電脳墓
サーバールームは広大だった。まるで巨大な体育館のような空間に、無数のサーバーが整然と並んでいる。天井は遥か高く、壁際まで無機質なラックが並んでいて、その隙間を縫うように無数の配線が張り巡らされている。
「改めて見ると、広いな……」
俺の声が虚しく響き渡った。ここには俺とアミリア以外、人の気配など微塵もない。文字通り「鼠一匹いない世界」だ。
「人類が全て電脳楽園へ移行した後、この場所には誰もいなくなりましたから」
アミリアが静かに説明する。
「なあ、そもそも人類はどうして電脳世界に行くことを選んだんだ?」
俺が素朴な疑問を口にすると、アミリアは少し遠い目をして答え始めた。
「最初は、身体が不自由な方や、高齢者が肉体の限界を超えて自由な生活を送れるように、という目的で始まりました。やがて若い人たちもデバイスを使って遊び感覚で電脳世界に入るようになり、徐々に電脳楽園が人々の生活の中心になっていったんです」
「現実よりも魅力的になったってことか……」
「ええ。現実世界でできることよりも、電脳楽園の方が遥かに多くのことを自由にできるようになり、人々は徐々に現実世界を離れていきました。そして気づいた時には、もう戻ってくる人がほとんどいなくなっていました」
俺はサーバールームの静寂に耳を傾ける。ここに響くのは、サーバーが稼働する低い音だけだ。
「地球は永遠ではありません。あと数億年後には太陽の変化により、この星も消えてしまいます。だから人類は、電脳世界のデータが収められたこのサーバールームごと、宇宙に打ち上げられる予定を立てているんです」
アミリアの声には、どこか寂しげな響きが含まれていた。
「宇宙に……? つまり、人類の文明はこのサーバールームに集約されて宇宙を漂うってわけか」
「はい。データの形で未来永劫、人類の意識が生き続けることになるでしょう」
俺は再び周囲を見回す。広大なサーバールームは人間の存在を示す唯一の名残だが、その名残すらいずれは地球から去ってしまうのだ。
(人類の歴史が、こんな形で終わりを迎えるなんて……)
俺の胸に複雑な思いが去来した。この静寂な世界は、人間が自らの意思で選んだ未来だ。だが、そこに至るまでにはきっと、数えきれないほどの物語や決断があったに違いない。
「マスター、大丈夫ですか?」
「ああ、少し考え込んじまっただけだ。でも、やっぱり俺たちは進むしかないんだろうな」
アミリアは頷き、優しい表情で俺の隣に立つ。
「はい。私たちは真実を見つけ出すためにここにいます。それがどんな答えであっても」
俺はもう一度、この静かなサーバールームに目を向けた。この場所が持つ意味を改めて噛み締めながら、次なる行動への覚悟を決めた。




