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第7話 あぁげぇ、だよ

 高校二年を迎えて間もないある日の放課後。俺は生徒会室にいた。


 中学生のころやっていたサッカーは、高校入学直後に恋愛拒絶ウイルスに感染していろんなことに絶望していた間にやめた。

 それなりに極めたつもりだから、少しでもブランクがあればトップレベルでプレーすることができないのは自分でわかっていた。


 ただその代わりというか、放課後の暇つぶしというか、いろんな事情から生徒会人助け係という仕事をしている。

 この日もいつものように黙々と人助け係への依頼の投書に目を通していると、


「どう、颯真くん? なにか面白そうな依頼はあるかな?」


 生徒会長で三年の菊池きくち加那かなさんがガラッと元気よく扉を開いて部屋に入ってきた。

 お父さんがイギリス出身のハーフで、毛先がきれいに整えられたボブカットは金色。

 その髪をさらりとかき上げた拍子にチラリと覗いた白いうなじが美しい。

 青い瞳を輝かせて作業を続ける俺を見つめてくる。


「特に変わったのはないですね」

「どれどれ……」


 そう言って俺の左横に座る加那さん。

 ちなみに本人からは『加那さん』と呼ぶように主張されているが、心の中だけでそう呼び普段は『会長』と呼んでいる。

 なぜなら加那さんとは距離を保っておきたいからだ。

 見た目ももちろん、さばさばしている性格だって気に入っている。

 でもこの生徒会室に来にくくなるようなことにはしたくない。


 なぜならこの人助け係っていうのはその性質上、いろんな生徒と知り合うことができるから。

 つまり――女の子と知り合う機会が向こうからやって来るってわけ。

 そうやって出会う娘たちとは周りに知られずにこっそりと関係を深められるからね。


 しかも相談事があるってことは心にも付け入る隙があるわけで。

 いろんな女の子と楽しく過ごしたい俺にとってはなおさら好都合。


 そんなわけで絶対に人助け係をやめなくちゃならないなんて状況にだけはしたくない。

 でも生徒会長との仲が変になると、どうなるかわからない。


 だから加那さんには手は出さないようにしている。

 のだけれども、加那さんの距離の近さには戸惑う。

 いまも肩と肩が触れ合うぐらいというか、軽く当たっている。

 ふんわり漂う柑橘系の香水もいい匂いだし。


「ん? どうかしたの?」


 戸惑う俺に無邪気に訊ねる加那さん。

 髪を整えた拍子に香水のかおりがいっそう強くなって、思わず胸が高鳴るけれど、変な誤解をされたくなくて、俺はわざと顔をしかめる。


「いや、ちょっと近くないですか?」

「そんなことないでしょ。それに学校一の美少女に密着されて颯真くんも嬉しいでしょ?」

「いや、それ自分で言うんですか?」


 事実だけど、というのは口には出さない。

 ちょっとおだてると、この人はすぐに調子に乗るのを俺は知っている。


「そんなに照れなくてもいいんだよ? この部屋には他に誰もいないんだし。なんなら多少間違いがあっても、私の生徒会長特権でなかったことにできるんだからね?」


 こんな光景を他の男子生徒に見られたらたしかに羨ましがられるだろう。

 俺もついつい誘惑に負けそうになってしまう。

 加那さんはかわいいだけじゃなくて勉強だってできるし、それに、ほら……胸も大きい。

 横目でそっと確かめると、今日も俺の目の前には豊かな双丘がそびえ立っている。


 だからどうしたって胸のドキドキが抑えられない。


 でもやっぱりここは耐え忍ばなくてはならない。

 どうせキスをしたら忘れられる以上、一人の相手に真剣になることなんて馬鹿げているし、人助け係でいろんな娘と知り合って適当に付き合うほうがいいに決まってる。


「また難しい顔をしてるね? 私と二人っきりのときぐらいはいつも笑顔でいてほしいんだけどな?」


 俺の葛藤なんて無視して、加那さんはからかうような目線を向けてくる。


「会長、そんなにからかわないでくださいよ」

「からかってなんかいないよ? 私はいつも真剣だよ。後悔はしたくないからね」


 胸を張る加那さん。

 その体勢だと、豊かな胸がより強調されて視線のやりどころに困るからやめてほしい。ほんとに。


「後悔ってなんですか?」


 ため息に混ぜて訊ねた俺に加那さんはやっぱり意地悪な笑みを浮かべる。


「颯真くんは顔もそこそこいいし、優しいし、いつ彼女ができてもいいと思うんだよね。それが私じゃなければ嫌だなって思って」

「いつも言ってますけど、俺には彼女ができる予定もつくる気もありませんから」


 いろんな娘と付き合っては別れているというのは、加那さんには秘密にしている。

 バレたら女の子からの依頼を回してもらえなくなるかもしれないしね。

 そんな俺の目を加那さんはジッと見つめて軽やかに言葉を紡ぐ。


「そうやっていつもはぐらかすんだからぁ。私が先に彼氏をつくっても知らないよ?」

「はいはい、頑張ってください。会長なら彼氏の一人や二人ぐらいいつでもつくれるでしょ?」

「あぁげぇ、だよ」


 冷たく突き放す俺に加那さんは頬を膨らませる。

『あぁげぇ』とはお母さんの出身地の奄美の方言らしい。

 一度、意味を訊ねたのだが、『あぁげぇは、あぁげぇだよ』と返されて、いまでもよくわからない。


 トン、トン――


 俺と加那さんがそんな感じで全く生産性のない会話を繰り広げていると、生徒会室のドアが控えめにノックされた。

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