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第44話 颯真くんのことは全部わかってるよ

 冷たい雨が降っていた。

 芝生の上に仰向けになる俺の頬に落ちては跳ねる。

 頬の上を雨粒が筋となって流れる。


 短い秋の終わりが近付いて、冬の吐息が目に見え始めるころだった。

 雨は静かに体温を奪っていく。


 けれど頬を伝う筋のいくつかが温かい。

 そうして俺は自分が泣いていることを悟る。


 情けない。


 唇をかみしめながら、うまく力が入らない右腕を動かして目元を拭った。


「ねえ、颯真くん。知ってるかな?」


 頭上から鈴を鳴らすような声が落ちてきて雨粒が止まった。

 その人が傘を差してくれたんだろう。


「日本で降る雨の8割は冷たい雨なんだって」

「……そんなの知らないよ」

「だよね。でも私はなんでも知ってるんだよ。だって私は――生徒会長だからね」


 フフっと柔らかく微笑む声に俺は目を覆っていた腕をどける。

 視界に映ったのは――加那さんだった。


「なんでも知ってるって言っても俺のことはわかってくれてないでしょ?」


 小さく首を振って加那さんは俺のすぐ横にしゃがみこむ。


「わかってるよ。颯真くんのことは全部わかってるよ―ー颯真くんが私たちの関係に、私たちの将来に、不安を抱いているってことは」

「加那さんはわかってないよっ!」

「大丈夫だよ。私はちゃんとわかってるから」


 みっともなく声を荒げる俺に加那さんはどこまでも穏やかな顔を向けてくれる。


「どうしてそんなことが言えるんだよ?」

「だって私は生徒会長だからね」

「そんなこと言って誤魔化さないでくれよ」


 声にならない声を漏らす俺に加那さんは小さく笑って言葉を継ぐ。


「それに私は颯真くんと一緒だからね。私も恋愛拒絶ウイルスに感染しているからね」

「そんなの知ってるよ。だから俺が同じように恋愛拒絶ウイルスに感染してることを知って加那さんは俺に近づいて来たんだよね?」

「そうだよ。でもはじめはね、颯真くんと付き合うことになるなんて思ってなかったんだよ。新入生の中にいつも暗い子がいて心配になったのがきっかけだったんだよね」


「同情……してたってこと?」


「ううん。どうしてだかキミのことが気になって、ロクちゃん先生にあの子はなんなのってしつこく訊いたんだよ。もちろん初めは教えてくれなかったけど、『加那も同じウイルスに感染してるからいいか』ってキミの秘密を教えてくれてね。それからますます興味が湧いちゃって。そっと見守っていたんだよ」


「そっとなんかじゃなかったでしょ? 放課後にいきなり教室に来て俺のことを呼び出したりしてさ」

「そうだったかな?」

「そうだよ。いきなりきれいな先輩が教室に来るもんだからびっくりしたよ」

「へへ、きれいって言ってくれるんだね」


 加那さんは細い指で頬をかく。

 その頬が赤く染まっていて照れてるのがわかるけど、俺も思わずそんな言葉を口にしてしまったことに自分で驚いた。


「まぁ事実だから……。でもほんとに強引だったよね? 俺のことを生徒会人助け係に任命しますとか言ってさ」

「それはほんとに人手が足りなかったからね」

「えっ? そこは俺と過ごすために言い訳がほしかったとかって言ってくれないの?」

「別にそのころはそんなこと考えてなかったからね」

「そっか……。俺は初めて加那さんと出逢ったころからずっとこんな人が彼女だったらいいのにって思ってたのに」

「ふーん、それはどうしてなのかな?」


 ニタニタと楽しそうにこちらを眺める加那さん。


「それはそのほら、あれだよ」

「あれじゃわからないなぁ」

「ったく。……初めはさっきも言ったみたいにきれいだなって思ったから。でも一緒に過ごすようになってから、俺のことだけじゃなくていろんなことを気遣える人だなって思ったんだ」

「ふんふん、それから?」


 もうこれぐらいで勘弁してほしいところだが、加那さんは俺から目を逸らさない。


「それから自分を犠牲にしてでも周りの人のために行動できるのもいいって思った」

「私は生徒会長だからね」

「それは逆でしょ。そんなふうに行動できるから、加那さんは生徒会長に選ばれたんだよ」

「うん、ありがと」

「じゃあ、加那さんは俺のことをどう思ってるの?」

「うーん、そうだねぇ」


 加那さんは指を口元にやって雨雲に覆われた空を見やる。

 けれどすぐに視線を落としてニカっと笑う。


「出逢ったばかりのころの颯真くんはボロボロだったよね?」

「うん。恋愛拒絶ウイルスに感染していたことを知って、俺の青春は終わったって思ってたから。恋愛のできない青春に価値なんてないって思ってたから」

「それでも颯真くんは前を向いた。私はまずそんなところに惹かれたんだと思う」

「前を向けたのは加那さんのおかげだよ。まぁ休みのたびに無理やりいろんな所に連れて行かれるのは最初は迷惑だったけどね」


 笑う俺の額にコツンと加那さんは拳を当てる。

 雨で冷えた身体がそこから温かくなるのを感じる。


「ひどいなぁ。でもとにかく颯真くんは前を向いた。青春の価値を見出そうとした。そんな努力ができるのもいい」

「それだけ?」


 さっきの仕返しとばかりに訊ねると「ううん」と加那さんは首を振る。


「妹ちゃん思いなところもいいし、人に優しくできるのもいいし、それにいつも一生懸命なところがいい」

「だけどどうして加那さんは俺に告白してくれたの? 加那さんだって恋愛拒絶ウイルスに感染してるわけだし、まともな恋愛はできないって思ってなかったの?」

「私も当然、颯真くんと同じことを考えてたよ。でもね、我慢できなくなっちゃったんだ」

「我慢って?」


「それはね」と加那さんは小さく息を吐いて、ゆっくり瞳を閉じる。

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