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戦闘

赤い警告ランプの点滅が激しさを増し、床と天井を切り裂くように光の帯が奔る。耳の奥を突き刺す低いアラーム音とともに、室内のサーバーがさらに大きな轟音を立て始めた。この空間そのものが戦場へと変貌する――そんな予感に、俺の背筋が冷たく震える。


 「やれやれ、ここまで踏み込むとは……まったく、面倒だな」


 鋭い瞳でこちらを睨みながら、監視役の男はゆっくりと端末を掲げた。その銀色の瞳には、どこか試すような光が宿っている。俺はアミリアの背を庇うように一歩前へ出た。


 アミリアは必死に端末を操作し、何とかこの空間の制御を奪えないか模索しているが、相手のほうが一枚上手らしい。モジュール内のデータがノイズを発し始め、床や壁にゆがみのようなポリゴン化するエフェクトが走った。


 「気をつけろ、アミリア。あいつが何を仕掛けてくるか……」


 言い終える前に、男の周囲から浮かび上がるように無数の光がきらめく。デジタルの魔方陣にも似た幾何学模様が重なり合い、そこからプラズマじみたエネルギー弾が生み出されていく。


 「仮想空間だからと油断するな。ここでの“ダメージ”は、意識そのものへの負荷だ。たとえAIだろうと、人間だろうと――痛みは現実以上になり得る」


 男が軽く指を動かすと、光の弾が一斉に俺たちへ向かって発射される。そのスピードは肉眼で捉えきれないほど速い。アミリアが慌てて端末をかざし、青白いバリアを展開した。


 ドゴォンッ!


 凄まじい衝撃がバリアを軋ませ、床に亀裂が走る。まるで大きな鉄球で殴られたような振動が全身を襲った。


 「くっ……!」


 アミリアが歯を食いしばって耐えているのが分かる。猫のぬいぐるみを腕に抱えながらも、管理AIとしての防御機能をフル活用しているのだろうが、それでも完全には防げない。バリアの端が砕け、破片のようなノイズが飛び散った。


 「アミリア、俺が前を塞ぐ! お前は何とか空間制御を……」


 咄嗟に言いかけたとき、男の口元が薄く笑う。今度は床から漆黒のコードがうごめくように伸びあがり、触手めいて絡みつこうとする。


 「“Eden”の残滓が生み出すセキュリティだ。侵入者を排除するための攻撃プログラム……お前たち程度がかいくぐれると思うな」


 男が端末を操作するたびに、コードの動きが加速していく。ひとつひとつが粘液めいた光沢を帯び、まるで生きた生命体のように蠢いていた。俺はギリギリのところでそれを回避しつつ、アミリアの援護に回る。


 「アミリア、アイツがコードを操ってるなら、そっちのシステム妨害が効くかも……!」


 必死に呼びかけると、アミリアもすぐに反応した。


 「わかりました! “マスターキー”の権限でこの空間への書き換えを試みます……!」


 再び彼女が端末を操作すると、今度は青白い光の魔法陣がこちらの足元に展開される。そこから放たれる干渉波が、黒いコードを絡め取るように弾き返し、次第に動きを鈍らせていく。


 しかし、監視役の男は全く動じる様子を見せない。今度は両腕を広げるようにして、周囲のデータを再構築し始めた。室内のサーバーから漏れる膨大なコードが、彼に呼応するかのように宙を舞う。


 「ちっ……まだ仕掛けてくるのか!」


 思わず舌打ちする。先ほどのプラズマ弾とは異なる、より大きなエネルギー塊が空間に凝縮されていくのが分かった。まるで球体がゆらめき、内部に雷光のようなものが渦巻いている。


 「これを食らえば、少なくとも人間のお前は再起不能だろうな……。だが、試しに受けてみるか?」


 男が冷たい声で告げ、指を一振りした。球体が雷鳴を轟かせながら迫ってくる。アミリアはバリアを張り直そうとするが、先ほどの衝撃でバリア出力が低下しているのか、間に合わない。


 「やばい……!」


 逃げ道はない。半端な回避では広範囲の爆発に巻き込まれるかもしれない。思わず体が強張る。


 ――そのとき、閃いた。


 俺は自分の端末を素早く操作し、視界に浮かび上がるコンソールへ幾つかのコマンドを叩き込む。名付けるならば“空間書き換え”に近い処理。全ては勘と勢いだが、上手くいかなければ終わりだ。


 「……これでどうだ!」


 床一帯を光のパーティクルが覆い始め、まるで鏡面のように変化していく。迫り来るエネルギー塊が床にぶつかる瞬間、その鏡面が“ゲート”として機能し、攻撃ごと別の場所へ転送しようという狙いだ。


 「なに……!? 素人が、そんな技を……」


 男が驚いたように声を上げる。実際、俺も半分運任せだったが、どうやら成功したらしい。雷光の塊は鏡面床に吸い込まれ、重低音の爆音だけが遠くで響いたように聞こえた。


 床の鏡面がパキパキとひび割れ、余波が空間を振動させるが、直撃を免れただけでも上出来だ。息を切らしながらアミリアのほうを振り返ると、彼女も驚いた表情で目を見開いていた。


 「マスター……今の、すごいです!」


 感嘆の声を上げている場合じゃないが、俺も内心ヒヤヒヤだった。もし失敗していたら間違いなくここで終わっていた。


 「……くそ、なかなかやるな……!」


 男が再び端末を操作しようとした瞬間、アミリアがその隙を逃さない。緻密なコードを走らせ、男のアクセス権限を直接ハッキングしようという魂胆だ。


 「マスター、今です。端末を合わせて攻撃を――!」


 俺たちが同時に端末を起動し、合成した強制コードを男の端末へ送り込む。男は抵抗するが、さっきまでのように余裕はなく、わずかな時間差で制御が乱れているのが見て取れる。


 「くっ……まさか、ここまでやるとは……」


 男が低く呟き、周囲を走っていた黒いコードが明らかに勢いを失う。先ほどまでの強力な攻撃プログラムも、連動が崩れたのか幾何学模様が消えかかっていた。


 「あと少し……!」


 アミリアが端末を振り下ろすように操作すると、男の周囲に無数の拘束データが絡みつき、彼の動きを抑制する。視覚的には青白い鎖が巻きついたようなエフェクトが発生していた。


 「ふん……だが、お前たちは何も分かっていない。私がここで負けようと、“Eden”の全貌を解明できると思うな」


 相変わらず薄ら笑いを浮かべ、男はもう片方の手で別の端末を操作する。すると、コンソールから警告音が鳴り響き、部屋全体の照明が一瞬で落ちた。暗闇の中、バチバチという火花だけが照らしている。


 「これが非常用シャットダウン……?」


 アミリアが青ざめた声を漏らす。先ほどまで男を拘束していたデータの鎖も、モジュールが落ちた影響で不安定になったのか、ノイズとともに形を失っていく。


 「私はここで退く。お前たちにはまだ“Eden”を扱う力はない……じきに思い知ることになるぞ」


 男の声が暗闇に溶け込み、次の瞬間、彼の姿はかき消えるように消失した。何らかの転送手段を使ったのかもしれない。こうして俺たちは薄暗い室内に取り残される。


 ドクン……ドクン……


 胸が高鳴る。今の戦闘は明らかに危険だった。もし一歩間違えれば、意識そのものが破壊されていたかもしれない。俺は膝に手をつきながら大きく息を吸った。


 「マスター……大丈夫ですか?」


 アミリアが猫のぬいぐるみを抱え、心配げにこちらを見てくる。俺は痛む体をなんとか誤魔化しながら笑い返す。


 「ああ……なんとか。お前こそ無事か?」


 彼女は小さく頷き、端末を確認している。モジュールの出力は大幅に低下しているらしく、室内を照らすものは非常灯のようなわずかな光だけ。サーバーの稼働音も低く抑えられていた。


 「今ので“Eden Root Module”が落ちきったわけではないはず。監視役が退いたのは……私たちを試すためにわざと、かもしれません」


 そう言うアミリアの表情には、一瞬だけ複雑なものが浮かぶ。まるで「彼は本当に何を守ろうとしているのか?」と問いかけているようだ。悪役然とした振る舞いではあるが、単純に滅ぼそうとしているわけではなさそうだ。


 「アイツ、最後に“じきに思い知る”とか言ってやがった。どうせ謎めいたヒントを残して、俺たちの出方を伺ってるんだろうな」


 正直うんざりだが、これも楽園の深層にある“Project Eden”の一端なのだろう。俺は暗闇の中で視線を巡らせ、中央のサーバーへ近づく。そこには“Eden Root Module”の銘板がかすかに光っていた。


 「アミリア、とりあえずこいつをどうにかしねえと。解析できるか?」


 アミリアは端末を操作し、ひしゃげたデータストリームにアクセスを試みる。先ほどの戦闘で一時的に制御を奪った効果が残っているのか、いくつかのゲートが解除されているようだ。


 「はい……少なくとも、“監視役”が持っていた権限は弱まっています。今ならモジュール内部に潜ることも可能かもしれません。私たちが“Eden”の真実に近づくチャンスです」


 戦いの余韻が残る部屋の中で、俺とアミリアは暗闇に目を凝らしながら顔を見合わせる。あれほどの攻撃をくぐり抜けても、まだ先があると考えると正直ゾッとするが、ここで引き返すわけにもいかない。


 「……アイツが言ってた“見せるわけにはいかないもの”ってのは何だろうな。意識融合の秘密か、或いは“マスター”の痕跡か」


 色々と思考が巡るが、答えはまだ出ない。だけど、少なくとも今はこの“Eden Root Module”を調べることで、何かを掴めるはずだ。あの男が退いた今が絶好のチャンスと言える。


 「マスター、怪我はしっかり治るまで無理しないでください。仮にここで気を失ったら戻れなくなるかもしれませんから……」


 アミリアの声に苦笑を返す。確かに仮想空間とはいえ、痛みも疲労もリアルだ。だが、もう腹は括った。ここまで来たら俺がやるべきことはただ一つ。アミリアを支え、楽園の未来を守るために動くことだ。


 「わかってる。ありがとな、アミリア。……行こう。こいつの中身を解析して、“Project Eden”の謎を暴くんだ」


 猫のぬいぐるみを抱きしめる彼女が、小さく微笑む。俺は立ち上がると、暗がりの奥で微かに輝くサーバーへ歩を進める。戦いは終わっていない。いや、これはまだ始まりなのだろう。


 楽園の深層――“Project Eden”の正体。監視役の男が何を守ろうとしているのか。アミリアがずっと待ち続けた“本来のマスター”の思惑……すべてが少しずつ重なり合い、次なるステージへの扉を開けようとしている。


 「逃げるなよ、俺……ここで踏みとどまらなくてどうする」


 意を決してサーバーのコンソールに指を伸ばす。再び静かな衝撃音が胸を揺らし、画面に浮かぶ無数のコードが蠢いて見えた。遠くで微かな風が吹いたかのような錯覚を覚えながら――俺はこの闇の中へ、一歩を踏み出す。

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