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第35話 控えめに言ってもかわいい

 山下さんとデートに行くことにしていたのはゴールデンウイークを1週間後に控えた土曜。

 朝から空には雲一つなく暖かいを通り越して暑くなりそうな予感がした。

 だから俺は半袖のTシャツの上に薄手のジャケットを羽織って家を出た。


 自宅最寄りの駅から普段の登校のときとは逆方向の電車に乗る。

 山下さんと待ち合わせをしているのは、三つ先の駅だ。

 地方都市の週末の電車は空いている。

 静かな車内で10分ちょっと過ごすと、あっという間に目的の駅に着いた。


 いったん改札を出てスマホをポチポチいじっていると、

「喜入くん、おはよう」

 少し顔を俯けながら山下さんがとことこ歩み寄ってきた。


「どう……かな? 似合ってるかな?」


 すっかり垢抜けた黒髪の先を指先でいじりながらそっと上目遣いを向けてくる。


 どうかなというのは訊くまでもなく服のことだろう。

 袖口にフリルの付いたノースリーブの純白のブラウスに、濃紺のスカート。

 スカートの丈は短めで、健康的なふくらはぎをたどって足元に視線を落とすと厚底サンダル。

 肩から下げた小ぶりなピンクのバッグも愛らしい。

 学校ではしていないメークもしている。

 まつ毛もカールして目元が華やかだ。


 控えめに言ってもかわいい。


 うん、完璧だ。


 事前に伝えておいた通りの服装だ。

 一緒に映画を見に行ってから、山下さんは髪型をいじったり眼鏡をコンタクトに変えたりはしていた。

 でも着こなしまでは簡単に変えられないだろうと思っていたからデートの打ち合わせのついでに今日のコーディネートを伝えておいて正解だった。


「うん、いいね」

「ほんと?」


 微笑を添えて頷いてやると山下さんはぱあっと表情を華やがせる。


「こんな格好したことなかったから不安だったんだけど、そう言ってもらえて良かった。変わるのって不安だけど勇気を出してみるもんだね」


 胸に両手を当てて安堵の笑みを浮かべている。


「ほんとにかわいいよ」

「そっ、そこまで言わなくてもいいよ」


 ちょっとほめるだけで目を白黒させるのもいい。

 けど……山下さんが口にした「変わる」という言葉にふと俺はさくらとの会話を思い出してしまう。

 さくらは俺が彼女を変えたのだと言っていた。

 責任を取ってほしいということではないとも言っていたが、その言葉は俺に重く響いた。


 俺はせっかくデートに行くのなら、道行く人が振り返るようなかわいい女の子と一緒に出かけたいと思って山下さんに着飾ってもらいたかっただけだ。

 別に変えるとか変えたとか、そんな大それたことを考えていたわけじゃない。


「そろそろ電車の時間だと思うんだけど、どうかしたの?」


 山下さんの声が余計なことを考え始めていた俺の意識を引き戻してくれた。

 そうだ、難しいことなんてどうでもいい。

 さくらの告白はいずれ断らないといけないけど、あの様子じゃすんなり済みそうにはない。

 だけどいまはそんなことはどうでもいい。


 いまを楽しめさえすればいい。


 せっかく山下さんが俺の思惑通りかわいく変身してくれたわけだし、今日はデートを楽しむことだけ考えよう。

 それにもし面倒なことになったとしても――キスしておしまいだ。


「ごめん、実は今日のことが楽しみすぎて昨日あんまり眠れなかったんだ。だからボケっとしてた」

「ふふ。私もあんまり眠れなかったんだよね」


 俺たちは目を見合わせると小さく笑う。

 俺にとってはお決まりのやりとり。

 そこに深い意味なんてまったくない。


 けれど山下さんは心底嬉しそうに微笑んでいる。

 その表情を見ると、俺も自然と嬉しくなってくる。

 そう、これでいい。

 余計な考えを頭から追い出して、俺は明るく声をかける。


「じゃあ行こうか?」


 そうして、券売機へ向かおうとすると、山下さんは「ちょっと待って」とバッグを開ける。


「切符は昨日のうちに買ってあるんだ」


 バッグから取り出した切符の行き先には「西大山にしおおやま」と記されている。


「あれ、指宿いぶすき駅に行くんじゃなかったっけ? この西大山ってどこなの?」

「えっとね、指宿の二つ先の駅。前から行きたかったからついでにと思ったんだけど……ダメだったかな?」


 細かいデートのプランは山下さんに任せているけど、二つ先の駅なら問題はないだろう。臥輪島がりんがしまは小さな無人島らしいから行ってもすることは大してないんだろうし。


「全然いいよ」

「うん、ありがとう」


 そうして俺たちは自動改札を通りホームに向かった。

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