第2話 モテるからほんとに不安だったんだよ?
中学三年間で俺は最高の青春を迎えるための努力を重ねた。
そう、モテるための努力だ。
青春とは恋愛であり、かわいい女の子と胸がキュンキュンするような毎日を過ごすことと同義。高校入学と同時にそんな夢を実現するため、俺は中学校卒業に合わせてかわいい彼女をつくることを目標にしていた。
そのためならどんな努力でもいとわなかった。
勉強も頑張り、常に学年でトップ10に入る成績をキープ。
サッカー部では主将としてチームを県大会ベスト4に導いた。個人でも目立つ活躍を重ねたことでスカウトを受け、高校からはプロサッカーチーム・ポールスター鹿児島FCのユースチームに入ることになっていた。
もちろん、勉強やスポーツだけじゃない。クラスメイトたちとのコミュニケーションは密に取って常に話題の中心にいられるようにしていた。
いわゆる陽キャの地位をしっかりと確立していた。
結果、俺は女の子からたびたび告白されるようになっていた。
だけど話はそう単純じゃない。
青春を輝かせるために彼女選びは慎重に慎重を重ねた。
誰でもいいってわけじゃないからね。
それに中学生で付き合い始めたとしてもできることには限りがある。せいぜい自転車で行ける範囲のショッピングモールに出かけるとか、学校帰りにこっそり手をつなぐとか、それぐらいのことしかできない。
あくまで本番は行動範囲も広がる高校だ。
だから高校入学までに「この娘となら最高の青春を過ごせる」と思える彼女をつくることが目標だった。
そうして迎えた中学校の卒業式の日、俺はついに一人の女の子の告白にOKすることを決めていた。
その相手は荒木結唯。
身長は175センチの俺と並ぶと見映えのいい162センチ。
体型はほどよい大きさの胸に、ほっそりとしたくびれと申し分ない。
性格も表面的にはおしとやかだけど、ときに情熱的な一面も覗かせる。一緒に過ごして退屈することはまずない。
なによりセミロングの髪を揺らしながら見せる笑顔は女神のそれだ。
しかも中学校卒業後は俺と同じ県立薬師高校に通うことになっている。彼女と過ごす高校生活は間違いなく最高のものになると俺は確信していた。
卒業式のあと、俺は最高の青春をスタートさせるべく体育館裏で結唯と向き合った。
桜の木は本格的な春の訪れを待ちきれぬとばかりに大きくつぼみを膨らませていた。
「それで、話ってなんなのかな?」
頬をうっすら赤らめる結唯。少し顔をうつむけて上目遣いで俺を見つめる。丸くて大きな瞳には期待と不安の色が半分ずつ。
俺はできる限り優しい笑みを浮かべて口を開いた。
「ずいぶん待たせちゃったけど、告白の返事をしようと思って」
「……うん」
結唯は瞳を伏せがちに俺の目を覗き込む。
最高にかわいい仕草をもっと見ていたくて、このまま焦らしたくもなる。
でもすでに結唯から告白されてから数カ月。これ以上待たせるわけにはいかない。
それに言うべきことは決まっている。
卒業式の間もつまらない式辞を聞き流しながら頭の中で何度も何度も確認した。
女の子の告白にOKするのは初めてのことだけど、恥ずかしくなんてない。
だってこれは俺の本当の気持ちだから。
しっかりと結唯の目を見つめて俺は口を開く。
「結唯、君のことが好きだ。俺と付き合ってほしい。一緒に最高の青春を送りたいんだ」
気持ちが確実に伝わるように、ありったけの熱を言葉に込めた。
俺の言葉を聞いた結唯はスローモーションみたく表情を変える。
両手で口元を覆って、きれいな瞳を潤ませて、そして――目の端から涙を散らせながら力いっぱい何度も頷いてくれた。
「うれしいよ、颯真くん。うんっ、こちらこそよろしくお願いします」
頭を下げる様子があまりに愛おしくて俺は思わず結唯を両手で抱きしめてしまう。
結唯は一瞬、突然のことに戸惑った様子だったけれど、すぐに俺の体に両手を回して力を込めてくれた。
「やっと応えてくれたね。颯真くん、モテるからほんとに不安だったんだよ?」
口元を俺の顔に近付け耳元でささやく。
声だけでなく柔らかな吐息が鼓膜を震わせてこそばゆいけれど、それもまたうれしい。
甘い香りに包まれて胸がいっぱいになる。
「待たせてごめんな」
「謝るんだったら誠意を見せてほしいな?」
そう言って結唯は一歩下がる。顔を少し上向きに傾けて目を閉じている。
……これは?
もしかして、キスを待っているのか?
いま付き合うって話をしたばっかりなのに?
つい頭によぎった言葉をそのまま口に出してしまう。
「ちょっと早くない?」
慌てる俺に結唯はなにも言わない。黙ったまま唇を突き出している。
覚悟を決めろということか?
――だけど最高の青春のスタートとして悪くない気もする。恋愛成就の証しとしてもふさわしい気がする。
だから俺は意を決してそっと結唯の唇に唇を重ねた。
結唯の唇は指で触れたら崩れてしまいそうなほど柔らかくて、それまでに味わったなによりも甘かった。
いまでもはっきりと思い出すことができる。
俺の人生で間違いなく最高の瞬間だった。
異変は次の日に起こった。