。 続きも拝読いたしますm(_ …
はじめて感想を書かせていただきます、南方紫雲と申します いつも、文章とイラストの両方が巧みで、才能あふれる方だなと思っておりました。 プロローグ、楽しく読ませていただきました。いきなり行き着く所を見せ…
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