第8話 ちょっと恥ずかしいんだけど……
「どうぞ」
そろそろ加那さんをあしらうのも面倒になっていた俺は渡りに船とばかりに顔を上げる。
「……失礼します」
小声で入ってきたのは、眼鏡をかけた三つ編みの女子生徒。
地味を絵に描いたような感じの見た目の彼女には見覚えがあった――同じクラスの山下菜月さん。
中学校も同じだったけど、俺の好みからはかけ離れていて、あんまり話したことはない。
山下さんはおずおずと部屋に入ってくると戸惑った様子で、俺から目を逸らす。
「もしかしてお邪魔しちゃいましたか?」
ん? と思い、横を見るといつの間にか加那さんが俺の左腕に抱きついていた。
思いっきり胸が当たっている。
柔らかな感覚が愛おしくてやめてほしくないけど、やっぱりやめてほしい。
ほら、人前だしね。
「ちょっと、会長離してください」
「マーキングだよ?」などとわけの分からないことを言ってウルウルした瞳を向けてくる加那さんを押しのけてから、俺は山下さんにあらためて向き直る。
「気にしないで。それよりどうしたの?」
「えっと、いいのかな?」
山下さんは加那さんに遠慮するような視線を送ってから俺に訊ねる。
「全然いいよ。むしろありがたい」
「ありがたいって?」
「それはこっちの話だから気にしないで。で、どうしたの?」
「あのね、ちょっとお願いしたいことがあって」
「俺がいるときに来るってことは、人助け係にってことでいいのかな?」
「……うん」
「どんなことか聞かせてもらってもいいかな?」
「えっと、相談したことって秘密は守られるんだよね?」
人助け係に秘密の相談が持ち込まれるのは珍しくない。
そもそも気軽に相談できることであれば、こんな所には来ないで友人にでも話して解決するはず。
その分、人助け係に持ち込まれる相談は解決するハードルが高かったりするのだが、それをなんとかするのが俺の仕事だ。
しかし山下さんが投書せずに生徒会室に直接来たってことは、ことさら面倒な相談なんだろうな。
でもその面倒な相談に応じるのが俺の仕事だ。
それに――秘密の依頼ってことは俺と親しくなっても他の人には漏らさない可能性が高いわけで。
そうなれば適当に付き合って適当に忘れてもらうというのも簡単になる。
彼女の友人に知られるリスクが減るというのはいい。
山下さんの見た目はパッと見たところ俺の好みじゃないけど、見た目なんて簡単に変えられる。
逆にその変わっていく過程も楽しめるかもしれない。
ただそんな思いは誰にもバレるわけにはいかない。
俺は真剣さを装って頷く。
「それはもちろんだよ。この会長もいまはふざけたことしてるけど、仕事に関してだけは真面目だから」
「仕事に関してだけってなんなのかな? 私はいつも真剣だよ。もちろん颯真くんのことも」
「はいはい、で、山下さんの相談ってどんなことなのかな?」
加那さんの言葉は右から左に流す。
加那さんはプクーっと頬を膨らませているけど気にしない。
普段人前では見せない加那さんの態度に戸惑っている山下さんに、俺は笑みを向けて話してくれるよう促す。
「あのね、ちょっと恥ずかしいんだけど……」
山下さんは顔を俯けて、合わせた両手の指先を見つめている。
「うん、大丈夫だよ。ここにはいろんな相談が来るから。恥ずかしいことなんてないよ」
実はそんな恥ずかしい話なんてするなよ、というような相談もあるにはあるのだが、ここはまず相談内容を明かしてもらわないことには話が進まない。
だから優しく声をかけた。
もちろんそのあとの諸々にも期待してのことだ。
山下さんは一つ大きく息を吸うと意を決したように早口で告げる。
「あのね、今週末から『俺の青春ラブコメは俺だけのもの』ってアニメの劇場版が上映されるんだけど、一緒に行ってもらえないかな?」
別に映画を見に行くぐらいならたいした相談じゃない。
でもわざわざ生徒会室に来たってことは面倒な理由があるんだろう。
俺が黙って続きを促そうとしていると、
「ダメだよ」
加那さんが横から口を挟んできた。