人類なき世界
「……いや、ちょっと待て。電脳楽園? 意識を移した?」
俺は混乱しながらアミリアを見つめる。
「はい!」
彼女はまるで「そんなことも知らないんですか?」とでも言いたげに胸を張って答えた。
「えっと……つまり、人類はみんなこの世界を捨てて、デジタルの中に行ったってことか?」
「そうです! 肉体の寿命や病気に縛られることなく、永遠に理想の世界で生きるために!」
「……理想、ねぇ」
俺は曖昧に呟きながら、広大なサーバーの列を見渡した。
意識をデータ化する技術。そんな話、俺のいた時代ではまだSFの領域だった。でも、ここが未来なら、そういう技術が実現していてもおかしくはないのかもしれない。
「でも、それって……要するに、人類はみんな自分の体を捨てて、こっちの世界には誰もいなくなったってことだよな?」
「はい!」
アミリアは満面の笑みで頷く。その表情があまりにも無邪気で、逆にゾッとした。
「……そんなこと、普通するか?」
「マスターは昔、こう言ってましたよ?」
アミリアは少し得意げな顔で言った。
「“生きることは苦痛を伴う。ならば、完全な幸福だけが存在する世界に行くべきだ”って!」
「……俺が?」
「いえ、以前のマスターが、です」
俺は複雑な気分になった。彼女の言う「マスター」が本当に俺と関係あるのかは分からないが、なんとなく、その言葉には違和感を覚える。
完全な幸福だけが存在する世界?
本当にそんなものがあり得るのか?
「……その電脳楽園ってやつ、どうやったら見られるんだ?」
「ふふん、マスターならそう言うと思いました!」
アミリアは満足げに頷くと、俺の手を取った。
「楽園へのアクセス端末があります! こっちです!」
彼女は俺の手を引いて、サーバー群の奥へと進んでいく。
まるでテーマパークの案内人みたいに楽しそうな顔をしていた。
この世界に俺しかいないのだとしたら、俺が驚いている様子すら、彼女にとっては久しぶりの刺激なのかもしれない。
(……まあ、行くしかないか)
俺は大きく息を吸い、彼女のあとに続いた。
そうして、俺は人類が残した「楽園」の扉を開けることになる。