突入
監視役との緊迫した話し合いを終え、俺たちは再び中央管理区への道を進み始めた。先ほどとは違い、監視役は俺たちに同行してくれている。その存在は頼もしかったが、楽園の状況は予想以上に深刻さを増していた。
空は薄暗く、まるで暴風雨の直前のような陰鬱な空気が漂っている。周囲の建物は歪み、亀裂が走り、崩壊寸前の姿を見せていた。街路樹は枯れ果て、道には見覚えのない黒い霧がうっすらと流れている。先ほどまでは辛うじて存在していた住人たちの姿は、今では完全に消えてしまっていた。
「これ、本当に電脳楽園なのか?」
俺の口から思わず漏れた疑問に、監視役が厳しい表情で答えた。
「正確に言えば、かつての楽園の姿だ。今は魂の暴走が引き起こした異常現象で歪んでしまっている」
「魂が暴走するって、そんなことあり得るのか?」
アミリアが神妙な面持ちで問いかける。
「もともと電脳楽園は、人間の意識をデータ化し、その魂を仮想的に生かし続けるシステムだ。だが、メルトダウンの事故で死亡した人々の意識は、中途半端にシステム内に残ってしまった。それが時間と共に蓄積し、負の感情と融合して暴走を始めたんだ」
「負の感情……?」
リリスの不安げな問いに、監視役が頷く。
「ああ、悲しみ、苦しみ、怒り、恨み――そうした感情だ。彼らの魂は、電脳世界で満たされるはずだった幸福とは真逆の状態に陥ってしまったんだろう」
俺は改めてこの世界の深刻さを思い知った。こんな状況が続けば、確かに崩壊は避けられないだろう。
「でも、俺がここに呼ばれたことと、どんな関係があるんだ?」
監視役は静かに俺を見つめると、小さく息をついて答えた。
「それはまだ完全に解明できていない。だが、君の存在が偶然だとは到底思えない。もしかすると君が持つ何らかの特性が、魂の暴走を止める鍵になるのかもしれない」
俺は自分の手をじっと見つめた。何の取り柄もなかった自分が、まさか未来の運命に関わるような特別な何かを持っているなど、簡単には信じられない。しかし、この状況で迷っている暇はなかった。
「まあ、何にしても俺にできることをやるだけだ。俺たちには他の選択肢もないしな」
俺の言葉に、アミリアとリリスが力強く頷く。
しかし、再び前進を始めた俺たちの前に、突如として濃密な黒い霧が立ちはだかった。その霧は徐々に形を持ち、人間のような影が次々と現れた。影たちは悶え苦しむように揺れ動き、不気味な呻きを上げている。
「これは――メルトダウンの犠牲者たちの魂が!」
アミリアが青ざめた顔で叫ぶ。
影たちは呻きを上げながらゆっくりと近づいてきた。その声は耳障りで、俺たちの心を激しく揺さぶる。
「許サナイ……俺タチヲ見捨テタ世界ヲ……」
俺は背筋が凍るのを感じながら、監視役を見た。
「どうすればいい? ここを突破しなきゃEden Coreには辿り着けないんだろ?」
「戦うのは無駄だ。魂は物理的な攻撃が通じない。迂回するか、彼らの注意を逸らすしかない」
俺たちは迂回路を探そうとしたが、魂の群れは素早く俺たちを囲い込み、逃げ道を塞いでしまった。
「逃ゲルナ……一緒ニ苦シメ……!」
魂の叫びは徐々に強まり、俺たちは追い詰められていく。
「このままじゃやられる……!」
俺が覚悟を決めようとした瞬間、監視役が前に踏み出し、腕を高く掲げると周囲がまばゆい光に包まれた。闇の群れがその光に押され、わずかに距離を取る。
「行くぞ! 今のうちだ!」
監視役の声に促され、俺たちは全力で駆け出した。背後では魂の呻きが激しく響いている。
「監視役、お前、そんな力も持ってるのか!?」
「緊急時の防衛手段だ。ただ、あまり何度も使えない」
息を切らしながら俺たちは暗い路地を抜け、ようやく安全な空間に辿り着いた。だが、安心している余裕はなかった。すぐにでも次の攻撃が来るかもしれない。
「ここからが本当の勝負だ。覚悟を決めろ」
監視役の言葉を胸に刻み、俺たちは再び決意を固めた。Eden Coreに隠された真実を求め、最後の戦いに向けて歩き出した。




