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第43話 現実はゲームじゃないんですよ

 唇を震わせる葵の表情は真剣なままだった。

 俺が恋愛拒絶ウイルスに感染していると告げた言葉は聞き間違いなんかじゃないし、なんかの冗談ではない。


「はあっ? なんで葵がそのことを知ってるんだよ?」

「加那さんに教えてもらいました」

「加那さんっ? 葵は会長と知り合いなのか?」

「……やっぱりほんとなんですね」


 葵は小さくため息をつくとリビングの中央へ向かう。

 テーブルの上に置いてあったスマホを手に取ると、俺の前に戻ってきて1枚の写真を表示した。


「……これって?」


 そこに映し出されていたのは、我が家のリビングの様子。


 テーブルを囲んで食事を取っているのは、俺と葵、それと――加那さんだった。


「合成とかじゃないんだよな?」

「そんな面倒なことはしません。これは去年の夏にここで撮った写真です」

「じゃあなんで俺はそのことを忘れてるんだよ?」

「私の口からは言えません」

「おかしいだろっ! そこまで話しといてこれ以上は言えないってなんなんだよっ!」


 葵に向かって声を荒げながら俺は気づいていた。


 記憶がこんなにすっぽりと抜け落ちることがあるとすればそれは――恋愛拒絶ウイルスのせいだ。


 いままで俺がキスをした女の子たちもキスをした翌日には俺のことをきれいさっぱり忘れ去っていた。

 でも俺の記憶がないのは、どういうことだ?


 逆ならわかる。


 加那さんが俺のことを忘れてしまったのなら、事情は理解できる。

 となると考えられるのは――もしかして加那さんも恋愛拒絶ウイルスに感染しているのか?


「加那さんと約束したんです。お兄ちゃんには話をしないって」

「じゃあなんで今さらそんなこと言うんだよっ! これまで黙ってたんならずっと内緒にしてればよかっただろっ!」


 妹に対して罵声を浴びせるなんて情けないと思う。

 でも自分の感情がどうしてもコントロールできない。

 そんな俺に対して葵は静かに首を横に振る。


「お兄ちゃんが加那さんと過ごした時間の記憶を失ったと加那さんに聞いても葵は半信半疑でした。そんなことあり得ないって思っていました。でもずっとそばで見ていて、お兄ちゃんが自分で自分を傷つけ続けているのが見ていられなくなったんです」


 ロクちゃん先生にも同じようなことを言われた。

 でも俺が俺を傷つけるっていうのがどういうことなのかまったく心当たりがない。


「……俺は俺のことを傷つけてなんていない」


 葵は「いいえ」とまた首を小さく振る。


「恋愛なんて消費するものだって自分で自分に言い聞かせるお兄ちゃんは自分のことを傷つけているのです」


「そんなことないっ! 青春の価値はかわいい女の子と楽しく過ごせるかどうかで決まるんだよ。だから俺はいろんな女の子とデートをしてるんだ。そんな俺にとって恋愛拒絶ウイルスは福音なんだよ。自分で自分を傷つけてなんていないんだよっ! ギャルゲーが好きな葵なら分かるだろ?」


 なにに対して必死になっているのか俺は自分でもわからない。

 ただ必死になって言葉を連ねていた。


「現実はゲームじゃないんですよ」


 葵は胸に手を当ててそっと微笑む。


「お兄ちゃんは現実から目を逸らすために自分を変えてしまったんです。誰とでも軽い関係を築けるって思い込もうとしているんですよ。それはきっと加那さんとの思い出を失った反動からなんだと思います」

「そんなことない……」


 葵は「いいえ」と再び首を横に振る。


「前はほんとに一途な人でした。加那さんと一緒のときも、そうでした」

「会長と一緒のときって……。やっぱり俺は会長と付き合ってたのか?」


 肩に手をやって訊ねる俺から葵は目を逸らす。


「……あとは本人に直接聞いてください。私が話してしまったことは伝えておきますから」


 そう言うと葵は自分の部屋に入っていった。

 一人残された俺もフラフラと自分の部屋へと向かう。


 倒れ込むようにベッドに身体を横たえるが、すぐにポケットからスマホを取り出すと加那さんへメッセージを送った。


『俺と会長が付き合っていたというのは本当ですか?』


 もし葵の勘違いだったら、ストーカーが送るような文面だと思うと顔には苦笑が浮かぶ。

 ただ、葵に言われたことは本当のことだとなぜだか確信していた。

 記憶にはまったくないけれど、不思議とうそではないと感じていた。


 早く加那さんに確かめたい。

 そう思うのだが、返信がない。

 何度か『起こしてしまってすいません。でもメッセージを返してもらえませんか』みたいなメッセージを送っても反応はない。

 迷惑だと思いながら電話もしてみたが、応えてくれるのは留守電の電子音だけ。


 いつしか俺はスマホを握りしめながら眠りに落ちてしまっていた。

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