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リジェクターズ

 旧データ保管施設へ向かう道は、人の気配がほとんどなく寂れていた。静かな空気が重苦しく漂う中、俺たちは慎重に歩みを進める。長年放置されたせいか建物は劣化が激しく、壁にはところどころひび割れが走り、廊下のライトも点滅している。


「まるでホラー映画のセットだな……」


 俺が冗談めかして呟くと、アミリアは微笑みながらも警戒を解かず、周囲を慎重に確認している。


「本当に不気味ですね。ここで誰かが活動しているなんて、にわかには信じられませんが……」


 リリスも不安そうに周囲を見回し、端末の画面を確認する。


「でも、確かにログはここを示してるんだよね。最近誰かが頻繁にアクセスしてる……」


 その瞬間だった。廊下の奥から低く冷たい女性の声が響いた。


「誰? こんな場所に立ち入るとは、興味深い」


 暗闇から静かに歩み出たのは、白いコートを羽織った銀髪ショートヘアの女性だった。冷たい眼差しが俺たちを射抜く。


「お前……誰だ? 監視役の仲間か?」


「監視役? あんな連中と一緒にしないでほしいわね。私たちは『リジェクターズ』……電脳楽園そのものを否定する者たち」


「リジェクターズ?」


 アミリアが小さく呟き、猫のぬいぐるみを強く抱きしめる。


「そうよ。電脳楽園は虚構に過ぎない。人間が本来持つべき自由な意志を奪い、偽りの平和を与える装置。私たちは、その支配構造を根底から覆すことを目的としている」


 冷淡な口調だが、その言葉には明確な意志が宿っていた。彼女の瞳には、揺るぎない覚悟が宿っているようだった。


「支配構造って……電脳楽園は、人類が望んで辿り着いた場所だろう?」


 俺がそう言うと、彼女の目に強い軽蔑が宿った。


「本気でそう思っているの? あまりにも無知ね。人類が自ら望んでこうなったわけではないわ。Project Eden……あの忌まわしい実験が、人々を追い込み、逃げ場をなくして強制的に選択させただけのこと」


「それは違います。人々は自分の意思でこの世界を選びました」


 アミリアが反論すると、女性は冷ややかに笑った。


「AIにそれを語る資格があるの? あなた自身もまた、人間に作られ、縛られている存在よ。与えられた役割を忠実にこなすだけの、可哀想な道具にすぎない」


 アミリアが息を呑んだ。彼女が手に抱いた猫のぬいぐるみが、わずかに震えたように見えた。


「それに、あなた――」


 その鋭い視線が俺に向けられる。


「あなたは特に危険よ。完全な電脳移植を受けていない人間がこの世界に接続を続ければ、脳神経が徐々に蝕まれて、最終的には取り返しのつかないダメージを受ける」


「なに……?」


「フリーズ現象は、その前兆に過ぎないわ。あなたたちが追っているものは、触れてはいけない領域なの」


「それでも、俺たちは真実を知る必要がある」


 俺は揺るがない視線で返した。女性は呆れたように溜息をつき、ゆっくりと腕を上げた。


「言っても無駄なようね。残念だけど、これ以上踏み込ませるわけにはいかないわ」


 その瞬間、廊下の光が一斉に消え、俺たちの身体はまるで硬直したように動かなくなった。


「くっ……何を……!」


「簡単なアクセス干渉よ。これくらいで抵抗できないなら、この先に進む資格はないわね」


 俺たちは20秒ほど動けないまま、何もできずに立ち尽くした。その後、女性が静かに口を開く。


「もう少し慎重になさい。真実はあなたたちの想像以上に恐ろしいものよ。……それでも進むというなら、止めはしないけど」


 やがて干渉が解かれ、再び自由を取り戻したときには、女性の姿は消えていた。息を荒げながら、アミリアとリリスを見る。


「リジェクターズ……厄介な連中だな」


「はい。でも、彼女が言ったことにも一理あります。Project Edenに触れるということは、予想以上の危険が伴うかもしれません」


「でもさ、やめるつもりはないんでしょ?」


 リリスが不安げに聞くと、俺は力強く頷いた。


「ああ。このまま放置はできないしな。俺たちがやるしかないだろ」


 俺たちは再び前に進み始める。その心にあるのは、不安と決意が入り混じった覚悟。


(彼女の言う通り、真実は俺たちの想像を超えるかもしれない。でも、俺はもう逃げるつもりはない)


 薄暗い廊下を進みながら、俺は拳を強く握りしめた。



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