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第31話 お兄ちゃん、ここに座ってください

「ただいま」


 スタジアムから家に帰り着き、俺は普段通り声をかけて玄関に入る。


 けれどいつも「おかえりなさい」と、優しく迎えてくれる葵の声は返ってこなかった。

 外から様子をうかがったときに、電気は付いていたし、なにより寝るにはまだ早すぎる。


 風呂にでも入っているのだろうかと、リビングに入ると葵はなぜだか険しい顔をしてテレビの前のソファーに座っていた。

 視線の先にあるテレビは付いていない。

 静かな部屋でじっと暗い画面を睨みつけていた。


 どうしたんだろうと思うが、立ったままでいるわけにもいかない。

 俺はもう一度「ただいま」と声をかける。


「……お兄ちゃん、ここに座ってください」


 そっとかけた俺の声に、冷たい響きが返ってきた。

 葵はソファーの前のカーペットを指さして冷たく言い放った。

 いつもの甘い声からは程遠い低い声だった。


 やはりなにかに怒っているらしい。


 原因は分からないけど、ここはおとなしく従おう。

 妹に逆らってもいいことはないことを俺はよく知っている。

 ソファーの横を回り込んで、葵の前にあぐらをかいて座る。


「違います。正座してください」


 またも冷え切った声が頭上に響いて俺は慌てて正座に直って、葵をそっと見上げる。

 その瞳は真っ赤に燃えていた。

 今日は「友達と一緒にサッカーを見に行く」と告げてから出かけた。

 そのときは、「楽しんできてくださいね」って笑顔で送り出してくれたのに。


 いったいどうしたのだろう?


 真意を探ろうと、俺は葵の目を覗きこむ。


「お兄ちゃんは、葵がなんで怒っているのか分からないようですね?」

「あぁ、まったくわからない。ほんとにお手上げだ。教えてくれよ」

「これを見てください」


 葵は俺の鼻先にスマホを突きつけてきた。

 その画面に映し出されていたのは──仲良く並んでサッカーを観戦する俺と加那さんの写真。


「どうしたんだよ、これ?」

「訊きたいのはこっちです。なんでこの人と一緒に出かけたんですか?」

「別にいいだろ」

「全然良くありません」


 葵はグイッとスマホを俺の前に差し向ける。

 もう一度、ちゃんと見ろってことなのか?

 あらためて見るが、特に変なところはない。

 距離が近すぎるわけでもないし、2人してピッチに視線を向けているだけだ。

 問題は誰がこんな写真を撮ったのかだけど、角度からするとこれは……。


「ロクちゃん先生が送ってきたのか?」

「そうですけど、それはどうでもいいことです」

「じゃあなんなんだよ?」

「……やっぱり覚えてないんですか?」

「覚えてないってなにを?」

「あっ、これは言っちゃいけないやつでした。いまのは忘れてください」


 覚えてないのかと訊ねてきて、次には忘れてくださいと言う葵。

 ほんとになにがなにやらさっぱりだ。


「俺が会長と出かけたのが気に食わないのか? でもこれは一応生徒会人助けの依頼ってことになってるから大した意味はないんだぞ」


 加那さんはそうは思っていなさそうだけど、葵に告げる必要はない。

 必死に弁明する俺の言葉に葵は唇を引き結んでなにも言わない。


「生徒会長とデートするってのは葵が好きなギャルゲーにもよくあるシチュエーションだろ?」


 場を和ませるために軽く言ったのだが、間違いだったらしい。


「デートだったんですかっ?」


 葵はダンと立ち上がって俺の胸に指を突きつけてくる。


「だから違うって。依頼だってさっき言っただろ?」


 ヘラヘラと笑みを浮かべながら告げたのだが、

「もういいですっ! お兄ちゃんのことなんて知りませんからっ!」

 葵は声を荒げると自分の部屋に引っ込んだ。


 ほんとにわけが分からない。

 リビングに一人残された俺は頭をかくしかなかった。

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