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第33話 私は待つわよ。いつまででも

 なんでもいいから適当な言葉を並べ立てて告白されないようにしようと俺が頭を巡らせている間にさくらは俺に告白してきた。

 俺のことを射貫くような視線を向けてきている。


 いまさら『好きって幼馴染としてだよな?』なんて冗談めかした言葉で逃れることは許されそうにはない。


「大きくなったら結婚しようって子どものころに約束したでしょう?」

「子どものころの約束なんて覚えてねえよ」

「……なら、そうね」

「ちょっと待て。なぎなたの代わりになりそうな木の枝を探すのはやめろ」

「頭を叩いたら思い出すかもしれないと思ったのだけれど?」

「分かった。いま思い出した。たしか幼稚園のころだよな?」

「覚えていたのなら素直にそう言えば良かったのよ」

「すっかり忘れてたんだから仕方ないだろ?」


 唇を尖らす俺から目を背けて、さくらはなにやらうっとりした表情を浮かべている。


「私はひと時たりとも忘れたことはないわよ。幸せな恋愛をして、大きくなったら結婚して、そして大勢の人に見守ってもらいながら結婚式でキスをしようと約束したことを」


 恍惚の表情を浮かべるさくら。

 そんな約束を本当にしたのかどうか俺ははっきり覚えていない。

 けれど一つだけはっきりしていることがある。


 俺とさくらの将来にそんなことは起こりえない。


 キスをすればさくらは俺のことをキレイさっぱり忘れてしまう。

 さくらが俺に幼馴染以上の感情を抱いているんじゃないかというのは薄々気づいてはいた。

 でも俺が恋愛拒絶ウイルスに感染したことを知ってからは、のらりくらりとはぐらかしてきたつもりだった。


 幼馴染同士として心地良いい関係を崩したくないっていうのもあったけど、俺たちの関係には未来がないって知っていたからだ。


「どうしてなんだ? 別にいままで通りの関係でいいだろ?」


 だから俺は仕方なく、真剣に告白してくれたさくらに対してそんな言葉を口にしてしまう。


「颯真が私を変えたからよ」

「変えた?」

「そう。話し方もそうだし、これもそうね」


 大切なものに触れるように、細い指先でカチューシャを撫でるさくら。


「いまの関係を崩すのは怖いと思ったけれど、これをもらったことで気持ちがどうしても溢れてきてしまったの。けれど、私を変えたことに対して責任を取ってほしいとかそういうことではないのよ」

「じゃあなんなんだよ?」

「颯真によって変わってしまった自分自身のことが私は好きなの。だから私は颯真のことがきっと好きなのよ」

「わかんねえよ」

「そうね。私にもわからないわ」

「だったらいままで通りの関係でいいだろ?」


 情けなくさっき言ったばかりのセリフを繰り返す俺との距離をジリっとさくらは縮める。


「颯真がなにかに苦しんでいるのは知っているわ。それを話したくないのなら無理強いはしないわよ」


 苦しんでいるというのは、きっと去年の今ごろのことだろう。

 恋愛拒絶ウイルスに感染したことを知って、俺の青春は失われてしまったと絶望していたころのことに違いない。


 でもそれはもう過去のことだ。


 俺は苦しんでなんかいない。

 むしろいろんな女の子と付き合えるいまの状況を楽しんでいるんだ。


「だからいますぐに返事をしてほしいわけじゃないの。私は待つわよ。いつまででも」


 初夏の近付きを感じさせる風がさくらの髪を揺らした。

 さくらはその髪をそっとかき上げて耳にかける。


「っ……!」


 その瞳を見やって俺は息をのんだ。

 黒目の大きな瞳には、いまにもこぼれ落ちそうなほど涙が滲んでいた。


 申し訳ないという気持ちを上書きするように、そんなさくらが美しいと思ってしまう。

 けれど同時にどす黒い感情が胸のうちに湧き上がる。


 ――重い。


 いつまでも待つだなんて冗談じゃない。

 いくら待たれたって俺の恋愛拒絶ウイルスが消え去ることはない。

 そんなことはあり得ないと医者から聞いている。

 それなのに、待たれるなんていうのは重荷でしかない。


 これまで俺が付き合った女の子にキスしてきたタイミングはその娘が重いと思ったときだ。


 だから真摯な態度で俺が口を開くのを待つさくらを見ていると、ふと思ってしまう――キスしてしまおうか、と。


「……バカだ」

「えっ?」

「いや、なんでもない。俺のことだ」

「そう……」


 声を落とすさくら。

 幼馴染がこんな顔をしているのは見たくないし、その原因が俺にあるというのが本当に申し訳ない。


 でも俺にはどうしようもない。


 さくらの気持ちに応えるわけにはいかないし、かといって恋愛拒絶ウイルスなんてわけのわからないことを言っても理解されないだろう。

 いい加減なことを言って誤魔化そうとしていると思われるだけだ。


 それになにより、俺は長年過ごしてきたさくらとの関係を壊したくない。

 さくらは俺がさくらを変えたなんて言っていたけど、俺はなにも変えたくない。

 いまのままの関係でずっといたい。


 だから

「ごめん」

 そう言い残して、俺は逃げるように公園をあとにした。

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