電脳楽園へのダイブ
俺は息を呑んだ。
目の前にそびえ立つ装置は、まるでSF映画の未来技術そのものだった。
サーバールームの奥に設置された二台の端末──それは、椅子のような形状をしており、頭部を覆うヘルメット型の装置が取り付けられている。背もたれ部分には無数の細いケーブルが繋がり、今もなお微かに光を放っている。
アミリアが嬉しそうに装置を指さした。
「これが、電脳楽園へのゲートです!」
「……おいおい、どう見ても怪しいだろ。これ、本当に安全なのか?」
「もちろんです! マスターは以前も何度も使っていましたから!」
そう言われても、俺にとっては初めてのものだ。内心、不安しかない。
「どんな感じなんだ? 意識が消えて、データとして飛ぶのか?」
「いえ、意識はそのまま移行しますよ。寝るような感覚です。目を閉じたら、次に開くときには楽園の中にいます」
俺はもう一度、装置を眺める。
この未来世界には、人間の肉体はもう存在しない。意識だけがデータとして保存され、仮想空間の中で生き続けている……。
もし、それが事実だとしたら──
俺がこれを使えば、かつての人類に会うことができるのか?
「……やるしかないか」
俺は意を決して装置に座った。
アミリアが手際よく操作し、俺の頭にヘルメットを被せる。中はひんやりしていて、まるで現実世界から切り離されたかのような感覚があった。
「それでは、ダイブを開始しますね!」
「おい、ちょっと待て──」
言いかけた瞬間、視界が暗転した。
次の瞬間、俺は別の世界に立っていた。
目の前に広がるのは──
青い空。
白い雲。
陽の光が降り注ぎ、そよ風が心地よく吹き抜ける。
見渡せば、そこにはまるで現実のような街並みが広がっていた。整然と並ぶ高層ビル、緑にあふれた公園、石畳の広場。人々が行き交い、談笑し、穏やかな日常を楽しんでいる。
「……これが、電脳楽園?」
思わず呟いた。
どこからどう見ても、現実そのものだった。
俺は自分の手を見つめ、ぎゅっと握る。
感触がある。
風の流れも感じる。
匂いすらも──
「どうですか?」
後ろから聞き覚えのある声。
振り返ると、アミリアがそこに立っていた。さっきまでと変わらぬ姿で。
「……お前も入れるのか?」
「はい! 私もこの楽園を管理するAIですから!」
「そうか……」
俺はもう一度、周囲を見渡す。
あちこちに人がいる。
老若男女、いろんな人間が生活している。
広場では、子どもたちが楽しそうにボール遊びをしていた。石畳の道を歩けば、小さなカフェが軒を連ね、美味しそうな匂いが漂ってくる。公園ではカップルが芝生に座り、楽しげに語り合っている。
「なあ、アミリア。ここはいつもこんな感じなのか?」
「はい! ここはみんなが望んだ理想の世界ですから」
アミリアはにっこり微笑む。
「……そうか」
俺は胸に湧き上がった疑問を飲み込み、街を歩き続けた。
不思議なことに、歩けば歩くほど、この世界の自然さに驚いてしまう。路地裏には猫が寝そべり、噴水の水音が涼やかに響いている。
どこを見ても、平和そのもの。
不安が徐々に薄れ、俺は次第にこの場所を楽しみ始めていた。
ふと、広場のベンチに腰を下ろすと、アミリアが隣に座った。
「どうですか、マスター?」
「……正直、想像以上だ。これならみんなが来たくなる理由も分かる気がする」
「ですよね!」
彼女の満足そうな笑顔を見て、俺も少し気が緩む。
だが、ふと見上げた空には、雲ひとつない完璧な青空が広がっていた。
──完璧すぎるほどに。
その完璧さが、なぜか俺の胸にほんの小さな影を落としていた。