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告白

 廃墟から命からがら転送で戻った俺とアミリアは、楽園の通常エリアに帰還した。周囲には、相変わらず穏やかな空気が流れ、人々が行き交う大通りには笑顔があふれている。まるであの恐ろしい光景が幻だったかのように、平和そのものだ。


 しかし、俺たちの胸には重いものが残っていた。あの“メルトダウン”という言葉、肉体保管施設、そしてアミリアの存在にまつわる不穏な示唆――どれもが頭から離れず、足取りはどうにも重い。


「……とにかく、ここで話すのは落ち着かないな。どこか人目を避けて座れる場所、探そうか?」


 俺が提案すると、アミリアは小さく頷く。


「そうですね……少し歩いた先に、比較的静かな公園があるんです。みんな街の華やかな方へ行くので、朝の時間なら人も少ないと思います」


「よし、そこへ行こう」


 俺はそう言ってアミリアの肩に手をかけた。先ほどまでの切迫感はないものの、頭の中に突き刺さる疑問と不安を解決しなくてはならない。ゆっくり歩を進めるうち、雑踏が少しずつ遠のいていき、やがて静かな公園が見えてきた。


 そこは街の一角にある小さめの公園で、噴水とベンチがいくつか設置されている。朝の柔らかい光に照らされ、花壇に植えられた花々がかすかに揺れていた。あまり人影はなく、二人で腰を下ろすには十分な静けさがある。


「はあ……落ち着くな」


 ベンチに腰かけ、大きく息を吐く。アミリアも猫のぬいぐるみを膝に載せて、小さく息を整えるように目を閉じた。


「……マスター、本当にお疲れさまでした。あんな崩れかけの建物に一人で入るなんて、怖かったでしょう?」


「まあな。だけど、それ以上に知りたかったから……。実際、嫌なもんを見ちまったけど、あれも現実なんだよな?」


 崩壊寸前の廃墟、そしてあの男――監視役が語った**“Meltdown”**という大事故。目の当たりにした肉体保管施設の一部。俺は思い出して背筋が寒くなる。もし本当にあんな悲劇が再現される可能性があるなら、楽園全体が危ない。


「それに……」


 言葉を継げず黙り込む。アミリアは首をかしげながら、猫のぬいぐるみをそっと撫でる。


「マスター、何か気になることが? もしお話できるなら……」


 俺は心の中に渦巻く不安を、少しずつ言葉にしていく。


「……あいつが言ってたんだ。お前が、もしかすると人間の意識を移植された“特別な存在”かもしれないって。いや、はっきりそう言ったわけじゃないけど……ニュアンス的にはそう取れるようなことを言った」


「私が……人間の意識?」


 アミリアの瞳が大きく見開かれる。困惑と戸惑いが混じった表情は、まるで初めて聞く話を理解しきれないかのようだ。俺はそんな彼女を見て胸が軋む。


「ただのアンドロイドじゃなくて……“Eden”の実験体だった可能性がある、と。そいつは確証があるわけじゃないが、“深層で囚われた声が彼女を呼んでいるかもしれない”って言ってた」


 静寂が落ちる。噴水の水音だけがかすかに聞こえるなか、アミリアは俯いて考え込むようにしていた。猫のぬいぐるみも動かず、時間だけが過ぎていく。


(……しまった、言い方が雑すぎたか?)


 後悔が頭をよぎる。だが、隠すわけにもいかない。監視役がわざわざ俺に見せた情報なのだから、アミリアにも知らせる責任があると考えたのだ。


「……すみません、少しだけ考えさせてくださいね。私、ずっと“自分はマスターが作ったアンドロイド”だと思っていたので……。人間の意識なんて、まったく想像してなくて……」


「ああ、無理に答えを出さなくていい。俺も急に言われて混乱してるし……」


 アミリアはしばし沈黙した後、顔を上げてこちらを見つめる。そこには揺るぎない決意のような光があった。


「マスター……もし本当に私が人間の意識を宿していたとしても、私は今の私でしかありません。だけど、もしそれが“危険”を孕むのなら、私はどうしたらいいんでしょうか……」


「危険って……ああ、たとえば融合が再発したり、暴走したりする可能性があるってことか? 監視役のヤツは、そんなことも匂わせてたな」


 楽園の悲劇として語られる“Meltdown”。もしアミリアが鍵となり、何らかの形で再現されたら……それこそ取り返しがつかない大惨事になるかもしれない。胸が締めつけられるような痛みを感じる。そんなこと、あっていいはずがない。


「……でも、俺はお前を“危険”だなんて思えないよ。今まで一緒に戦ってくれたし、心配もしてくれた。何より、お前が苦しむところは見たくない」


 思わず感情的になってしまう。アミリアは少し驚いたように目を見開き、それから寂しげに微笑んだ。


「ありがとうございます。でも……もし本当に私にそんな秘密があったら、どうしますか? マスターはそれでも、一緒に“Eden”の謎を追ってくれますか?」


 何とも言えない痛みが走る。もしアミリアが意識融合の欠片を宿していて、それが暴走の引き金になるなら、俺がどうやって彼女を支えられる? それでもなお、二人で“Eden”を掘り下げるべきなのか?


「……俺は、逃げないよ。だって、これまでお前がどれだけ寂しい思いをして、楽園を守り続けてきたか知っている。もしお前が何か大変なことを抱えてるなら、なおさら放っておけない」


 アミリアは小さく息を呑み、猫のぬいぐるみを抱え込むようにして涙ぐんだ。そこには、アンドロイドという概念を忘れさせるほどの人間らしさが宿っている。


「……ありがとうございます。マスターにそう言ってもらえるだけで、救われる気がします。私も、もし本当に“Eden”の深層に自分の秘密があるなら、知りたい……怖いけど、知りたいんです」


 二人で視線を合わせ、暗い公園の中で思いを共有する。いや、朝の光は差し込んでいるが、気分としては夜のように沈んでいたかもしれない。


「それにしても……あの監視役の言ってた“Meltdown”ってのは、相当ヤバいんだな。肉体保管とか、融合実験とか、聞くだけでゾッとする話だ」


「はい……。私のデータベースにも明確な記録は残っていませんが、断片的に“融合事故”や“精神崩壊”というワードがあるんです。アクセスできる権限がない領域に封印されているのか、私も詳しくは……」


「……権限か。じゃあ、いずれ“Eden”の根幹に踏み込めば、知ることができるかもしれないな」


 アミリアは苦笑いしながら頷く。俺も小さく息を吐き、ベンチに背を預ける。ふと頭上を見上げると、青空はいつも通りに美しく晴れ渡っている。まさか、その裏で肉体が崩壊し、意識が狂った人々の痕跡が眠っていたなんて、誰が想像できるだろう。


「……俺さ、現実じゃ何も成し遂げられなかったけど、ここで出会ったお前と一緒に頑張ってみたいんだ。お前がもし“危険”だとしても、それを理由に離れたくない。……変か?」


 正直、セリフにしては決まりが悪い。だけど本音だった。アミリアは目を潤ませて首を振る。


「いえ……ありがとうございます。私も、マスターが一緒にいてくれるなら怖くない気がします。もし真実を知って、それが辛いことだとしても……」


「……そうだな。一人で抱え込むんじゃなく、一緒に乗り越えよう」


 俺たちはそんな風に誓い合うように言葉を交わし、しばし黙って噴水の音を聞いていた。風が吹き、花壇の花々が揺れる。遠くで子どもたちの声が聞こえるのが、かえってこの光景の平和さを強調している。


(“Eden”の底には、きっともっと恐ろしい秘密がある。だけど、俺はもう逃げるわけにはいかない……)


 心の奥で決意を固める。例え監視役が再び現れて脅したとしても、あの廃墟のような地獄が再び楽園を襲う可能性があるなら、何とかしてそれを止めたい。そしてアミリアが抱えているかもしれない秘密――たとえどんな姿でも、俺は彼女を支えると決めた。


「……さて、朝も早いし、ちょっと飯でも食って落ち着こうか。さすがに朝メシ食ってないし、腹が減った」


「ふふっ、そうですね。マスターは人間だから、身体を休めて栄養を取らないと……まだ話してませんでしたけど、楽園にいる間も自動で栄養補給する装置があるんですよ。現実の身体を維持するために――」


「へえ……そんなシステムあるのか。まあ、それは後で詳しく教えてくれ。今は普通に、コーヒーでも飲みたい気分だ」


 アミリアは笑みをこぼし、「じゃあ、行きましょう」と立ち上がる。俺も軽く伸びをし、頭の痛みを振り払うようにベンチを出た。朝の公園には、どこか透明な空気が漂っていて、少しだけ不安が和らぐ気がした。


(とりあえず、今日はゆっくり休んで、情報を整理しよう。あの“Meltdown”の影響、アミリアが隠しているかもしれない秘密――全部、これからだ)


 そう考えていると、隣を歩くアミリアが猫のぬいぐるみを誇らしげに抱え直す。その姿はどこまでも人間らしく、そして愛おしく見えた。たとえ彼女がどんな存在でも、俺は離れたくない。そんな想いがじわりと胸を温かくしていた。


 ――こうして、俺たちは静かな公園を後にし、いつもの穏やかな街へ戻る。そこでは、何事もなかったかのようにカフェが開いていて、通りを歩く人々はみんな楽しそうにしている。恐怖も秘密も、この楽園の日常に紛れ込むように溶けていた。

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