第47話 この間はごめんなさい
けれど、その日の放課後、俺は加那さんと会えなかった。
生徒会室で待っていても来なかったし、3年の教室を覗いても姿はなかった。
昨夜はスマホを握ったまま寝てしまったから充電が切れたまま学校に来ていて、スマホで連絡を取ることもできなかった。
そうこうしているうちに下校時間となってしまい俺は仕方なく帰宅していた。
「お兄ちゃん、この間はごめんなさい。葵は、その……」
夕食後、キッチンに立ち食器を洗っていると葵に声をかけられた。
「いいよ。葵は俺の様子がおかしくて心配してくれてたんだよな。それに俺も思い出したんだよ。会長と一緒に過ごした時間のことを」
「……っ! ほんとですか?」
「あぁ。なんで忘れてたんだろうな。絶対に忘れない、忘れたくないって思ってたのに。やっぱり俺の気持ちが中途半端だったのかな」
「そんなことありませんっ! 加那さんと一緒にいるときのお兄ちゃんは加那さんしか見えてないって感じでした。……妬いちゃうぐらいに」
「それはほんとに、ああげえだな」
申し訳なさそうな顔をしていた葵だったが、俺が加那さんの口真似をすると表情をほころばせてくれた。
加那さんは葵と一緒にいたときにもああげえと言っていたんだろうな。
「あれってどういう意味なんでしょうね?」
「さあ? 記憶が戻ってもあの言葉の意味は分からないな」
食器を洗い終えて指先で鼻の頭をかくと葵は声に出して笑う。
リビングに移ってソファーに座りテレビをザッピングしていると葵がポツリと漏らす。
「明日は学校対抗戦ですね。お兄ちゃんはサッカーに出場するんでしたよね?」
学校対抗戦とは俺たちの通う薬師高校と近くにある上之園高校が数十年前から続けているという伝統行事。
サッカーやバスケットボール、バレーボール、柔道など11種目で勝敗を競う。
ただし部活動に所属する生徒は自分の専門の種目には出られない。
選手として出場するのは、帰宅部や他のスポーツをしている生徒に限られる。
だから経験者は重宝されるわけで、俺はサッカーに出場することになっていた。
去年の今ごろは恋愛拒絶ウイルスに感染したことが分かったばかりで落ち込んでいて、こんな大会に参加するなんて考えられなかった。
今年はほかの生徒の注目を集める大会に出たら彼女候補となる女の子にいい格好を見せられるという思いから参加を決めていた。
でも加那さんとのことを思い出したいま、そんな気持ちはもちろん消えていた。
「どうかしましたか?」
「いや、久しぶりにサッカーをするから身体がちゃんと動くか不安なんだよな」
「きっと大丈夫ですよ。お兄ちゃんの活躍で加那さんが優勝旗を受け取れるように頑張ってくださいね」
「会長が受け取るってどういうことだ?」
「優勝旗を受け取るのは生徒会長ですよ。開会式と閉会式であいさつもしますし」
「そうなのか?」
「はい」と頷く葵。
そういえば去年は出席を取った直後に会場をこっそり抜け出したから、開会式も閉会式も見ていない。
「じゃあ開会式の会場に早めに行けば会長とは話ができるな」
「もしかしてまだ加那さんと話してないんですか?」
「今日、学校で探したんだけど、見つからなくてな。葵にはなにか連絡はあったか?」
「それがないんです。お兄ちゃんに加那さんとお兄ちゃんが付き合っていたことを話しましたってメッセージに『うん、わかった』って返事はあったんですけど、そのあとはなにもなくて」
「そっか。会長がいまなにを考えてるのか知りたいんだけど、葵にも連絡がないんだな」
「もう一回、メッセージ送ってみましょうか?」
スマホを手に取る葵に俺は首を横に振る。
「いいよ。どうせ明日になれば会えるだろうし」
「そうですね。そっちも頑張ってくださいね」
「わかってる。ちゃんと決着をつけるよ」
立ち上がって頭を撫でると葵は「はいっ!」と笑みを返してくれた。




