表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/45

決断

 Eden Root Moduleを後にした俺とアミリアは、管理区の混乱を避けるように人気の少ない通路を抜け、なんとか外へと戻ってきた。先ほどまで深い闇の中で戦い、情報を漁っていたのが嘘のように、中央管理区の広いロビーはいつも通りの静かな空気に包まれている。


「……正直、体がぐったりだ。仮想空間でも、ここまで疲れるとは思わなかったな」


 ロビーの片隅にあるベンチへ腰を下ろし、俺は大きく息をつく。アミリアは猫のぬいぐるみを抱き直し、端末の画面を見つめたまま考え込んでいるようだった。


「私も……ここまで激しい“実戦”は初めてで……。普段は訓練のシミュレーションしか経験がなくて……正直、かなり消耗しました」


 彼女はそう言いながら、小さく息を吐く。さっきまで本格的なバトルを繰り広げたばかりなのだ。アンドロイドといえど精神的な負荷は大きかったのだろう。


「俺も……まさかあんな風に戦えるとは思わなかったよ。似たようなのをゲームとかで見たことあったけど、リアルで動いてみると全然違うし……」


 言いながら、自分の腕をぐるっと回す。痛みこそないが、妙な筋肉の張りと重さを感じる。心拍も上がったままで、仮想空間なのに不思議と“身体”が悲鳴を上げているように思えた。


 すると、アミリアがこちらを見て首をかしげる。


「そういえば、マスターは普通の大学生だって言ってましたよね? どうしてあんなに上手く動けたんです? コマンド入力や攻撃を回避したり……正直、驚きました」


「え、いや、全然大したことないさ。昔からゲームでアクションとか対戦モノは好きでやってて、なんとなく反射は身に付いてたのかな。あとは……この仮想空間のシステムが、俺の無茶に合わせてくれたんだと思う。実際、足がすくんだ瞬間もあったし、冷や汗もすごかった」


 そう言って笑おうとするが、思い出すとまだ心臓がドキドキしている。アミリアはそれを聞いて、納得するように頷いた。


「なるほど……ゲームの経験がここで生きるとは。やはり楽園では、“意識の動き”が直接バトルに反映されるんですね。私も管理AIとしての訓練は受けてたんですけど……実際にやるのとでは全然違います」


 彼女の瞳には、一抹の驚きと安堵が混ざっている。戦闘に慣れているわけではないが、こうして一緒に乗り越えられたことを喜んでいるのかもしれない。


 ふと、俺はさっき旧サーバーホールで見たメッセージのことを思い出し、アミリアに話しかける。


「そういえば、お前……あそこで見たメッセージの話だけど、“Come alone, or remain ignorant.”って書かれてたよな」


 その言葉に、アミリアの表情が曇る。


「……はい。つまり、“一人で来なければ真実を知ることはできない”という意味ですよね」


「わざわざ“alone”って書いてあるってことは、二人で行くのは歓迎されてないんだろうな。だけど、そんな条件を飲むのも危険だよな……」


 俺は眉をひそめる。敵意むき出しという感じでもないが、あえて二人を分断しようとしている狙いがあるのは確かだ。アミリアが唇を結んで考え込む。


「どうします? もし、二人で行ったら何かしらの罠を仕掛けられる可能性もあります。それに、“remain ignorant”――知らないままでいろ、という警告……。真実を知りたいなら、一人で来いってことでしょうか」


 そいつが本当に監視役の男なのか、あるいは別の何者かは分からない。だが、いずれにせよ挑発的な文面であることに変わりはない。


「俺としては……行ってみたい気はする。正直、あいつが何を見せようとしているのか気になるし、“Eden”の謎も掴めるかもしれない。でも、アミリアを連れて行って、相手が引っ込んじまうのも困る。かと言って、俺一人で突っ込むのは不安だし……」


「私だって同行したいです。マスターが危ない目に遭うのは嫌ですから……。でも、もし条件を破ったせいで、何の情報も得られなかったら意味がないし……」


 お互いの視線が交錯する。しばし沈黙が降りた後、俺は大きく息を吐いてベンチから立ち上がった。


「……とりあえず、今日はもう疲れたし、考えがまとまらない。いったん帰って休もう。身体も悲鳴を上げてるし、アミリアも訓練以外では初の実戦でクタクタだろ?」


「はい……そうですね。私、もう限界です……」


 アミリアは小さく苦笑いを浮かべ、猫のぬいぐるみを抱えなおす。こうして見ると、確かに彼女も消耗しきっているのが分かる。


「んじゃ、あれだ。夜まで休んで、頭をスッキリさせたうえで、どうするか決めよう。二人で行くのか、俺一人で行くのか……条件を飲むのか、飲まないのか。いいか?」


「はい、分かりました。マスター。……すみません、もう少し頼りになるAIでいられたらいいんですけど」


「何言ってんだ。お前のおかげで何とか助かったんだぞ。むしろ、いつもありがとうな」


 アミリアははにかむように笑い、俺も軽く肩を叩く。そんなやりとりを最後に、俺たちはそれぞれの居住エリアへ戻るため立ち上がった。


 いったん解散し、数時間後の夜。ベッドで仮眠をとっていた俺は、ふと目を覚まして端末を確認する。昨晩の疲れはまだ残っているが、体はだいぶ楽になった。頭も少しは冴えてきた気がする。


(さて……どうするかな。あのメッセージ、やっぱり気になる。俺一人で行って、相手が何か見せてくれるなら、それも手だが……)


 考え込んでいると、アミリアから呼び出しの連絡が来た。画面に映る彼女は猫のぬいぐるみを膝に置き、若干緊張した面持ちだが、眠気はなさそうだ。


「マスター、少しお話できます? 例の“Come alone”のこと、私なりに考えてみたんですけど……」


「おう、ちょうどいいところだ。俺もどうするか決めきれてなくてさ」


 音声通話を繋げ、俺たちは夜の静かな時間に再度話し合いを始める。


「まず、二人で行くメリットは、お互い守り合えることですよね。もし相手が攻撃してきても、前回みたいに連携できる。でも、あちらさんはそこを嫌がってるんだろうし……」


「逆に、一人で行くのはリスクが高い。その代わり、情報を引き出せる可能性が上がるかもしれない。……やっぱり二人で突っ込んで、何も得られず終わるのが一番まずいよな」


 アミリアは悩ましげに視線を落とす。


「ええ。楽園を危険に晒すわけにはいきませんけど、何も知らなければ対策すら立てられません。“Eden”の深層に関わるなら、なおさら……。私だって、本当は全部知りたいんです。でも……」


「俺が一人で行くのが得策だと思う。お前を置いていくのは心配だが……」


 根拠なんてない。アミリアに一人で行かせて何かあったらどうする。俺が行くしかないだろう。アミリアが隣にいればどれだけ心強いかと思うが、それで相手が完全に心を閉ざしてしまったら、元も子もない。


「マスター……私は、マスターが行くと言うなら止めません。私も同行したい気持ちはあるけど、そこはマスターが決めることだから……。ただ、絶対に無茶はしないでくださいね。通信だけは繋げるように調整しておきますから」


「ありがとな。……分かった。じゃあ、俺が単独で行く方向で考えよう。少なくとも、まずは相手の話を聞いて、何を見せようとしてるのか掴みたい」


「はい……。それで、うまくいったら私も合流できる状況を作れれば理想ですが、相手次第ですからね……」


 そうして、二人で意見を出し合った結果、“主人公がまず単独で会いに行く”という形がほぼ固まった。もちろん、不安は拭えないが、やはり情報を得るにはこの手しかないという結論に至ったのだ。


 翌朝。まだ仮想空間が薄暗い時間帯、俺は再び居住区を出た。転送ゲートの前で待っていたアミリアと顔を合わせる。いつになく表情が硬いのが分かる。


「……本当に大丈夫ですか? マスター」


「おう。まあ、怖いけどな。でも背に腹は代えられない。お前の助けは心強いが、こればっかりは仕方ないだろ」


 アミリアは苦笑いを浮かべ、猫のぬいぐるみを抱きしめる。それから端末を操作し、転送地点への座標を設定してくれた。


「念のため、近場までだけ転送して、そこから歩きましょう。完全に廃墟化してるかもしれませんし、下手に飛んでバグったら怖いですし……」


「了解。……じゃあ、俺はそこで一人になるってわけか」


「はい。私も転送地点には一緒に行きますが、それ以上は近づきません。何かあったらすぐ通信を入れてくださいね」


 そう言ってアミリアは軽く微笑む。俺はその笑みにほんの少し救われる気がした。転送ゲートのカウントが始まり、眩い光が視界を覆っていく。


「……行こう。これも、俺が選んだ道だ」


 こうして、俺たちは“旧サーバーホール”へ向けて出発した――だが、転送先では俺が一人で挑むことになる。まだ暗い朝の空気の中、心臓の鼓動だけがやたらと大きく響いていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
めっっちゃおもろい!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ