第9話 私は生徒会長だからいいんだよ
「なんでですか?」
話の腰を折られたことへの抗議をこめてにらむと、加那さんはわざとらしく大きなため息をついた。
「若い男女が映画を見に行くなんていかがわしいからに決まってるでしょ?」
「いかがわしいってどの口が言うんですか? さっきまで俺の腕に抱きついてたくせに」
「私は生徒会長だからいいんだよ」
「よくありません。それに映画を見に行くのはいかがわしいことなんかじゃありません」
加那さんはまだなにか言いたそうにしている。
でも山下さんを放っておくのもかわいそうなので、俺は山下さんに顔を向け直す。
「映画を見に行くだけだったら友達を誘ったらいいんじゃないの?」
「そう、なんだけど……。『おれはる』、あっ、『俺の青春ラブコメは俺だけのもの』ってちょっとコアな人向けの作品なんだよね」
コアな人向け、ね。つまり、オタク向けってことか。
オタクってことを表に出したくない人は珍しくないらしいしな。
ここでオタク向けと言わなかったのもそういうことなんだろう。
だからここに来たってわけか。
などと、自分で自分を納得させていると、
「オタクで引きこもりがちの男子高校生がいつの間にか女の子に囲まれてハーレムをつくって青春を楽しむってストーリーね。なるほど、山下さんはそんな作品が好きな自分がオタクってことを周りに隠したいから、ここに相談に来たんだね? 私は生徒会長だからなんだって知ってるんだよ」
スマホを片手に加那さんがあっけらかんとした様子で言う。
スマホの画面には『おれはる』の公式サイトが表示されている。
しかし、本人が気にしていることをわざわざ声に出すなんてデリカシーがないな。
「いや、生徒会長だから知ってるんじゃなくってスマホで調べたんですよね?」
「違うってば。生徒会長はほんとになんでも知ってるんだよ」
「いつから生徒会長という存在は全知全能の神になったんですか?」
加那さんをあしらいつつ、俺も横目で加那さんの手にあるスマホを眺める。
どこかで聞き覚えのあるタイトルだと思っていると、すぐに思い当たった。葵がこの間見せてくれたギャルゲーと同じタイトルだ。
「これって、最近ゲームになったやつ?」
「うんっ、そうだよっ!」
山下さんに向き直って言うと、俺が『おれはる』とやらを知っていたことが嬉しかったのか、ガバっと顔を上げて瞳を輝かせている。
眼鏡に隠れててよく見えなかったけど、意外ときれいな目をしてるな。
睫毛も長くてきれいだし。ちょっと髪を整えて、眼鏡をコンタクトにしたら実は結構な美少女なんじゃないのか?
これは――俄然やる気が出てきた。
けど焦りは禁物だ。がっつく男はモテないからね。
俺はあくまで平静を装いながら声をかける。
「俺はあんまり詳しくないんだけど、妹がやっててさ。で、これは正式な依頼にできるか確かめるための質問なんだけど、一人で見に行くのじゃダメな理由があるのかな?」
「うん、来場者特典でどうしてもほしいのがあるんだよね。ランダムでヒロイン五人と主人公の色紙が配られるんだけど、その中のね、鈴木里子っていうヒロインの色紙がどうしても欲しいの」
「鈴木里子――はじめは地味だったが、主人公との出会いをきっかけに徐々に輝いていき最終的にはメインヒロイン候補の一人となる、か」
またもスマホで調べた加那さんが解説する。山下さんの全身を見て納得したような表情で「うんうん」と頷いている。
まぁ、地味な自分と重ね合わせて感情移入したってとこなんだろう。
同じようなことを考えたらしい加那さんが続ける。
「なるほど、どうしても欲しいってのもわかる気がするよ。一人で行くより複数で行けばランダム特典も当たる可能性が高くなるしね」
「じゃあ、手伝ってもらえますか?」
期待を込めた視線を向けてくる山下さん。
でも、
「今週末から上映ってことは今度の日曜日でもいいかな?」
と提案する加那さんに山下さんは顔を伏せた。
「来場者特典って先着順でもらえて、早く行かないとなくなるかもしれないから……」
「じゃあ土曜日がいいんだね」
俺が助け舟を出すと山下さんはパッと顔を上げて嬉しそうに頷く。
だが今度は加那さんが不機嫌そうな顔を向けてきた。
「土曜日は用があるから無理なんだよね」
「いや、会長はいいですから。俺が行ってきます」
「そんなぁ、二人で行かせるわけにはいかないよぉ」
「大丈夫です。そもそもこの相談は人助け係の俺のところに来たものだし。山下さんもそれでいいよね?」
「うん、お願いします」
「だから、それじゃあダメなんだってば。男女二人で映画を見に行くなんていかがわしいことなんだから」
「いかがわしくなんてありませんから」
「どうして颯真くんは私の気持ちをわかってくれないのかな?」
「わかってるから大丈夫です」
「絶っ対にわかってないよ!」
「はいはい、じゃああとでちゃんと聞きますから」
「ほんとに? ほんとに聞いてくれるの?」
加那さんの勢いは止まる気配はなかったけれど、これじゃ埒が明かない。
まだしつこくなにか言ってくる加那さんを左手で押さえつけながら俺は山下さんと当日の段取りを決めていった。




