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第52話 ちゃんと話すよ

「会長、ごめんなさいっ!」

「どうかしたの?」


 会場周辺を走り回ってようやく加那さんを見つけることができたのは閉会式が始まる直前だった。

 閉会式が執り行われるスタジアムの正面入り口の前で、深刻そうな顔をした生徒会役員の1年生の女の子となにやら話をしていた。


「閉会式で授与するメダルが1個足りないみたいなんです」

「さっき控室で数を確認して、必要な分だけ段ボールに入れてきたんじゃなかったっけ?」

「そうなんですけど、箱から出して確認したときに1個だけ忘れてきちゃったみたいで」

「そっか、じゃあ先行ってて。私が取ってくるから」

「えっ、それじゃあ会長が間に合わなくなりますよ」

「ううん、大丈夫。優勝旗授与には間に合うから」

「だったら私が走っていってきます」

「いいから」

「でも……」

「気にしないで。だって私は生徒会長だからね。ほら、早く行って」


 1年生の女の子はまだ逡巡していたようだったけれど、「早くしないと閉会式が始まっちゃうよ」と加那さんに背中を押されてスタジアムの中へと入っていった。


「うーん、ちょっと厳しいかもだけど、なんとかなるかな」


 細い手首に巻いた腕時計を見て控室のあるほうへ駆け出そうとする加那さんの前へと俺は歩を進める。

 いまの話を聞いていれば、こんなことをしてる場合じゃないってのはわかってる。

 

 でも俺はもうこれ以上待ちたくないし、なにより加那さんを待たせたくない。

 記憶を失っていた俺からするとほんのわずかな時間だけど、俺に忘れられてしまった加那さんにとって半年は長かったはずだ。

 少しだけでもいい。

 ちゃんと話がしたい。


「加那さん、約束は果たしたよ。ちゃんと話してくれよ」


 ゆっくりと言葉を紡いだ俺の姿を認めると加那さんは優しく微笑んでくれた。


「さすがは颯真くんだね。まさかほんとにやってのけるとは思ってなかったよ」


 加那さんの口調はけれど、いつものように飄々としている。

 それがじれったくて俺は口早になる。


「約束したよね? 俺は約束を果たしたよ。だからちゃんと話してくれよ――どうしてあの日、俺にキスをしたのか?」

「閉会式のあとでもいいかな? ちょっと手違いがあってね。急いで控室まで行かないといけないんだ」

「ダメだ」


 即答する俺の目の前。

 加那さんは困ったような表情を浮かべて頬をそっと撫でる。


「そもそも颯真くんは私が颯真くんにキスをしたって言うけど、ほんとなの?」

「だから言っただろ、俺は思い出したって」

「ああげえだよ」


 いつものわけのわからない言葉で俺のことをけむに巻こうとしている。

 だけど俺は退かない。退くわけにはいかない。


 こうまでして加那さんが話したがらないのはきっと理由があるはずなんだ。

 加那さんのことだから話さないほうが俺のためになるって考えているに違いない。

 

 でも、だったら加那さんはどうなる?


 脳裏によぎるのは中学の卒業式の翌日。

 結唯に忘れられてしまった俺はほんとに惨めな気分を味わわされた。


 そこから立ち直れたのは加那さんが俺のことを救ってくれたから。

 俺が加那さんのことを忘れたあと、加那さんはずっと平気な顔をしていたけど、人はそんなに強くいられないってことは俺が誰よりも知っている。


 思い上がりなのかもしれないけど、それでもいい――今度は俺が加那さんを救う番だ。


「加那さん、俺は夢を見たわけじゃない。ほんとに全部思い出したんだ。俺が加那さんのことを好きで、加那さんが俺のことを好きでいてくれたことを。そしていろんな所でデートをして笑い合っていたことを。だからこそわからないんだ。あの日、どうして加那さんが俺にキスしたのか?」


 真摯に紡いだ言葉に加那さんは肩をすくめる。

 このままとぼけ続けることはできないと観念してくれたらしい。


「……どうやら思い出したっていうのはほんとみたいだね」

「ほんとにごめん」

「颯真くんが謝ることじゃないよ。キスをしたのも私がしたかったからってだけだしね。ほら、私も女子高生だからさ、そういうのに憧れるんだよね。うちの校則にはキスを禁じるなんてことは書かれてないから生徒会長がキスをしてもいいわけだしね」


 事実は事実として認めつつも、まだ軽い声色に俺はいら立ちを募らせてしまう。

 加那さんが悪いだなんて思わないけれど、どうしても感情がささくれ立ってしまう。


「いつまではぐらかすつもりなんだよ?」

「そんなつもりじゃないよ。後悔しなかったかって言われると微妙だけどね。でも気持ちが昂っちゃってたからね」

「いい加減にしてくれよっ!」


 どこまでもはぐらかそうとする加那さんに思わず叫んでしまった。

 近くの木に止まっていた小鳥たちがバサバサと音を立てて飛び去る。

 大声に驚いた加那さんがビクッと肩を震わせて目じりに涙を浮かべているのを見て、俺はようやく冷静になった。


「……ごめん、そんなつもりじゃなかったんだ」

「ううん、私が悪いんだよね。颯真くんは真剣なのに私がいい加減なことばっかり言うから。……わかった、ちゃんと話すよ」

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