第5話 チョロインだらけの毎日
恋愛成就を俺は望まない――
なーんて思っていたのは、最初のうちだけ。
いや、もうほんと笑っちゃうよね。
なにが「恋愛成就を俺は望まない」だよ。
イケボで言っちゃうの?
陰のある表情なんて浮かべちゃうの?
自分のことだけれど、ほんと片腹痛いよ。
いまにして思えば懐かしいというか、なにをそんなに真剣に考えていたんだろうって自分でもおかしくてたまらない。
なぜなら俺は気付いたから。
――恋愛拒絶ウイルスは呪いなんかじゃない。むしろこれは神からの祝福であり福音だ、と。
だってそうだろ?
かわいい女の子とちょっと付き合って、飽きたらキスして「はいさよなら」なんだから。
相手は俺のことをすっかり忘れるんだから、後腐れなんてまったくない。
幸い、高校入学後も俺がモテるのは変わらなかったから、相手を選ぶのには苦労もしないし。
そんなわけで高校二年の春を迎えたころ、俺はキスだらけの青春を送っていた。
ほんとに俺の周りの女の子たちはそろいもそろってみーんなチョロい。
クラスで一番かわいいと評判のあの子も。
演劇部でいつも主演を張る先輩も。
美人だけどどこか陰のある同級生も。
ついでに俺のことを忘れてしまった結唯とももう一度キスした。
少しだけ優しくして、マメに連絡して、そしてどこかで聞いたような甘い言葉をささやいてやれば、あっという間に落ちる。
どの娘もかわいいか美人だから、街に一緒に出かけると行き交う人たちの視線を集めてくれる。
「え? あの娘、すごくかわいくない?」なんて声が聞こえてくるたびに優越感を覚える。
でも最初はみんな新鮮でいいんだけど、すぐに「なんで別の娘と話してたの?」とか「明日も遊びに行ってくれる?」とかウザくなるんだよね。
けどそうなればちょっと真剣な顔を見せて「キスしよう」って言うだけ。
いまの俺にとってキスは恋愛成就の証しであると同時にさよならのあいさつ。
唇を重ねてる間に俺が考えるのは、次はどんな娘と付き合おうかなってこと。
もちろんすぐ次の日に誰かと付き合うってわけにはなかなかいかないけれど、少し相手を物色すればすぐに手ごろな娘が見つかる。
ちょうどいまはそんな時期。どこかにかわいい娘はいないかなって探すターン。
夕食の買い出しに訪れたスーパーで俺は視線を走らせていた。
おっ、いま切り身魚のパックを手にした娘はけっこういいかも。
適当に煮込んだり焼いたりするだけでいい肉とは違って、魚料理は手間がかかる。
そんな料理をしようって娘はいい彼女になってくれそうな気がする。
もちろん見た目もいいしね。
この距離から見てもはっきり分かるぐらい大きな胸も魅力的だし……。
「……って、いてえよ」
「颯真がぼけっとしてるのが悪いんでしょう」
次のかの状候補を物色していた俺の耳をつまみ上げながら平然と言い放つのは、谷山さくら。
腰の少し上まで伸ばした真っ黒な黒髪に切れ長な瞳。
体型はスラリとしているが、腰のくびれはきれいだし、これはこれでアリだ。
でもさくらに手を出すつもりはない。
なぜなら、さくらとはいつからか思い出せないぐらい長い付き合いがあるから。いわゆる幼馴染というやつだ。
いろいろと世話になっているということもあるし、さすがに幼馴染に忘れられるのは耐えられそうにない。
とはいえ耳をつまみ上げられたことには文句を言う必要がある。
「なんでだよ? 俺はカゴを持ってるだけでいいって言ったのはさくらだろ?」
「口で言うことと本心は違うのよ」
「俺とさくらの間でそんなめんどくさいことをする必要があるのかよ?」
「それって……もしかして私と颯真は特別な関係ということなのかしら?」
顔を微かに俯けながら黒髪を耳にかけるさくら。
「幼馴染が特別な関係と言うのならそうかもな。でもそれ以上でもそれ以下でもない」
「むー。なによ、それ?」
「単なる現状の確認だろ?」
「現状ってことは将来は違うのかしら?」
今度はぱあっと顔を華やがせる。
なんでこいつはこんなにコロコロ表情を変えるんだろう。さっぱり分からない。
たしか去年の秋か冬か、それぐらいからこんなふうになった気がするけど、なにかきっかけがあったのか?
でも夕暮れ時のスーパーでいつまでもさくらの茶番に付き合うわけにもいかない。
「面倒な会話はこの辺にしてさっさと買い物を済ませようぜ? 葵も腹を減らしてるはずだし」
「ここで妹を持ち出すなんて姑息ね。……けれど葵ちゃんのためなら仕方ないわ」
さくらはわざとらしく大きなため息をつくと「行くわよ」と歩を進める。
ようやく解放されてさっきかわいい女の子がいた魚コーナーを見やるのだが、すでに姿はなかった。
名前を聞いて、連絡先ぐらいは交換しておきたかったのにな。さくらのせいだ。
恨めしそうにさくらをにらんでいると、野菜コーナーの一角から手招きされた。
素直に従うのも癪だけど、これ以上、あれこれ言われるのも面倒だ。
俺は小さくため息を漏らすと、さくらのほうへと向かうのだった。