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コーヒー

 朝の広場で簡単に言葉を交わしたあと、俺とアミリアは近くの落ち着いたカフェへと足を運んだ。人通りの少ない朝のうちに“作戦会議”をしようというわけだ。ちょうど開店したばかりのカフェは静かで、朝の陽射しがテーブルをやわらかく照らしている。


「メニューは……コーヒーとサンドイッチくらいにしとくか」


 オーダーを済ませ、俺たちは隅の席へ腰を下ろす。アミリアはいつものように猫のぬいぐるみを抱えながら、端末をすぐ操作できるようテーブルの上に置いた。俺も手元に端末を用意し、何かメモを取れるようにしておく。


「さて、そろそろ本格的に“メルトダウン”について整理したいと思うんだ」


 そう切り出すと、アミリアはこくりと頷く。


「はい。私も断片的な情報しかなくて……。監視役が示唆している以上、見過ごせない問題ですよね。もし本当に再発したら、この電脳楽園全体が危機に陥るかもしれない」


「そうなんだよな。で、今分かってることをまとめると……」


 俺は指を折りながら、思い出せる限りの情報を並べていく。


1. “メルトダウン”とは


過去、電脳楽園の深層で起こった重大な事故らしい。意識融合の実験が原因で、何らかの暴走が発生し、多くの被験者が精神崩壊を起こした可能性が高い。監視役が“地獄”と表現するほど悲惨だった。


2. 監視役の言葉


彼は“メルトダウン”を再び起こさせないために警戒しているようにも見える。俺たちを試すような態度を取りつつ、完全に排除はしてこない。ある意味、中立的な立場で見守っているのかもしれない。


3. アミリアの存在


監視役は、アミリアがもしかすると意識融合の試作体だった可能性を示唆。彼女自身は記憶がないが、“人間の意識が一部移植されているかもしれない”と言われている。


 こうして列挙してみると、いずれも曖昧なポイントが多い。俺がまとめ終わると、アミリアは端末の画面を見つめながら説明を補足するように口を開く。


「私のデータベースにも“メルトダウン”という単語は断片的に残っています。でも、権限外なのか詳細にはアクセスできないんです。なんだか、電脳楽園の開発初期のファイルがごっそりロックされているみたいで……」


「やっぱり、Edenの深層──中央管理区でもさらに奥にあるシステムに入り込まないと駄目かもしれねえな。前に行った深層領域もヤバかったけど、まだ全貌はつかめてないし」


「ええ。そこには“Eden Core”と呼ばれるメインサーバーの区画があると聞きます。私も管理AIではあるんですが、一部の領域には入れない仕組みになっていて……」


 アミリアは少し悔しそうな表情を浮かべながら猫のぬいぐるみを撫でる。カフェの店員ロボットが運んできたコーヒーがテーブルに置かれ、俺は一口啜った。軽い苦味が頭をすっきりさせてくれる。


「じゃあ、やっぱそこを狙うしかねえってことか……監視役は俺たちを試すようにしてたけど、最終的にどこへ導こうとしてるんだろうな」


「私が思うに、監視役は“メルトダウン”の再発を恐れる一方で、何かしらの“覚悟”を持った者を待っているんじゃないでしょうか。メルトダウンの本質を知り、制御できる人が必要……みたいな」


「なるほど……。実際、あいつは強硬な排除をしてこなかったしな。俺たちにヒントらしきものを与えて“見届ける”って感じだった」


 俺は頭を掻く。過去の大惨事を思うと胸がざわつくが、それを放置しておくのは危険すぎる。何とかして“Eden Core”にアクセスする方法を探らないと、前へ進めない気がした。


「それと、俺も気になるのはアミリアの存在。お前が言うには、自分がただのアンドロイドだと思ってたわけだが、もし本当に人間の意識が混ざってるなら……」


「はい……。実は、私も少し感じていることがあって。普通のAIとしてのプロセスとは別に、“人間のような感情”を自覚する瞬間があるんです。もちろんアンドロイドでも疑似感情は作れますが、それとは違う……何と言えばいいんでしょう」


 アミリアは言葉を選ぶようにして、視線を落とす。俺は軽く唇を噛んだ。確かに彼女の言動は、アンドロイドというより人間に近いものを感じさせるし、それがもし“融合”の影響だとしたら……。


「まあ、あれこれ考えても仕方ねえ。結局は深層部か“Eden Core”まで行かねえと確証が得られないし。それまで、お前が苦しむ必要はないさ。ゆっくり、可能性を探っていこうぜ」


 アミリアはほっとしたように微笑み、端末の画面を閉じた。猫のぬいぐるみを抱えたまま、コーヒーを一口飲む。「アンドロイドに味覚は不要」と言いつつ、彼女はこういう行動をよくする。そこがまた人間らしい。


「じゃあ当面の作戦は……まず、中央管理区のさらに奥、権限がロックされている区画を探る。そこに行くにはどうすればいいか……?」


「ええ。管理AIの私でも入れない領域があるので、何か特別なキーか、監視役が持っているような権限を奪う必要があるかもしれません。あとは、サーバールームの装置からシステムを操作できる可能性もゼロじゃないですね」


「サーバールームな……あそこなら俺たちが現実に戻るのも簡単だし、もしかしたら装置を使って深層権限を拡張する方法があるかもしれない。お前が管理してる装置だし、何か裏コマンドとかないのか?」


 俺が冗談めかして言うと、アミリアは少し首を傾げる。


「うーん……思い当たらないですけど、試してみる価値はありますね。装置の開発者はマスターの“元の持ち主”というか、私のかつての所有者でしたから。どこかに秘密が残っているかも」


「そいつだよな、問題は。お前の本来の“マスター”がどんな意図で装置を作ったのか、まったく知らないし……その人物は今どこにいるのかも不明だし」


 話し合うほど、謎は深まるばかり。でも、こうやって作戦を立てるのは悪くない。むしろ、何をすればいいか少しずつ見えてくるのが楽しい気もする。俺は端末にメモを残し、最後に大きく一息ついた。


「とりあえず、今日はこんなとこにしておくか。頭に詰め込みすぎると破裂しそうだし、何かヒントが出たらまた集まろう。お前も気を張りすぎないで、適度に休めよ」


「はい。マスターも、無理せずに……。私は猫のぬいぐるみと一緒に、ログをもう少し読み返してみますね」


「おう、頼んだ」


 コーヒーを飲み干し、俺たちはカフェを出る。人々が少しずつ増え始め、街も活気づいてきた。電脳楽園の朝は清々しく、何事もない平和がそこにある。だが、その裏で“メルトダウン”の再来を防ぐために、俺たちは着実に動き出さなくてはならない。


(そういえば、いつでも戻れるんだよな……。でも、今はまだ帰らない。ここでやることが山ほどあるからな)


 そう自問しながら、アミリアと並んで歩く。猫のぬいぐるみを抱えた彼女の姿は相変わらずの可愛らしさだが、その瞳の奥には揺るぎない決意が宿っているように見えた。


 それは俺も同じだ。作戦会議という一歩を踏み出した以上、逃げるわけにはいかない。今こそこの電脳楽園の深淵に踏み込み、謎と恐怖を断ち切る覚悟を固めるときなのだ。

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