第17話 一番要らないのが当たっちゃった
フードコートの片隅にあるファストフード店でアイスコーヒーとコーラを注文した俺たちは壁際に並んだ椅子に腰かける。
ストローをズズっと吸って甘さが口の中に広がって、ようやく人心地がついたところで、「特典を見てみようよ」と山下さんに提案されて俺はようやく今日の目的を思い出していた。
「じゃあ、まずは俺から」ということで、袋を開けると出てきたのは黒髪ロングのヒロインの色紙だった。
今朝、同じような髪形をしたさくらにちょっかいを出されたことを思い出して、俺は右肩の辺りをさする。
変な仕草をしていることに気づいて、山下さんに不審がられていないかと思ったが、そんな心配は不要だった。
山下さんの視線は銀色の袋に包まれた特典に向けられていた。
「じゃあ私も見てみるね」と緊張の面持ちで袋を開けて出てきた色紙は主人公のものだった。
「一番要らないのが当たっちゃった」
顔に似合わない舌打ちも聞こえてきた。
たしかに俺もあんまりというか全然欲しくないけど、女の子にすらこう言われる男主人公の存在価値ってなんなんだろう?
俺はラブコメの主人公なんかじゃなくて良かった。
ほんとに心からそう思う。
「まぁ、一回でうまくいくなんて思ってなかったし、まだ楽しみが残ってるって思うようにしようよ」
励ます俺に山下さんは素直に頷いてくれた。
ついさっき見たばかりの映画。だが2回目の上映後、やはり俺の頬は涙で光っていた。
「……そんなに良かったかな?」
映画を見ようと誘ってきた山下さんですら、さらに引いているような気がする。
「最高っ!」
そして俺の語彙力は再び著しく低下していた。
特典は、俺が幼馴染ヒロインで山下さんはまたしても主人公だった。
「ちっ」って舌打ちする山下さんの表情は恐怖すら感じさせた。
眼鏡の奥で鈍く光る目は近付くものを殺しかねないほどの狂気を帯びていた。
眼鏡に覆われてなければ、思わず俺も逃げ出したかもしれない。
「またダメだったな。これで予算の残りもあと一回分しかないな」
怖い表情をこれ以上見たくなかったのでわざと大きな声でつぶやくと、山下さんは自分の行動に気付いたようで、わたわたして顔を赤くしていた。
そちらを向いて、
「確率で言うと6分の1なんだから、確率的には次で当たるよ。そうなるように祈ろう」
と明るく告げると、
「うん、そうだね」
山下さんは小さく応えてくれた。
そうして迎えた運命の3回目の上映。最後のチャンス。これまで通りチケットと引き換えに受け取った特典はやはり上映後に見ることにして、中に入った。
さすがに3回目ともなると俺も冷静に見ることができた。
上映後、シネコンのチケット売り場前の階段に俺と山下さんは並んで座る。
「やっぱり里子はいいな。テレビシリーズでは最後まで地味だったのに、劇場版では序盤から急に雰囲気が変わって最後には間違いなくメインヒロインとして輝いてた」
ようやく落ち着いてまとめられた俺の感想に山下さんは目を輝かせる。
「うん。私はテレビシリーズのときから里子推しだったけど、劇場版を見てやっぱりこの娘を推してきてよかったって思ったもん」
「あぁ、特に中盤で眼鏡をコンタクトに変えてからはすごかったな。瞳の輝きがほかのキャラとは全然違ったよ」
「だよね。里子の瞳の作画はすごかったよ。あれは映画館で見て正解だったね」
それぞれ感想を言い合いながらも、山下さんはそわそわしている。
やっぱり特典の中身が気になるのだろう。
だから俺はなるべく明るい声音を心がけて、
「もっと語り合いたいけど、そろそろ開けてみようか?」
特典の入った銀色の袋を掲げてみせた。
そんな俺の言葉に山下さんの表情はこわばる。
最後のチャンスっていうのがわかっているからだろう。
けれど、袋を手にしたまま祈っても結果は変わらない。
「今度は『せーの』で一緒に開けてみようよ」
俺の提案には静かに首を縦に振ってくれた。
山下さんの手元が揺れているのが見えて、緊張が伝わってくる。
最近じゃこんな特典もネットオークションとかで簡単に手に入れることもできるけど、それじゃ意味ないもんな。
自分で引き当ててこそ、価値があるってもんだし。
だからこそ山下さんは緊張しているんだろう。
「準備はいいか? じゃあ、せーの」
俺と山下さんは同じタイミングで特典の入った袋を開けて中を確認する。
そして、
「「やったぁ」」
二人の声がハモった。




