冬の始まりと『接物語』読了記
終業、扉を開けて外の空気を浴びたその瞬間、ひんやりと刺すような冷たさを感じたその瞬間、年の暮れが始まっていることを知らされた。
少し前までうだるような暑さにうなされていたと思えば、これである。
もっといえば、遠く北国で雪道を行きながら鍋のことについてあーだこーだと悩んでいたことさえ、昨日のように思い出す。
一説によると、人生は十歳前後で体感時間の半分を消費し、二十歳近くでは七割が終わるという。
冗談ではない。身につまされるように思う。
本当に、明日にはぽっくりあの世行きであるかのような感覚さえする。人生とはかくも短いのかと恐れ慄く。
先日、旧知の友と会う機会があった。彼は大学生気分が抜けていないと笑う。周りの人々も、まるで自分が十九歳のままであるかのような錯覚の中にいるとさえ言う。
冗談ではない! 私はすでにその齢を七十三かそこらであるようにさえ感じる。この先一体何ができる? この先一体何を成せる?
もしかしたら、気がついた時には、痩せ細り、身体中シワだらけの老人になり、この文章を書いているときのことを昨日のことのように思い出すのではないか?
そんなことを考えながら車を走らせていると、前輪がポテトチップスのようにひしゃげた自転車を抱える青年が横切った。
小学生時分、坂道でスピードを出しすぎ、ネットフェンスに激突したとき、ちょうどあのようにホイールをひん曲げたことを思い出した。
それもまた、昨日のように思い出せてしまい、ひどくぞっとする。
さて、本日は西尾維新氏著、『接物語』を読了した。
私がかねてより敬愛する西尾維新氏の、私の原点である《物語》シリーズの新刊である。
本作では、偽物語より登場した式神童女、斧乃木余接の生誕秘話について語られる。
物語シリーズといえば、その語り手が誰かというのも魅力の一つであろうが、それがシリーズの立役者、忍野メメだというのだから驚きである、やはり序盤の“引き”にかけては、というより、すべてのそれが一級品だ。
プロの貫禄を見せつけられる。
いよいよ本腰を入れて物書きをしてみるとわかるが、この“引き”というのが難しい。
どれだけの情報を、どんなペースで開陳していくかというのは、もはや感覚の世界なのだろうとさえ思うほど、完璧なタイミングで章が閉じられる。
内容もまた素晴らしく、西尾維新氏が得意とするミステリー調で進行し、そしてまたそれが引き込まれて離れられないのだ。
何を食べたのならば、これほどのホラーミステリーを書けるのだろうか。ホワイトモカをすすっているようではダメなのだろうか。
あるいは、私も氏のように旅に出るべきなのか……




