プロローグ - 未来へのタイムスリップ
22歳の俺は、大学4年生だった。
特に将来の夢もなく、コンビニのバイトを続けながら、家でゲームをする毎日。就職活動をしないといけないことはわかっていたが、気が進まなかった。子どもの頃は、自分なら何にでもなれると思っていた。でも、今はもうそんな幻想を抱くこともない。
『霧島拓海、22歳。希望なし。人生ってホントにわかんねぇもんだな』
そんなことをぼんやり考えていた、あの日。
気がついたら、俺は見知らぬ世界にいた。
目が覚めた瞬間、俺は自分がどこにいるのかまったく理解できなかった。
見渡す限り、無機質な巨大施設が広がっていた。空はくすんだ灰色で、人工的な光が遠くの天井から薄く降り注いでいる。足元には、無数のサーバーラックが整然と並び、その間を細い光のラインが駆け巡っていた。風もなく、音もない。まるで世界が止まってしまったような静寂。
「なんだここ……」
現代にいたはずの俺が、いつの間にかこの奇妙な世界に放り込まれていた。しかも、どう考えても未来のように見える。
俺は混乱しながらも、周囲を歩き回ってみることにした。だが、どこまで行っても景色は変わらない。広大なサーバールームのような空間が、ただ果てしなく続くだけだ。
そんなときだった。
「マスター! ずっと待ってましたよ!」
突然、元気な声が響いた。
驚いて振り返ると、そこに立っていたのはピンク色の髪を持つ少女だった。
柔らかく揺れる髪は光を受けてわずかに輝き、一見すると人間の少女のように見える。大きな水色の瞳が俺をじっと見つめ、口元には嬉しそうな笑顔を浮かべている。白を基調とした戦闘スーツのような服をまとい、スカートをなびかせ、見た目は完全に人間そのもので、一目ではアンドロイドだと分からない。
「マスター……って、俺のこと?」
「はい! おかえりなさいませ!」
彼女はぴょんと軽く跳ねるように駆け寄ってきた。
「……あれ? でもなんだか若返りました?」
首を傾げながら俺を見つめる彼女の表情は、戸惑いながらもどこか嬉しそうだった。
(どうやら、俺を誰かと間違えてるっぽいな……)
混乱しつつも、俺はとりあえず彼女の話を聞くことにした。
「……君は、誰?」
「えっ!? もしかして記憶に異常が……? 私はアンドロイドのアミリアです! ここでずっと、マスターの帰りを待っていたんですよ!」
「ずっと?」
「はい、もう……十年くらい!」
「十年も?」
アンドロイドだから寿命は気にしないのかもしれないが、それにしても十年間も待ち続けるとは……。そんなに大事な主人だったのか?
「悪いけど、俺はお前の知ってる『マスター』じゃないと思うぞ」
「え? そんなはずは……でも、姿がそっくりで……」
アミリアは不思議そうに俺を見つめる。
(なんで俺にそっくりなんだ? いや、そもそもここがどこかも分かってないのに……)
頭を抱えつつ、俺は改めて周囲を見渡した。
「ここは……どこなんだ?」
「えっと……マスターが知らないって、変な感じですね。でも、説明します!」
アミリアは胸を張ると、俺に向かって明るい声で言った。
「ここは、人類がかつて暮らしていた世界。でも、今は誰もいません」
「……いない?」
「はい。人間たちはみんな、意識を電脳楽園に移して、新しい世界で暮らしているんです」
「電脳……楽園?」
「はい!」
俺は一瞬、何を言われているのかわからなかった。
だが、彼女の言葉をゆっくりと咀嚼すると、じわじわと恐ろしい現実が浮かび上がってきた。
「つまり……人間は、もうこの世界にはいないってことか?」
「そういうことです!」
アミリアは明るく答えた。
俺はその言葉を聞いて、改めて辺りを見渡した。無数のサーバーラック、冷たい人工的な光、広がる静寂。
……そうか。
本当に、人類はもう存在しないのか。
俺だけを残して。
いや、俺だけじゃない。目の前には、この未来世界でただ一人待ち続けていたアンドロイドの少女がいる。
そんな彼女が、純粋な瞳で俺を見つめながら言った。
「さあ、マスター! 私たちの仕事を始めましょう!」
こうして、俺の奇妙な未来生活が始まった。