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第57話 罰ってなんだよ……

 心底幸せそうな加那さんの言葉は続く。


『2年連続で負けてたってことは私が入学してから1度も勝ってないってことなんだよね。だからこのまま負け続けて卒業するのは嫌だったんだよね』


 ほんとに良かった。

 加那さんの言葉を噛みしめて胸が熱くなるのを感じていたときだった。


『だからある男の子に、今日は活躍して絶対に優勝させてねってお願いしてたんだよね』


 ……ん? この話の流れはどういうことだ? 

 なんか嫌な予感がする。


 スタンドの生徒たちもざわめき始めている。

 そりゃそうだろう。

 加那さんは砕けた調子であいさつをしているけど、優勝校代表者のあいさつで特定の人のことを話すなんて誰も想像していなかったはずだ。


『でね、私のお願いを聞いてくれたその男の子に私はご褒美を上げることにしたんだ』


 ざわめきはさらに大きくなる。

 俺の胸の鼓動も激しくなる。

 いやいやいやいやいやっ! ちょっと待ってくれ!


『そうそう、その男の子はね、喜入颯真くんって言うんだよ。どこにいるかな?』


 手をおでこに当ててキョロキョロ見回す加那さん。

 その動きに合わせるようにスタンドの生徒たちも俺のことを探し始める。


「加那さんがほめてくれてますよ。良かったですね、お兄ちゃん」

「良くないって。なんで加那さんはこんなことするんだよ?」


 ひそひそと葵と声を交わしている間も加那さんは言葉を続ける。


『うーん、まぁこれだけ人が多いと簡単には見つけられないね。まぁいいか。話を戻すよ。で、ご褒美っていうのはね――私は颯真くんの彼女になってあげることにしましたっ!』


 スタンドはもうざわざわではなく、どよどよしていた。

「生徒会長と付き合うだなんて許せない」「喜入ってやつはどこにいるんだっ?」などと殺気に満ちた声が飛び交っている。


 これはどういうことだ?


 加那さんの意図がさっぱりつかめない。

 なにより優勝校代表者あいさつで言うことなんかじゃないはずだ。


 すっかり混乱した頭を抱えていると、

「なるほど、そういうことですね。加那さんも策士ですねえ」

 葵が隣の席でしたり顔をしていた。


「なにを納得してるんだよ?」

「つまりですね、これでもしお兄ちゃんが加那さんのことをもう一度忘れることがあっても、お兄ちゃんはほかの女の子に手を出せないってことですよ」

「……そこまでする必要あるか?」

「ええ、お兄ちゃんを好き勝手やらせると大変なことになるってことは私も加那さんも身に染みて知りましたからね」

「反省してるって。あれはたぶん加那さんのことを忘れた俺が寂しくて無意識のうちにやってたことなんだよ」

「無意識にですか……。なおさらたちが悪いですね」

「ほんと悪いと思ってるから。加那さんを止めてくれよ」


 そんな俺の願いむなしく、加那さんはなおも続ける。


『明日はさっそくデートに行くことにしたんだ。いいでしょ?』


 いや、いいでしょじゃなくてですね……。

 そもそも明日デートに行くだなんて俺は聞いてない。


『あとついでに言っとくけど、もし颯真くんに手を出す女の子がいたら生徒会長特権で退学処分にするからね』


「生徒会長にそんな特権ないからっ!」

 俺は思わず立ち上がって叫んでしまう。


 それがまずかった。

『あっ、そこにいたんだ。やっほー』

 加那さんは俺に向かって手を振る。


 そのせいで周りの生徒たちに俺の居場所がバレてしまった。

 刺すような視線を浴びて慌てて座席に座り直したが遅かった。


「ちょっ、やめろってっ!」


 周囲の席に座った男子生徒たちがペットボトルやら丸めた紙やらを次々に投げつけてきた。

 中身が入ったままのペットボトルは痛いからほんとにやめてほしい。

 せめて飲み干してから投げてほしい。


「罰が当たりましたね?」


 いつの間にやら葵は俺から離れて見の安全を確保していた。

 口元に手を当てて「イシシ」と笑っている。


「罰ってなんだよ……」

「自分の胸に訊いてみてください」


 いたずらっぽい表情を浮かべる葵の視線から逃れるように空を仰ぐと、俺の席の真上をつがいの鳥が飛んでいた。

 光沢のある青い羽の鳥たちは俺の頭上から高度を下げながら、ちょうど加那さんのいる朝礼台へと向かって旋回する。


 そうして自然と加那さんのほうへと向かった俺の目がとらえたのは、にかっと口角を上げる加那さんだった。

 俺のことをいじめるのを楽しんでるな──なんて思っていると、不意に風が吹いて流された加那さんの金色の髪がより強く光を反射させた。


「っ……!」


 思わず息をのんでしまったのは、輝いているのが髪だけではなかったから。

 きらきらと光を反射させてしずくが風に流されていた。


 加那さんの顔を見つめなおすと、その瞳は濡れていた。

 碧眼が色を濃くしていた。


 加那さんはそれでも笑みを浮かべているから、俺の席の周りの生徒たちはきっとそのことに気づいていない。


 加那さんにはほんとにつらい思いをさせてしまったんだな。


 情けなくも俺にはそう思うことしかできない。

 ただ──もう二度と加那さんのことを俺は忘れない。

 あらためてそう誓いながら加那さんの瞳を見つめる。


 俺の視線に気づいた加那さんは、目じりをそっと拭って笑顔を華やがせると、大きく頷いてくれた。

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