帰り方
遊園地で思い切り遊んだあとの夕暮れ――俺たちは心地よい疲れに包まれながら宿泊区画へと戻った。電脳楽園といえど、精神的な安定のために“就寝モード”が推奨されている。ここ数日の重い出来事を思えば、一度しっかり眠りたいというのが本音だった。
(……そもそも、俺はどうしてこの“未来”に来ちまったんだろう)
そんな疑問が頭をよぎる。原因不明のタイムスリップによって、気づけば人のいないサーバールームに放り出されていた。そこで出会ったのが、アンドロイドのアミリア――そして、俺は彼女に案内される形でサーバー内の電脳楽園へ入り、こうして楽園を巡っているわけだ。
端末が小さく振動し、通知が表示される。画面を見ると、アミリアからのメッセージが届いていた。
『マスター、明日はどうしますか? せっかく遊園地でリフレッシュできましたけど、やるべきこともたくさんありますよね』
俺はベッドに腰かけ、大きく伸びをする。しばらく考えたあと、端末に返信を打ち込んだ。
『とりあえず今夜は寝て、明日の朝に広場で話そうぜ。最近、いろんなことがありすぎだし、一旦整理もしなきゃな』
『分かりました。では、おやすみなさい、マスター』
そうしてメッセージを送信し、端末を枕元に置く。静かな部屋の中、電脳楽園とは思えないほどのリアルな眠気が俺を包み込んだ。
(サーバールームには、あの装置がある……あれに座って意識を飛ばすことで、俺はこの世界に来てるんだ。戻るときは一体)
そんな考えを巡らせながら、いつの間にか眠りに落ちていった。
翌朝。電脳楽園の空は、システムに合わせてゆるやかに明るくなっている。宿泊区画を出ると、大通りを抜けて広場へ向かう。人もまだ少なく、朝の冷気が心地よい。
(アミリアはもう来てるかな……)
噴水のある広場に到着すると、やはり彼女が先に待っていた。猫のぬいぐるみを抱え、噴水の水面を見つめながら、そっと振り返る。
「おはようございます、マスター。よく眠れましたか?」
「ああ。おかげで頭もスッキリしてる。お前も大丈夫か?」
「はい。アンドロイドの私でも、就寝モードはやっぱり安らぎますね」
朝の光に照らされた広場は、まだ人影もまばらでゆったりとした雰囲気。俺たちは噴水の縁に腰を下ろし、昨日の続きの話を始める。
「……そういえば、改めて確認しておくけど、俺たちっていつでもサーバールームへ戻れるんだよな?」
俺がそう切り出すと、アミリアはこくりと頷く。
「はい。マスターが最初に到着したあのサーバールームには、私が管理する装置があります。そして、電脳楽園の内部からサーバールームに戻る方法として、“脱出ボタン”をマスターの端末に追加しました。これを使えば、いつでもサーバールームへ転送できます。」
「まあ、戻るにしても、さすがに原因が分かるわけじゃないし……。それに、今はまだやることがある。メルトダウンのこととか、“Eden”の深層の謎とか……」
「ええ。もし本当に戻りたいと決断したときは、いつでもサポートします。」
アミリアは淡々とした口調でそう言いながら、端末を操作する仕草を見せた。「もちろん私も一緒に戻れますし、どちらかが残る必要もありませんよ」
「まあ、今は戻る理由もないしな。電脳楽園でやるべきことが残ってるし、別に焦る必要もねえ」
俺の言葉にアミリアは軽く頷き、少し考えるように視線を伏せた。
「それに、マスターのタイムスリップの原因が分かっていない以上、軽率に現実へ戻るのも危険かもしれません。もし帰ることでさらなる影響があるとしたら……」
「たしかにな。帰った瞬間に問題が起こったらシャレにならねえし……。だからこそ、もうちょいこっちの世界で情報を集めるのが先だな」
二人で顔を見合わせ、静かに頷く。電脳楽園の朝は穏やかで、噴水の水音が心地よく響いていた。
二人で顔を見合わせ、自然と笑みがこぼれる。電脳楽園の朝は、静かで穏やかだ。俺たちはささやかな安心感を噛みしめながら、噴水の縁に並んで座った。
「……今日はどうする? 昨日みたいに遊ぶのもいいけど、そろそろ“Meltdown”の資料やら監視役の情報をまとめないと。今後の動きも考えておかねえとな」
「そうですね。どこか落ち着けるカフェにでも入って整理しましょうか? マスターが疲れない程度に、少しずつ進めていきましょう」
「そうだな。……よし、とりあえず朝飯でも食いながら作戦会議しようぜ」
アミリアは笑顔で頷き、俺の隣で立ち上がる。朝の光が噴水の水面をきらきらと照らし、猫のぬいぐるみの耳が小さく揺れた。まるで、この世界に生きる証拠のように。
(いつでも帰れる――それだけで、ちょっと気が楽になる。でも、今はまだ帰らない)
そんな決意を胸に、俺たちは広場を後にする。人々が少しずつ増えてきた街の通りを歩きながら、一日の始まりを感じる。タイムスリップによって未知の未来に来たという現実は変わらないが、アミリアと共に歩むこの時間を、俺は大切にしていきたいと心から思っていた。




