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「寄り道の足跡

中央管理区までは、まだ少し距離がある。結局、屋台や大道芸を少し眺めてしまったこともあり、俺たちは予定よりもゆっくりと街を進んでいた。


 まばゆい陽射しの下、整然とした大通りを歩く。アミリアは猫のぬいぐるみを相変わらず抱きしめているが、どこか楽しそうでもある。俺も、さっきの軽い触れ合いで少し気持ちがほぐれたのを感じた。


「なあ、アミリア。ここって、本当に“悪いこと”なんて起きるのか?」


 不意に零れ落ちる言葉。楽園が抱える不穏な影を知ってしまった今だからこそ、その表向きの平和さに余計な違和感を抱いてしまう。


「ええ……私も、長いこと管理をしていて、重大なトラブルを見たことはありません。小さなシステム不具合はありましたが、“Project Eden”のようなものが動いているとは正直思えないんです。ずっと封じられたままだと思っていたから……」


「そうだよな。意識融合なんて、下手にいじったら大惨事になりそうなのに……。まさか誰かが再起動しようとしているんじゃないだろうな」


 心配を吐露すると、アミリアは少し困ったように顔を曇らせる。


「そこはまだ分かりません。でも、もし誰かが“Project Eden”を再び動かしたいと思っているなら、それは“楽園の幸せ”を壊しかねない行為ですよね」


「まあ、そうだろうな……」


 俺たちは言葉を失い、しばし無言で歩く。遠くから聞こえる音楽や笑い声が、何だか遠い異国の祭りのようにも感じた。


 やがて、大きな噴水がある広場へ出た。水面がキラキラと日差しを反射し、子どもから大人まで楽しげに行き交っている。誰もが幸せそうで、揉め事とは無縁に見える。


「ねえ、マスター。少し、そこで休んでいきませんか?」


 アミリアが噴水の縁を指し示す。俺も別に急ぐ理由があるわけでもないし、朝からずっと歩きっぱなしだったので、少し腰を下ろすのも悪くない。俺たちは噴水の周りに並んだベンチに腰を下ろした。


「ふう……ここの噴水、妙にリアルだよな。ちゃんと水しぶきが飛んでるし……」


「はい、楽園では空や水の挙動もかなり精密に再現しているんですよ。大昔はもっと簡素なシミュレーションだったらしいんですけど」


 アミリアがそんな雑学を教えてくれる。彼女は管理AIだけあって、昔のシステム事情に詳しいらしい。もっとも、今の技術からすれば古い情報かもしれない。


「そういや、お前……アンドロイドだけど、いつからこの姿なんだ? 外見を変えたりしないのか?」


 ふと疑問に思い、問いかけてみる。するとアミリアは意外そうに目を瞬かせた。


「私は、ずっとこの姿です。今のマスター……じゃなくて、昔の本当の持ち主が“銀髪がいい”とか“ミルク色の髪がいい”とか、いろいろ試して最終的にこれになりました。変える必要性を感じないので、そのままですね」


「そっか。なんか、楽園ならもっと自由に見た目をいじれるだろうに、ずっと変えないってのもお前らしいな」


 アミリアはくすっと笑う。


「じゃあ、マスターこそどうなんです? 本当は好きな姿に変われるのに、ずっと今のままなんですよね?」


「え? ああ、いや、別に……変えようと思ったことがねえだけだ。そんな奇抜な格好も似合わないだろうし」


 言い訳めいたことを言うと、アミリアは愉快そうに肩を震わせる。確かにここは仮想空間だ。アバターの年齢や性別も含めて、いくらでも変更が可能だと聞く。にもかかわらず、俺は現実と同じ24歳の男の姿を保っている。


「ふふ、マスターは“自分”ってものを意外と大事にしてるんですね。最初に言ってたみたいに、就職もせずにゲームばかりしてるのに、その自分らしさを手放そうとはしない……」


「そりゃ、お前……まあ、これが俺だから、ってとこはあるよな。変に着飾ったところで落ち着かないし……」


 自嘲気味に呟きながら、心のどこかに温かい気持ちが芽生える。アミリアに自分の性格を肯定されたようで、少しだけ嬉しかった。


「でも、もし楽園で新しい自分になりたいと思ったら、いつでもそうできるんですよ? たとえば、ものすごくカッコいいヒーローやスポーツ選手の姿になるとか。あるいは全然違う性別や種族にだって」


「はは……そこまでは思わねえかな。まあ、いずれ気が向けば試してみるかも」


 そんな雑談を交わしていると、噴水の水しぶきが風に乗ってほんの少しこちらにかかってきた。思わず目を細めるが、その冷たさがやけにリアルだ。


「ほら、こういうのもいいよな。何でも完璧にコントロールできるのに、あえて自然っぽい不確定要素を残してるのが……面白いっていうか」


「ええ。楽園を設計したM.K.さんは、“完全すぎる世界は人間を飽きさせる”と考えたそうです。だから細部でランダム要素を入れて、現実に近い感触を再現しているとか……」


 M.K.――楽園を根本から作り上げた偉大な研究者。彼が“Project Eden”でも中心的役割を担っていたと知り、今は複雑な気持ちだ。あの監視役や謎の女性も、この世界観を“壊す”ような事態を警戒していた。


 そんなことを考えていると、アミリアが改まったように声をかけてきた。


「マスター。先に言っておきますが、私たちが深層領域に踏み込むのは、結構な危険を伴うかもしれません。システムから強制排除される可能性だってありますし……下手したら、楽園の住民たちからも反感を買うかもしれない」


「わかってるよ。だけど、もうここまできちまったんだから、途中でやめるわけにもいかねえし」


 俺は立ち上がり、噴水の水音を背にアミリアを見下ろす。彼女もすぐに立ち上がり、抱えていた猫のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。


「いろんな人がいますが、みんな幸せに暮らしているんですよね。私だって、こんな世界がずっと続けばいいと思います。でも、もし水面下で何か大きな異変が起きようとしているなら、私たちはそれを見過ごせません」


「そうだな……。楽園が完全に穏やかな世界であり続けるなら、それに越したことはないけど……」


 ただ、それが“意識融合”という危険なシステムの上に成り立っているのだとしたら、やはり放置するわけにはいかない。


「よし、少し休めたし、行くか。まあ、あとどこかで昼メシでも食ってからでもいいけどな」


「ふふ……いいですね。じゃあ、もうちょっと先の通りにカフェテリアがあったはずです。そこで軽く食べてから、管理区のほうに向かいましょう」


「おう。腹が減っては何とやらだしな」


 そんな軽口を叩き合いながら、俺たちは噴水の広場を後にする。道すがら、アミリアはちょこちょこ店を見ながら楽しげにしていて、さっきの不安そうな表情とは打って変わった様子だ。猫のぬいぐるみも、どこか得意げに見えるから不思議だ。


(俺ら、結構いいコンビになりつつあるのかもな……)


 そんなことを思いながら、俺は自然とアミリアの横に並んで歩幅を揃えた。雑談を交えつつ、時々目が合うと、なんとなく笑ってしまうのは、悪い気分じゃない。


 深層領域へ踏み込むまでの残りわずかな時間。こうして“寄り道”とも言える、何気ない日常の会話や食事を続けているのも、もしかしたらこの先への活力になるのかもしれない。


 ──まだ先は長い。だけど、今はこの一歩一歩を大事にしておきたい。いつか、目の前の平和が崩れてしまうかもしれないからこそ、俺たちは少しずつ噛みしめるように歩みを進めるのだった。



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