第59話 断じて尾行なんてしてないよ
「加那さん、どうしたの? 大丈夫?」
肩を掴んで揺さぶっても返事はない。
加那さんはうずくまったまま小刻みに身体を震わせている。
恋愛拒絶ウイルスに感染した者同士が2回もキスをしたことで、記憶を失ってしまうこと以外の反応が出てしまったのかもしれない。
「ごめん、加那さん、俺のせいで……。すぐに救急車を呼ぶから」
震える手でポケットからスマホを取り出そうとしていると、
「プっ、プっ、プハハハハハッハハハっ」
――加那さんが大笑いしていた。
「ごめん、ごめん。ちょっとだけからかうつもりだったんだけど、あまりにも颯真くんが真剣だからさ。おかしくなっちゃって」
「からかうつもりだった……? ってことは俺のことを忘れてるわけじゃないんだよな。それは良かった。けど、ちょっとひどいんじゃないか?」
「だから、ごめんて」
「からかうにしてもやっていいことと、そうじゃないことがあると思うんだけど」
「それはそうだけどね」
加那さんは目じりに浮かんだ涙を拭いながら立ち上がるとびしっと俺を指さす。
「颯真くんもさ、結構ひどいことしたよね?」
「ひどいことって?」
「へえ、とぼけるつもりなのかな?」
「そんなこと言われても、なんのことなのか分からないんだけど?」
「だから私との記憶を失ったのをいいことにいろんな女の子とキス、してたよね? キスだらけの青春だとかなんとか言ってさ」
「そ、それはなんというか、いまとなっては加那さんに悪いことしたって思ってるよ」
「ふーん、いまとなっては、ね」
「だって記憶を失ってたから仕方がないだろ?」
俺の抗議にも加那さんは冷ややかな目線を向けてきている。
加那さんとキスをしなければ、ほかの女の子とデートをしたりキスをしたりすることは間違いなくなかった。
それなのに俺が一方的に責められるというのもなんか違う気がしないでもないが、事実は事実だ。
起きたことを取り消すことはできない。
とにかくいまは謝ることしかできない。
が、「ごめん」と言いかけて、ふと引っかかりを覚える。
「そういえば加那さんはなんで俺がほかの女の子とデートに行ったりしたことを知ってたの? 葵は加那さんから聞いたって言ってたけど」
「うっ……。そ、それは私が生徒会長だからだよ」
「いつも思ってたけど、生徒会長だからって言うのはなにも説明してないよね?」
「そんなことはないよ。生徒会長はなんでも知っていないといけないからね」
両手に腰を当てて胸を張る加那さん。
豊かなふくらみが強調されていて眼福だけど、俺は誤魔化されない。
「もしかして俺のこと見張ってた?」
「そ、そんな尾行とかしてないよ? 前に付き合ってたときに互いの居場所が分かるアプリを入れたのは双方同意のもとだったし、それをたまに見てたまたま颯真くんがいる場所に出かけることはあったけど、断じて尾行なんてしてないよ」
図星をつかれて動揺しているのか加那さんは口早に一気にまくしたてた。
いつも余裕ぶってるのにこんなふうに焦っている姿を見ると、どうしてもかわいく見えてしまって俺の口からはため息が漏れる。
「尾行とは言ってないんだけど……。やっぱり尾行してたんだね?」
「うっ、無理やり自白させるなんて……。颯真くん、腕を上げたね」
「なんの腕なんだよ? まぁ別にいいけど」
「でしょ? 細かいことなんてどうでもいいよね。私は颯真くんのことが心配でずっと見守ってただけなんだから」
「そういうことにしとくよ。そもそものきっかけは俺なんだから、とやかく言うわけにもいかないしね」
「そうだよね。とにかく、今日は久しぶりのデートなんだから楽しもうか?」
そう言うと加那さんは俺の追及から逃れるように俺に背を向けて一歩踏み出す。
「ほら、早くしないと置いてくよ?」
背中を向けながら手をこちらに伸ばしてくる。
「はいはい、わかってるよ」
いつだかもこんなふうに言葉を交わしていたな。
これから俺と加那さんの関係がどうなるのかはわからないけど、もう絶対に加那さんのことを忘れたくはない。
そんなことを思いながら俺は加那さんの手を強く握るのだった。




