招き猫
「これが……楽園の崩壊の始まり……?」
リリスが不安そうに呟く。その言葉に俺も唾を飲み込んだ。時間がない。このままでは、俺たちが目的地に辿り着く前に楽園が完全に崩壊してしまうかもしれない。
「とにかく、Eden Coreに向かおう。そこに行けば、何が起こっているのかはっきりするはずだ」
監視役が先導する形で俺たちは慎重に歩を進めた。道の途中、幽霊のような影が立ちすくんでいた。それはかつて住人だった者たちの名残なのか、プログラムの破片が具現化したものなのかは分からない。ただ、彼らは立ったまま微動だにせず、虚ろな目で楽園の崩壊を見つめていた。
「……何か言ってる?」
アミリアが耳を澄ませると、幽霊のような影たちがぼそぼそと囁いているのが聞こえた。
「……楽園は……偽物……楽園は……嘘……」
「……我々は……夢を見ていたのか……?」
ぞくりと背筋が寒くなる。彼らは今になって、この世界が楽園ではないことを悟り始めているのだろうか。
「マスター、早く行きましょう……彼らに触れるのは危険です」
アミリアが不安そうに俺の袖を引いた。その表情はどこか怯えているようにも見えた。俺たちは深く関わることを避け、彼らの間を慎重に通り抜けた。
道を進むにつれ、異常はますます顕著になってきた。楽園の空が不気味に歪み、建物が崩れ落ちては消えていく。足元の大地すら不安定に揺れ、まるで空間そのものが解体されていくかのようだった。
「マスター! 気をつけてください!」
アミリアの叫びと同時に、大地が突然陥没し、巨大な黒い穴が出現した。俺は咄嗟に後ろへ飛び退いたが、危うく飲み込まれるところだった。
「……危なかった……」
心臓が跳ねる。楽園の崩壊は物理的にも進行している。ここに長く留まること自体が命取りになる。
「時間がない。急ぐぞ!」
監視役が鋭い声を上げる。俺たちは息を切らしながら、Eden Coreを目指して走り出した。
数分後、俺たちは中央管理区の最深部へと続く巨大なゲートの前に立っていた。そこは今まで見てきたどんな場所とも異なり、神秘的な光がうっすらと揺らめいていた。
「これが……Eden Coreの入り口……?」
俺がそう呟くと、ゲートの中央にある制御パネルがゆっくりと光を放った。
『アクセス承認――許可された者のみ入場可能』
「……誰が入れるって?」
リリスが不安そうに訊ねると、監視役がゆっくりと歩み寄り、パネルに手をかざした。しかし、次の瞬間、警告音が響き渡った。
『認証不可。権限不足』
「俺は……認証されない?」
監視役が僅かに表情を曇らせる。
「では、マスター。試してみてください」
アミリアの言葉に従い、俺は恐る恐る制御パネルに手をかざした。すると、今度は警告音は鳴らず、静かにゲートが開き始めた。
『アクセス承認――特別許可者、入場可能』
「俺だけ……?」
俺は驚きながらも、開かれたゲートの向こうを見つめた。その先には、今までとは異なる、まるで現実世界のような景色が広がっていた。
「マスター、あなたが選ばれたんです」
アミリアが静かに言った。
「……行くしかないか」
俺は覚悟を決め、Eden Coreの中へと足を踏み入れた。




