第41話 忘れるってのは本来はそういうことのはずだよな
消防団の人たちに本土まで送ってもらった俺たちを待っていたのはロクちゃん先生だった。
加那さんから連絡を受けて車を走らせてきたらしいが、肝心の加那さんは姿を消していた。
訊きたいことが山ほどあったのに、「加那のことは気にするな」とロクちゃん先生に言われ、後ろ髪を引かれながらも俺と菜月は先生の運転する車で鹿児島市内へ向かった。
ロクちゃん先生の赤いSUVは国道を北へ進んでいく。
週末の夜とはいえ、田舎の交通量は少ない。
時折信号につかまりはするが、スムーズに進んでいた。
後部座席で隣に座る菜月は右手で俺の左手を握っていたけれど、しばらくすると静かな寝息が聞こえてきた。
臥輪島に取り残されたのが不安で疲れ果ててしまったんだろう。
赤信号の交差点でロクちゃん先生がカーラジオのスイッチを入れた。
寝ている菜月を気遣うように音量は控えめ。
『週末の夜、みなさんいかがお過ごしでしょうか?』
能天気な女性パーソナリティの明るい声がリスナーに呼びかけていた。
「颯真くん、冒険は楽しいか?」
ルームミラー越しにロクちゃん先生と目が合った。
「なんのことですか?」
島に行ったことを言ってるのだろうか。
そうだとしても冒険というほどではないけど、ほんとになにを訊かれているのか理解できない。
「自分がなにをしているのか、わからないのか?」
「全然わからないんですけど、臥輪島に行ったことですか?」
「わからないのなら、それでいい。だけどそろそろキミは自分を傷つけるのをやめてもいいころなんじゃないのかな」
「さっきからなんの話をしているんですか?」
「……いや、なんでもない。忘れてくれ」
「そんな思わせぶりなことを言われて忘れるなんてできませんよ」
「そうだな。忘れるってのは本来はそういうことのはずだよな」
「……」
もって回ったような口ぶりのくせにロクちゃん先生はなにも教えてくれない。
なんなんだよ。
加那さんも変なことを言っていた。
ロクちゃん先生も中途半端な物言いで、俺のいら立ちは募るばかりだ。
叫びたくなる衝動をかろうじて俺は押さえつける。
「これはキミたちが選んだことだ。私が話すことではなかったな」
信号が青に変わって車が再び動き出した。
もうなにも話すつもりはないとばかりに、ロクちゃん先生が口を引き結んだのがルームミラー越しに見えた。
キミたちなんて言われても誰のことなんだよ。
俺と菜月か、それとも……。
疑問は尽きないけれどロクちゃん先生の様子からすると、なにを訊いても無駄な気がする。
再び静かになった車内にはラジオの音が小さく響いている。
流れているのは、どこかで聞いたことがあるようなラブソング。
甘ったるい男性ボーカルの声が耳障りでしょうがなかった。




