第6話 お兄ちゃんは妹ルートをご所望なのですね
「お兄ちゃん、おかえりなさい。さくらちゃんもいらっしゃい」
パンパンに膨らんだエコバッグをぶら下げて自宅アパートへと帰り着くと妹の葵が出迎えてくれた。
一つ年下の葵は一週間ほど前、俺のあとを追うように薬師高校に入学した。
両親が三年前に亡くなってから俺は葵と二人で暮らしている。
そのせいか、高校生になったっていうのもやけにくっついてくる。
さっきのあいさつだって、扉が開ききる前に聞こえてきた。きっと耳を澄ませて俺が帰ってくるのを待っていたんだろう。
だったら買い物を手伝ってほしいものだけど忙しいといって断られてしまっていた。
「ただいま。なんか用があるって言ってたけど片付いたのか?」
「はい。これを見てください」
葵は亜麻色のツインテールを揺らしながらスマホの画面を俺に示す。
「どれどれ……ってまたギャルゲーやってたのか?」
「またって失礼ですね。これはいま流行りの『おれはる』ですよ?」
「いや知らんけど」
「『俺の青春ラブコメは俺だけのもの』ですよっ! 大ヒットアニメが満を持してスマホゲームとしてリリースされたんです」
頬を膨らませて力説する葵。
その表情はかわいいけれど、でもどこでなにを間違ったのか葵はいつしかギャルゲーマーになってしまった。
今日に限らず暇さえあればギャルゲーばかりしている。
「もうっ、そんなかわいそうな娘を見るような目を向けないでくださいよ」
「葵、ごめん」
「ふえっ! 突然謝ったりしてどうしたんですか?」
「俺の育て方が悪かったんだな。だからこんなギャルゲーが好きになってしまったんだな」
「葵は別にお兄ちゃんに育てられたわけじゃありませんから安心してください」
「いや、そんな胸を張って言うようなことじゃないだろ」
「しかも大してないし、とか思ってるんですよね?」
「思わないから。自分の妹をそんな目で見ないから」
「ほんとですか? ……いいんですよ?」
なにがいいんですよ、だ。
基本的に葵はいい妹だとは思うけれど、このギャルゲー脳には困る。
「相変わらず仲が良いわね。……妬いちゃうぐらい」
さくらは小声でなにやら言うと、俺と葵の脇をすり抜けてキッチンの併設されたリビングへ向かう。
勝手知ったるという様子だが、それもそうだ。
俺が恋愛拒絶ウイルスに感染して落ち込んでいたころ、俺が葵にロクなものを食べさせていなかったことを知ってから毎日のように家に来て食事を準備してくれている。
さっき一緒に買い物に行ったのもその流れだ。
最近では俺は落ち込むどころかいまの生活を満喫しているから、料理をしようと思えばできるけど、週末ともなれば女の子と出かけたりもすることも珍しくないわけで。
そんなときに葵の食事を準備してくれるのはありがたい。
「で、どうだったんですか?」
さくらがリビングへと入ったのを確かめると葵が訊ねてくる。
「どうってなにが?」
「さくらちゃんと距離は縮まったんですか?」
「縮まるもなにも、あいつとは昔からの付き合いだからな」
「そうじゃなくって。葵が言ってる意味は分かってますよね?」
「そんなギャルゲーみたいなことはないから。そもそも俺は詳しくないけど、幼馴染は負けフラグなんじゃないの?」
「なかなかいい所を突いてきますね。でも最近は出てくる女の子がみんな幼馴染ってのもあるんですよ? 幼馴染が負けフラグなんて過去のものですよ?」
「知らんけど。とにかく俺とさくらにはなにもないから。これまでもこれからも」
そろそろしつこく感じて俺は突き放すように言ったのだけど、葵はポンと両手を合わせる。
「分かりました。幼馴染ルートじゃないのなら、お兄ちゃんは妹ルートをご所望なのですね。なるほど、なるほど。葵も覚悟を決めないといけませんね。といっても葵の準備はいつでもできているんですけど」
「なんの準備か知らんけど、そろそろさくらを手伝ってやったらどうだ?」
「お兄ちゃんは葵が料理をできないことを知っていますよね?」
「そりゃそうだろ。俺は葵のことならなんでも知ってるからな。だからさくらを手伝って少しは料理を学べって言ってるんだよ」
事実、葵は料理がまったくできない。カップ麺もまともにつくれないほどだから料理下手とも呼べないほどひどい。だから叱咤するつもりで言ったのだが、葵は違うところに反応していた。
「なんでも知ってるんですか……? じゃあ葵の身体の秘密も?」
「そうだな、子どものころにお尻が青かったのも知ってるよ」
「なっ、なっ、なんてことを言うんですかっ! さくらちゃーん、お兄ちゃんがひどいんですけどー」
薄く笑みを浮かべながら言ってやると、葵は瞳を潤ませてドタドタとさくらのほうへと駆けて行った。
そんな反応をするんなら最初から変なことを言わなければいいのに。
まぁ恋愛拒絶ウイルスの効力が葵にも及ぶかもしれないわけだし、あんまりべたべたするのは良くない気がするし。
これぐらいの距離感を保っていないとな。