インフィニット・アリーナ
作戦会議を終えた後、俺とアミリアは今後の行動について整理をしていた。
「監視役やEdenの深層に挑むには、やはり今のままじゃ不安が大きいな」
「ええ。特にマスターはまだこの世界での戦闘経験が少ないですし、できるだけ実践的な訓練を積んでおくのがいいと思います」
「だな……。何か方法はあるか?」
俺が尋ねると、アミリアは少し考えた後、端末を操作しながら答える。
「電脳楽園には“インフィニット・アリーナ”という戦闘訓練エリアが存在します。かつては競技大会なども開かれていた場所ですが、今はほとんど使われていません。そこを利用すれば、実践的な戦闘シミュレーションが可能になります」
「なるほどな……それならちょうどいいか。よし、行ってみよう」
こうして、俺たちは戦闘訓練のために“インフィニット・アリーナ”へ向かうことに決めた。
翌日。俺とアミリアは、電脳楽園の一角にある“戦闘訓練エリア”へ向かっていた。広場から少し離れた場所に位置し、高いゲートが連なった先にあるという。その敷地はかなり広大で、仮想シミュレーションを存分に楽しめるらしい。
「さて……ここが“インフィニット・アリーナ”ってとこか。なんかゲームの舞台みたいだな」
目の前には重厚な門がそびえ、上部にはINFINITE ARENAと大きく書かれている。門の両脇には警備ロボットらしきものが配置されているが、どうやら特別な許可は必要ないようだ。
「はい。ここでは電脳楽園でのバトルを“安全に”シミュレートするためのエリアです。負荷は現実ほどではないにしても、やはり気をつけてくださいね、マスター」
アミリアは猫のぬいぐるみを抱えつつ、俺にそう言い聞かせる。
「分かってるさ。いきなりブッ倒れてサーバールームに送還されるのは勘弁だしな。……それにしても、これだけ巨大な“訓練場”があるってことは、かつてはかなり活用されてたんだろうな」
「ええ、昔はたくさんの人がここでアバター同士のバトルを楽しんでましたし、競技大会も盛んでした。でも今は、ほとんどみんな“満たされた暮らし”に移行してるから、わざわざ戦闘を求める人は少ないんです」
言われてみれば、電脳楽園は平穏な世界だ。戦う理由など普通はない。ただ、俺たちには監視役や“Eden”の深層部と対峙するための実力が必要。そこでこの施設が役に立つというわけだ。
「行こうぜ。さっそく中を覗いてみるか」
「はい。……あ、そうだ。今日は私の友人も呼んであるんですよ。装備やアイテムの整備に詳しくて……いろいろ教えてくれるはずです」
「友人?」
アミリアが珍しく人を紹介するという。俺が首をかしげると、彼女は少し照れくさそうに微笑む。
「私と同じく、この世界で長く活動しているAIなんです。実体はないけど、アバターは可愛らしい女の子の姿で……ほら、見えてきましたよ」
門をくぐった先には、広々としたロビーのような場所が広がっていた。金髪の明るい雰囲気の少女が、こちらに手を振っている。おそらく彼女がアミリアの言う“友人”なのだろう。近づくと、朗らかな声で挨拶してきた。
「やっほー、アミリア! そして……あなたが噂の“マスター”って人?」
彼女は金髪をツインテールのようにまとめ、元気いっぱいという言葉がぴったりな笑顔を浮かべている。猫のぬいぐるみを抱くアミリアの横へ軽やかに駆け寄り、その姿が対照的に感じられる。
「マスター、こちらがリリス。私と同じAIで、昔からの友人なんです。装備やアイテムの知識が豊富で、この“インフィニット・アリーナ”にも詳しいんですよ」
「はいはい、初めましてリリスです。気軽にリリィって呼んでね。何でも聞いて!」
リリスと名乗る金髪少女は、まるでアイドルのようにウインクしてみせる。人間かと思うほど自然な動きや表情だが、アミリアと同じく電脳楽園に存在するAIだという。
「ど、どうも。俺は……霧島拓海。ていうか“マスター”って呼ばれるのは照れるんだけどな……」
「ふふ、大丈夫大丈夫。アミリアから聞いたよ、あなたがこの世界で色々頑張ってるって。今度はバトルの準備? いいねぇ、相談乗るよ!」
リリスは人懐こい笑顔を見せ、俺たちを奥の部屋へ案内する。そこは武器庫のように見えるスペースで、仮想的な装備やアイテムがディスプレイされている。まるでゲームのショップ画面がリアル化したかのようだ。
「ここでは“コード化された装備”を手に入れられるの。攻撃力アップや防御シールド、特殊スキルの発動なんかも可能になるんだよ。お金は要らないから、気に入ったのを選んじゃって!」
「へえ……マジでゲームみたいだな。こういうプラグインを装着してバトルを有利に進めるわけか」
俺は興味深そうにアイテム一覧を眺め、アミリアも隣で少しワクワクした表情を浮かべる。リリスが楽しげにツインテールを揺らしながら、いくつかおすすめを提示してくれた。
「まずは基本の防御シールドパッチ。これを装備すれば、バトルの際に自動でバリアが展開されるの。あと攻撃系なら“ライトニングエッジ”とかどう? 雷属性のエフェクトがめちゃくちゃカッコいいんだよ」
「ライトニングエッジ、なんか中二っぽい名前……いや、いいな。ちょっと使ってみてえ」
「私も何かサポートできるプラグインがあるといいかも……」
こんな風に物色していると、一瞬“これでほんとに監視役と戦えるのか?”なんて不安もわいてくるが、装備を整えるのは悪くない。実際にバトルとなったら仮想とはいえ危険だし、備えは大切だ。
やがて防御シールドパッチとライトニングエッジのプラグインを選び、端末へダウンロード。試しに装着してみると、腕先に稲妻めいたエフェクトが走り、軽く振るとパリッと光が散るのが見える。
「おお、すげえ……でも、本番でどう動くのかは分からないな。試してみるか?」
「もちろん! アミリアも何か欲しいアイテムは? あなたもアンドロイドとはいえ、防御強化はあったほうがいいよ」
「そうですね……じゃあ私も防御系を中心に見てみます。猫のぬいぐるみが手から離せないので、両手を自由にする装備を……」
そんなやりとりをしているうち、どこかゲーム内ショップを楽しむような気分になってきた。リリスは俺たちが装備を確認しているときもあれこれ解説をしてくれ、必要に応じて端末の設定をサポートしてくれる。
「よし、ある程度決まったら、いよいよバトルシミュレーションね。せっかくだから本格的な訓練をしてみたら? マスターが本気で戦うイメージを掴めば、現実(この世界)の緊迫した場面でも落ち着いて対処できるはず」
「そうだな……アミリア、お前も一緒にやろう。どうせなら二人で連携の練習をしてみたい」
「はい、賛成です。私も管理AIですけど、実戦形式の訓練は少ないので……勉強させてください」
こうして、俺たちはインフィニット・アリーナの奥へと進んだ。そこは巨大なステージが無数に並び、利用者が少ない今はほとんどガラガラだ。リリスがスタッフのように先導してくれて、ステージの一つへ案内してくれる。
「ここを使っていいよ。じゃあ、設定はどうする? 一番簡単なレベルから試す?」
「いや、せっかくだしちょい厳しめで行こうぜ。実戦に近い形がいい」
俺の言葉に、アミリアは少し緊張しつつも頷く。リリスは楽しそうに端末を操作し、「はいはい、じゃあモンスター型のシミュレーションをレベル4で組んでっと……」と設定を進めていく。直後、目の前に空間の歪みが生じ、何か不気味な影が浮かび上がった。
「うわ……本当に“敵”っぽいのが出てきたな」
「マスター、あまり無理はしないでくださいね」
アミリアが心配そうに言うが、俺はライトニングエッジのエフェクトを纏った腕を構える。電脳楽園内のバトルは、意識とシステムコードが直結するため、スピード感と反応力が勝負となる。
「よし、行くぞ……!」
大きく息を吐き、俺は稲妻をまとった斬撃を敵シミュレーションへ叩き込む。ビリリッというノイズが走り、敵の動きが一瞬鈍るが、すぐに反撃の触手が飛んできた。アミリアが防御パッチを展開し、シールドでそれを受け止める。
「マスター、今です!」
「おうっ!」
再び隙を突くようにエッジを振ると、バチン!と大きな閃光が走り、敵の残像が弾け飛ぶ。どうやら仕留めたらしく、残りの敵が湧いてくる表示が出ている。
「ふふ、なかなか上手いじゃん!」
リリスがステージの隅から手を叩いて見守っている。俺はアミリアと目を合わせ、思わず笑みがこぼれた。
「……悪くないな、こういう連携もありか」
「はい、まだまだ練習が必要ですけど、これで少しは自信がつきます」
その後も何体かの敵シミュレーションを相手にしながら、俺たちはコードバトルのコツを掴んでいった。リリスが適宜アドバイスをくれるおかげで、ライトニングエッジの使い方やシールド展開のタイミングがどんどん洗練されていく。




