第58話 痛いよ
学校対抗戦の翌日。
俺は鹿児島中央駅を訪れていた。
いつの間にか決まったデートの集合場所に指定されていたからだ。
加那さんとデートに出かけるのは半年ぶり。
経緯はともかく、ほんとに楽しみで仕方がなかった。
だから久しぶりにサッカーをして身体は疲れ果てていたのに、昨夜はなかなか寝付けなかった。
でも眠気なんて感じないほどに爽やかな朝を迎えることができた。
相手が誰であってもそうだけど、デートのときに女の子を待たせるわけにはいかないから集合時間よりだいぶ早めに家を出た。
のだけれど、加那さんは先に着いていた。
これは大失態だ。早く声をかけて謝らないといけない――そう思いながら俺の視線は加那さんの姿に釘付けになってしまって動けない。
身にまとっているのはパステルブルーのチュニック。
緩めなシルエットなのに胸元はしっかりと質感を主張しているし、短めの裾からすっと伸びた白い足は朝日を反射してまぶしく輝いている。
首を傾げてスマホの画面をジッと眺める顔にどこか困惑の色が見て取れるのが少し気になるけれど、いますぐにでも加那さんの声を聞きたい。
はやる気持ちに突き動かされるように俺は駆け出した。
「加那さん、おはよう」
「えっと……おはよう?」
「どうしたの? 真剣な顔をしてスマホ見てたけど、なんか生徒会の関係でトラブルでもあった?」
「そういうわけじゃないんだけど……」
やっぱり加那さんの様子はおかしい。
なにかトラブルが起こったけど、せっかくのデートを台無しにしたくないってことなのかな?
昨日、あれだけの演説をぶってしまったわけだし、少しは俺のことを頼りにしてほしい。
「いろいろやらかした俺のことは頼りにならないかもしれないけど、ほんとになにかあったんなら俺も協力するよ」
優しく微笑みながら告げた俺に加那さんは怪訝な表情を浮かべて、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
加那さんの口の動きは、ほんとにゆっくりと見えて、はじめ耳に届いた言葉の意味が理解できなかった。
「えっと、たしか喜入くん、だよね?」
「……っ!」
その言葉に記憶がフラッシュバックする――中学校の卒業式の翌日。結唯にそう言われた記憶が。
……信じられない。
もう二度とあんな惨めな思いを味わいたくないって思っていたのに。なんでこんなことになってしまうんだ。
「うそ、だろ? うそだって言ってくれよっ!」
俺は肩に手をやって加那さんの身体を揺さぶる。
「痛いよ……」
「ごめん、なさい」
慌てて俺は加那さんから手を離す。
「スマホのスケジュールに今日この時間にここに来るようにって記してあったから来てみたんだけど、心当たりがないんだよね。キミはなにか知ってるかな?」
キミ、か。
昨日まではずっと颯真くんと呼んでくれていたのに。
俺が記憶を失っていた間もそうだったのに。
それなのにいま、加那さんは俺のことをキミと呼んだ。
信じたくないし、信じられないけど、これは俺が招いてしまった事態だ。
学校対抗戦のあと調子にのって加那さんにキスしたからこんなことになってしまった。
2回目だから免疫ができてるかもしれないだって?
そんな都合のいい話があるわけないって一番知っているのは俺だったはずなのに。
あれほど好きだった加那さんを忘れてしまった俺はキスをしたらいけないって心に刻まなければならなかったのに。
けれど悔やんでも仕方がない。
さっきから通行人が訝しげに俺たちのことを眺めている。
通行人の多いこんな所で加那さんに付きまとっていれば、通報されるかもしれない。
「……いいえ。俺はたまたま通りかかっただけです。変なことをしてすいませんでした」
「そっか……。じゃあ私も帰ろうかな」
俺が加那さんのことを思い出したように、加那さんが俺のことを思い出してくれる日が来るのだろうか。
俺が加那さんのことを思い出したのも奇跡みたいなことだったわけだし、期待するのは間違っているのかもしれない。
いや、やめよう。
考えれば考えるほどドツボにはまるだけだ。
いまは余計なことを考えるのはよそう。
「俺も帰ります」
加那さんに背を向けて一歩踏み出した。
が、
「プっ」
「えっ?」
変な音に気づいて振り返ると――加那さんがうずくまっていた。




