第55話 忘れないって約束してくれる?
誰かとキスすること自体はもう何度目かわからない。
でもやっぱり加那さんとのキスは特別で格別だった。
柔らかい唇に唇を当てていると溶けてしまって加那さんと一つになったように錯覚する。
ドロドロに混ざって時間の感覚がわからなくなる。
幸せっていうのはこういうことなんだろうと思考じゃなくて心で感じる。
ずっとこうしていたい。
「颯真くんっ、なにをしてるのっ!」
ドンと胸が突かれて視線を動かすと、加那さんがいろんな赤色で顔を染めていた。
「キスだけど? 嫌だった?」
「嫌じゃないけど。できればずっとしていたいけど……」
「だったらもう一回する?」
「えっと、うん、そうだね……じゃなくってっ! ダメでしょ! また忘れたらどうするつもりなのかなっ!」
加那さんは慌てているけれど、なぜだか俺は確信していた。
「大丈夫だよ。俺はもう絶対に加那さんのことを忘れたりしない」
「……私も颯真くんのことを忘れるつもりはないけど。でもどうなるかわかんないでしょ?」
「二回目だから免疫ができてたりするんじゃないの?」
「だったらいいけど、だけど私はもう二度と颯真くんに忘れられたくないんだよ。わかるでしょ?」
小さく唇を尖らす加那さん。
いじらしい姿にまたキスしたくなるけど、こうまで言われるとさすがにもうするわけにはいかない。
「そうだね。俺も加那さんには忘れられたくない。だからいまのキスは忘れてくれるか?」
「忘れないために忘れるって変な話だね」
そうして加那さんは声に出して笑う。
幸せそうに顔をほころばせているのを見ていると、俺もおかしくなって一緒に腹を抱える。
『間もなく閉会式が始まります。生徒の皆さんは席についてお待ちください』
もう笑いを止められないかもしれないと思っていた俺たちを救ってくれたのは閉会式の開始を告げる放送だった。
「さてと」
加那さんは笑い転げたあまり涙が滲んだ目元を手の甲で拭う。
「私は閉会式の前にメダルを取りに行かなくちゃだから、行くね?」
「それなら俺が行ってくる。控室の場所はだいたい分かってるし」
「でも私は……」
「生徒会長だからとかは気にしなくていいから。それに俺のことを少しは頼ってほしいんだ」
「いいのかな?」
「いいんだよ。加那さんが生徒会長でもそうじゃなくても俺が加那さんのことを好きだって気持ちは変わらないから」
加那さんを変えてやるだなんて言ったけど、簡単に人を変えることなんてできるはずがない。
俺に向けられた加那さんの視線は力なく揺れている。
「……いま言ったことを忘れないって約束してくれる?」
「絶対に忘れない。言葉だけじゃない。この気持ちもずっと大切にしていく」
少しでも不安を振り払ってあげたくて浮かべた俺の精いっぱいの笑顔に加那さんはうん、と頷きを返してくれて、今度こそ俺のことを正面から見つめてくれた。
「じゃあ先に閉会式に行くね? 颯真くんが勝ち取ってくれた優勝旗を受け取って来るよ」
「俺は観客席で見とくから」
「じゃあ……あとでね」
「うん、あとで」
加那さんは華やかな笑みを残して軽快に駆け出した。
歩を進めるたびに揺れる金色の髪が夕日をきらきらと反射させている。
その後ろ姿を見送ると、俺もメダルがあるという控室へと走り出す。
サッカーをやっていたときはもう走れないと思っていたのに身体が軽い。
頭にかかっていたもやが晴れて最高の気分だった。




